割と本気の喧嘩舞闘
サモンは杖を横に持ち、針を抜くように引いた。
サモンの後ろから風が吹き荒れ、カメリアを軽々と持ち上げる。
「風の精霊──『羽浮かし』」
『妖精の浮遊』の上位互換魔法で、サモンはカメリアから自由を奪う。
『早速出たな! サモンの精霊魔法!』
『妖精魔法の上位互換魔法は、中々出来るものじゃ無いわね。サモンがこんな場で見せるのは初めてだわ』
双子はウキウキしながら実況をする。
その間、足が浮き、バランスが取れないカメリアは、為す術なく宙に浮かされた。
サモンが杖で時計回りの円を描くと、カメリアが風の中でグルグルと回される。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「気絶するまでお回りなさい」
サモンは腕を組んでカメリアを眺める。
異端な妖精魔法に、誰もが目を奪われた。誰もがサモンの独壇場だと信じた。
ただ、クラーウィスはカメリアの異変にいち早く気がついた。
『お? カメリア何かやらかそうとしてんな?』
カメリアは息を大きく吸い込むと、回されている方向と同じ向きに剣を振り上げた。
風の力を利用し、遠心力を大きくして風の籠から抜け出した。
遠くへと吹き飛んだ体を捻り、プロテクトシールドに足を着くと、グッと力を入れて剣を構える。
シールドを強く踏み込むと、サモンの喉を目掛けて矢の如く、カメリアは風を抜けて突進した。
『ヤバッ! アタシ達が作った装置そんな使い方されんのかよ!』
『流石は戦い慣れた人って感じね。でもサモンがあの速さに負けるとは思えないわ』
双子の実況通り、サモンは冷たい目でカメリアを捉えていた。
サモンは杖を斜めに切るようにして振る。サモンの周りの地面がボコボコと浮き出して、サモンを守るようにドーム状になった。
カメリアの一撃が、土のドームを貫いた。剣先は僅かにそれを突き抜け、サモンの前に姿を見せる。
「避けるまでもないと?」
「当たり前だろうよ」
サモンはドームを裏からノックする。カメリアの腹辺りを目掛け、土がせり出し槍のようになる。
土がみぞおちに突き刺さり、カメリアは宙を舞って地面に落ちる。
サモンがドームを崩すと同時にカメリアが立ち上がる。
彼女は腰のサバイバルナイフをサモンに投げつけた。サモンは左手でナイフを掴む。その一瞬で視界からカメリアが消えていた。
どこにいるのだろう? いや、探す必要もない。
サモンは目線を下げる。
地面スレスレの低い姿勢で、サモンの隙を狙うカメリア。
振り上げられた剣を、サモンはナイフで受け流す。
『あらヤダッ! サモンってばそんなこと出来たの?!』
シュリュッセルの驚きがマイクを通る。
カメリアは放送本部をチラと見やってから、サモンを見つめる。
「剣術の経験があるのか?」
「ないよ。アンタの力を見切っただけさ」
サモンはナイフの柄を二回、腹を一回杖で叩く。
「あるべき場所へ帰れ」
そう唱えると、ナイフはカメリアの胸に一直線に飛んで行った。
このままではカメリアが心臓が貫かれる! 誰もがその未来を恐れた。
だがその程度で折れるカメリアでは無い。剣を素早く振るうと、ナイフは真っ二つに折れて、カメリアは残った柄を掴んで投げ落とす。
『皆ぁ見たか!? カメリアの今の動き!』
『あの迅速な動き······どのくらい鍛えたら出来るのかしら? 剣術科であの動きが出来たセンセ、ボク見たことないわね』
シュリュッセルが剣術科教師を順番に見ていく。けれど誰も出来ないのか、自信なさげで顔ごと逸らす。
シュリュッセルはため息をついた。
『誰も出来ないみたいだわ、クラーウィス』
『マジかよ、シュリュッセル。まぁあんなの、経験積まなきゃ無理くせぇもんな』
双子の自由な放送に乗って、生徒たちから声援が聞こえてくる。
「カメリア先生! 頑張ってー!」
「ストレンジ先生負けないでぇー!」
「カメリア先生、魔法科の先生ぶっ飛ばせぇぇ!」
