ブラウニーとボガート
妖精魔法──『ハイド・アンド・シーク』は、人や物を探すことは出来ても、妖精を探すことは出来ない。
元々妖精の力を借りて、別の物質・魔力を辿って探すのだから、同じ魔力を持つものとは力が混ざってしまい、魔力を辿れないのだ。
だから、妖精を探す時は地道に歩いて探すしかない。
「とはいえ、どうしたものかねぇ。屋敷妖精なんて、居ても出てきやしないのに」
森にいる妖精なら呼びかけたり、生息域を探せば出会えるが、屋敷妖精は『人に姿を見せない』という特性がある。
家全体が行動域のため、人がいない時間や場所を把握し、それに合わせて隠れるように暮らす。
学園に住み着いているなら、歩き回っていてはいつまで経っても出会えない。
「イタズラしている所を探すか、無理やり引っ張り出すか。さぁて、おいたする子はどうしてやろうかねぇ」
校内を虱潰しに歩いていると、手前の方から誰か走ってきた。
赤い髪が揺れて、炎のようだ。遠くからでも分かる、射抜かれるような目が、サモンを捉えている。あれは、青いジャージに腰の剣が全く似合わないカメリアだ。
「ストレンジ! 妖精を探してるんだって? 手伝いに来たぞ!」
「何で知ってるんだよ······」
笑顔のカメリアに対し、サモンは眉間に集められるだけシワを集めてため息をつく。
手伝いだって? それならレーガやロゼッタの方がマシだ。何故よりによってど素人が来るんだ。
カメリアは、本部がザワついているのが見えて、話を聞いたら食堂の事と、サモンの話を聞いたという。
「学園長に聞いた。屋敷妖精は滅多に人前に現れないのだろう? なら、一人で探すより良いかと思ってな」
「あのねぇ。学園長に聞いたんなら分かるだろうけど、『人前に現れない』のだから、何人いたって同じだよ」
「本当にそうか?」
カメリアは『待ってました』とばかりにニヤリと笑う。
「私は昔、騎士団にいた。そんなに昔じゃないけどな。物の動き、微かな音、獣も魔物も気配で分かる。妖精だって生きてるんだろう? なら、私の五感が役に立つぞ。赤い帽子の鼻高小鬼なら、剣術学科でも見ている。大体の居場所は把握しているつもりだ」
(──ははぁ)
魔法で探せないのなら、物理で探せ。
言われてみれば、カメリアの獣のような感覚は、妖精を探すにはもってこいだ。
難癖つけて追い返そうと思っていたが、サモン一人で居そうな場所を探すのは少し時間がかかる。
サモンは五秒くらい黙考したが、深いため息と共に、カメリアの同行を許可した。
カメリアは笑顔になり、女の子らしくはしゃいでみせた。
「よしっ! そうと決まれば早速行くぞ!」
サモンはカメリアに手を引っ張られ、呆れながら彼女について行った。
***
ボガートを見つけるなら、イタズラの現行犯が一番良い。
イタズラに夢中になっていれば、家人が近づいても気がつかない。
それをカメリアに伝えると、「厨房の後だろう?」と剣術学科二階に繋がる階段を上った。
「ボガートのイタズラは、ある程度法則がある。中央棟の後は剣術学科、その後は魔法学科に向かう。一階で物音がしないから、多分二階か三階······うん、二階だな。声が聞こえた。生徒でも教師でもない」
カメリアは耳を澄ませ、ボガートらしき存在を確認する。
そのまま奥の方へと歩いていった。
サモンは何となく、カメリアに尋ねた。
「何で騎士団を辞めたんだい?」
カメリアは目を見開き、「他人に興味が無いんじゃ?」と質問を返す。サモンは頭を掻き、「うるさいな」と口をへの字にした。
カメリアはクスッと笑うと、サモンの肩をバシバシと叩いた。
「いや、暇だもんな。それに尋ねたからって、私に興味を持ったわけじゃない」
カメリアは息を整えると、目を細めた。
「負傷退団だよ。と言っても、軽傷だけど」
カメリアは騎士団にいた時に、魔物退治で足を怪我した。
傷は大きいが浅く、仕事にも支障は出ないし、日常生活で困ることもなかった。
けれど、団長はカメリアを『負傷による任務困難』で退団させた。
カメリアは、志半ばで騎士の道を勝手に閉ざされたのだ。
「まぁ、元々騎士団なんて男の集まりだ。その中で、女が昇進していくのが面白く無かったんだろう。怪我をしたのをこれ幸いと······理由を与えてしまったのは、不覚だった」
再就職で学園に来ても、剣術学科は男だらけ。
女の仕事は座学くらいだ。カメリアには魔法学科の授業が眩しかった。
男女関係なく話し合えて、格差も無い。
剣術学科よりも自由な学科に、憧れただろう。
サモンは「へぇ」と興味無さげな相槌を打つ。
カメリアは頬を膨らませて、サモンの脇腹をつついた。
「自分から聞いてきて、何でそんなに興味無さげなんだ!」
「いたっ! いいじゃないか別に。アンタが言ったろう。尋ねたからって興味を持ったわけじゃないって。いった! アンタの指割と痛いんだけど!」
サモンはカメリアの攻撃を避けながら、廊下を歩く。
ふと、カメリアがサモンの前に腕を出し、動きを止める。
「進路指導室で音がする」
そう言われて、サモンが耳を澄ませると、紙を破く音と机の上で跳ねる音が聞こえてきた。
足音を立てないように、ゆっくり近づく。進路指導室のドアの窓から中を覗けば、ボガートが紙を細かく破きながら、笑って飛び跳ねていた。
「あれは······」
「進路希望書だ。ちくしょう、三年生の進路をなんだと思ってるあの小鬼」
カメリアはそっとドアに手をかけると、ボガートの隙を突いて勢いよく教室に飛び込んだ。
ボガートがこちらを見た時には、カメリアがボガートの体を両手で包む。
暴れるボガートが動けないように関節を押さえ、高く掲げた。
「ストレンジ! 捕まえたぞ!」
「野菜じゃないんだから! そんな捕まえ方しないの!」
やや不満はあるが、イタズラ屋敷妖精を捕まえた。
サモンはボガートをイヤリングに閉じ込めようとしたが、ふと服に目がいった。
綺麗な服を着ているのだ。妖精だから、きっと当たり前だろう。けれど屋敷妖精は綺麗な服を着ることは無い。
サモンはボガートの顔をまじまじと見る。
真っ直ぐな高い鼻と、伸び散らした髭。口角を下げてギザギザの歯をサモンに見せて威嚇する。
サモンは「ははぁ」なんて呟くと、カメリアに言った。
「もう手を離していいよ。彼はイタズラをしない」
「今の今までイタズラをしていたのに、何故そう言いきれ······」
「ところでさ、ボロ布はあるかねぇ?」
カメリアは呆れた。
***
サモンは進路指導室で、チクチクと縫い物をする。
勝手にカーテンを裂いて、カメリアが持ってきた家庭科室の余り布を縫い合わせる。
ボガートは、サモンが縫い物をする様子をじっと眺めていた。それと同じように、カメリアもサモンを眺めている。
「ストレンジ、何をする気だ」
「見て分からないかい。彼の服を縫っているんだ」
「なんでそんなことを。ボガートは既に上等な服を着てるのに」
「それがダメなんだよ」
サモンは指に針を刺して痛がった。
じくじくと痛む指から、血が玉のようにぷっくりと出てくる。
ボガートはどこからか絆創膏を持ってくると、サモンの指に貼った。カメリアはその様子に驚いた。
「ブラウニーは、ボロ布を着てる妖精なんだ。誰かが上等な服を、良かれと思ってあげたんだろうが、それに怒ったんだろう。だが貰ったものは着なくてはいけない。妖精はその辺が面倒でね」
「じゃあ、まさかストレンジはこのボガートがブラウニーだと?」
「その通りだ」
ブラウニーとボガートは同一視されることがある。
ブラウニーが悪さをしたり、怒ったりするとボガートになると言われているが、実際は着ている服を早くボロボロにするため。
イタズラで汚して、生地をすり減らして、元のボロ切れと同じにするためにやっているだけだ。それが終われば、ボガートはブラウニーに戻る。
「ブラウニーには一杯の牛乳かパンを与えればいい。それだけで彼らは棲う家の手伝いをしてくれる」
「でもなぜわざわざボロ布を? 綺麗な服は、心を満たすのでは?」
「これから掃除をするってのに、わざわざおろしたての服を着るのかい? これだから人間は。綺麗な服を着ようと汚い服を着ようと、心を満たすのは物質的なものじゃないとなぜ気づけない? 自分の感覚が他人にも当てはまるなんて、傲慢な所が本当に人間くさい。これ、種族が種族なら戦争ものだよ」
サモンのダダ漏れの心の声に、カメリアはムッとした。けれど納得もした。
「好きな服を好きに着るのが楽しいんじゃないか」
サモンはボガートに「ねぇ?」と尋ねる。
ボロボロで綺麗ともいえない縫い方の服を渡すと、ボガートは飛び跳ねて喜んだ。
「さぁ君の服だ。これを着たら、厨房とここをきちんとお片付けなさい。それが出来なければ、私は君を森に放すよ」
サモンが指でブラウニーとなった妖精の帽子を小突く。ブラウニーはサモンの指をキュッと握ると、進路指導室を飛び出して行った。
カメリアはその背中を呆然と見送る。
「嵐のようだな」
「そりゃそうさ。そもそも姿を見せない妖精ってのは、気配遮断か実体希釈に長けている、もしくはやたら足が速いかのどれかだ。ブラウニーは三番目」
「やたら足が速いのか」
サモンはカメリアと一緒に本部に向かう。
途中、サモンはカメリアを誘って厨房を通った。
そこには、荒らした厨房を小さい体で一生懸命掃除をするブラウニーがいた。
カメリアは楽しそうに掃除をする彼の背中に、「本当に余計な世話なんだな」と、ぼやいた。
「綺麗な服が、自分の役割の妨げになる。······人も同じ、か」
何か腑に落ちたように頷くと、カメリアは本部へと向かって突き進んでいく。サモンはふぁ、と欠伸をして後ろをついて行った。