「どっちにも負けて欲しくないけど頑張ってー!」
生徒たちの熱烈な応援に、カメリアは「もう少し競技らしくするか?」なんて提案してくる。
そもそもこれは【パフォーマンス】なのだ。なら、提案に乗っても悪くは無い。
「はぁ、面倒くさい」
サモンはため息混じりにゴブレットを外すと、縁を叩いて水を満たした。
「水は絶えず流れ 留まることを知らず
水は絶えず姿を変え 一つとして同じ姿を持たず」
サモンが詠唱を始めると、ゴブレットから水が溢れ、マーメイドの姿に変わる。
その様子に、学科問わず生徒は驚きの声を上げた。
これぞ魅せる為の魔法。だがサモンは手加減なんてする気は無い。
「海淵より出でし水の眷属よ 血肉を喰らえ 命を貪る歌を歌え」
サモンがマーメイドに囁くと、マーメイドは牙を見せ、瞳孔を開き、カメリアに襲いかかった。
カメリアは剣でマーメイドを切り伏せるが、水が形を変えたものだ。ダメージを受けない。
水飛沫だけが飛び散り、水はまたマーメイドへと形を戻す。
カメリアは舌打ちをして、剣を地面に刺した。
土を掴むと、それを拳に収めて構えを変える。
腰を落とし、ボクシングの構えになると、正面から襲ってきたマーメイドに右ストレートをかます。
横から来たマーメイドには、左手を叩きつける。
斬撃が効かなかったのに打撃か効くだろうか。誰もが疑問に思う中、マーメイドは形を保てずに水へと還り、乾いた地面を潤した。
『おおっ!? なんだアレ、どういう事だ!?』
『ボクにも分からないわ』
双子が驚く横で、エリスが静かに解説する。
『──土です。ストレンジ先生が生み出したマーメイドは本来、海水で作れば土如きでは崩せないものですが、純水で生み出されたマーメイドには、効果てきめんです』
『生み出した生物の生息地によって強度が変わんのか?』
『ある程度は。けれど、ストレンジ先生が使うゴブレットの水は、山脈を流れる川よりも綺麗で澄んでいます。ですから、土や油、要は不純物が混ざることには、めっぽう弱いのです』
土が混ざった事により、水の持つ力が失われた。
噛み砕けばそういう事だ。
カメリアは「なるほど」なんてニヤリと笑うし、サモンは解説された事によって手札が減った。
ゴブレットを腰に戻すと、カメリアとサモンはまた、お互いの手の探り合いに入る。
二人が集中して、周りの音が聞こえない中、本部の会話が会場に響いていた。
『ゴブレットが封じられたなら、水を使った精霊魔法はもう使えないわね。サモンの手札、かなり減ったんじゃないかしら?』
『たしかになぁ。サモン大体ゴブレット使ってるし。水の精霊と相性良いのかもな』
『サモン、もしかしてピンチだったりするかしら?』
『それならそれで楽しみだ。骨は拾ってやろーぜ、シュリュッセル』
『サモンの骨は細くて軽そう。きっと空気のように軽いわね、クラーウィス』
双子の悪趣味な会話に生徒たちは背筋が冷える。
それを窘めるように、エリスが会話に割って入った。
『冗談でも止めなさい。手札が知れたところで、ストレンジ先生にはハンデにもなりません』
『あら、お詳しいのね、ガクエンチョ』
『赴任してからずっと、してやられてますからね。それに、さっきストレンジ先生が繰り出した技は、妖精魔法『操り人形劇』と、変身魔法『変身せよ』を混ぜ合わせた、かなり高度な魔法です。妖精魔法は他の魔法との組み合わせが難しいのに、あの人はいつもコーヒーを淹れるようにやってのける』
エリスは忌まわしげにサモンを睨む。
双子は目を輝かせ、お互いの指を絡ませて歓喜した。
『やっぱり面白いわ! ねぇ、クラーウィス』
『あぁ本当にな! 飽きないぜ、シュリュッセル』
サモンは杖の尻で頭をゴリゴリと掻く。
(さぁて、どうやって遊んでやろうかねぇ)
色と色を混ぜて、新たな色を生み出すように。
食材を混ぜて、スープを作るように。
サモンは試したい魔法を頭の中で描き続けていた。




