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思ったよりも······

 放課後になり、赤組がグラウンドに集められた。

 ジャージの生徒たちに囲まれる、羊飼いのような格好のサモンは色々な意味で目立つ。


「先生、ジャージに着替えた方が良いんじゃない?」


 遠くからルルシェルクとアガレットがこちらを見て、ヒソヒソと話している。その姿が、あまり好印象では無いため、レーガたちも少し表情が曇っていた。

 そんな生徒たちに対し、おそらく嫌味を言われている本人であろうサモンはけろりとしていて、「何でさ」と腕を組む。


「あっちが勝手に話してることに、なんで私が合わせなくちゃいけないんだい。走る必要が出たらそりゃ着替えるよ? 今必要ないから着てないだけさ。言わせておきなさい。どうせ今······」


 サモンは杖を軽く振る。

 遠くでルルシェルクとアガレットがびくん、と跳ねた。

 その直後、二人はそそくさとその場を離れる。アガレットだけが、サモンを睨んだ。

 サモンはわざと、にっこりと笑って「私何も知りませんよ」なんて顔をしてやる。

 すぐ生徒たちに向き直り、真顔になった。



「パンツ隠されて困るだろうからねぇ」



 生徒たちから小さく笑いが起きる。いつもなら「教師として〜」とか「よくそんなこと出来ますね」とか小言を言うロゼッタすら、口を押えて笑っている。


 生徒たちの不安が払拭されたところで、サモンは手を叩く。


「さぁさ、今日は百メートル走の記録を測るよ。去年より早くなってるかもしれないし、遅いかもしれない。きちんとデータをとって、体育祭で勝てるようにしておこう」

「は〜い」


 ***


 サモンはつい眉間をギュッと押さえた。

 百メートル走った後の剣術学科・魔法学科の違いが顕著に出ているのだ。


 息を整えながら談笑する剣術科と、息荒く行き倒れて話す気力もない魔法学科。

 魔法学科の体力は剣術学科に劣る、とは聞いていたが、まさかこれ程とは誰も思うまい。


 サモンはストレッチの時点で(あ、これもうダメかも)とは思っていた。柔軟な剣術学科と、平均よりは曲がるがやや硬い魔法学科のストレッチに、サモンはその後の状況が何となく読めていた。




 だが、これ程とは思うまい。(大事)




 百メートルのタイムも、剣術科の平均は男子11.3秒、女子13.6秒なのに対し、魔法学科は男子15.8秒、女子20.1秒と致命的に遅い。


「基礎体力向上······柔軟運動······呼吸方法の改善·········思ってたよりやること多いなぁ。大幅な予定変更が必要そうか?」


 サモンがブツブツ独り言に(ふけ)っていると、剣術学科の生徒が、すでに死屍累々の魔法学科を嘲笑(ちょうしょう)した。


「はっ、この程度でヒィヒィ言ってるようじゃ、体育祭当日はどうなるんだろうな?」

「あーあ、去年の方が良かったなぁ〜。弱っちい魔法科がいねぇから、剣術科の独占勝利だったしぃ」

「一緒のチームって思われたくないから、あっちで練習してくんね?」

「ちょ、そこ雑草置き場じゃん! あははウケる」


 ロベルトは「やめろ!」と注意するが、剣術科が止める訳もなく、げらげらと下品に笑う。

 ロベルトはレーガやロゼッタに申し訳なさそうな顔をする。



「······魔法使えないからって、(ひが)んでんじゃねぇよ」



 魔法学科から反撃が飛んできた。

 剣術科の笑い声は一瞬で止まる。


「どう足掻いても魔法の素質無いし、体力付けるしか能の無い連中がひょうたん足自慢してイキってんじゃねぇ。可哀想になぁ。剣術科の一部に魔法学科希望者がいたと思うと、哀れで仕方ねぇや」

「あぁっ!? なんだと!」

「もっぺん言ってみろ!」

「あぁ何度だって言ってやるさ! 魔法が使えないから羨ましいんだろ! 選ばれた魔法科がさ!」


 喧嘩に発展しそうな中でも、サモンはまだ考え事から抜け出せない。

 レーガは「ちょっと!」と間に入るが、すぐに突き飛ばされてしまう。


「ほら弱っちい! 魔法学科なんてもやしの集まりだろうが!」

「筋肉しか取り柄のない奴らが無駄吠えしてんな!」


 双方がついに剣を抜き、杖を構えた。

 剣術学科の雄叫びと共に衝突しそうになって、ようやくサモンが動き出す。




「水の精霊──『泡沫(うたかた)の回廊』」




 水の泡が、生徒たちを包み込んでふわふわと浮き上がった。

 レーガとロゼッタ、ロベルトは何故か除外されていて、浮いていく生徒たちを羨ましそうに見上げた。


「さすが、サモン先生だよ!」

「いざという時はやっばり役に立つわ······え?」

「ストレンジ、先生?」


 魔法を使った後もサモンは一人黙考を続けていた。

 サモンは喧嘩を止めたのではない。思考の邪魔だから、黙らせただけなのだ。

 ロゼッタはムスッとして「こういう先生だったわ」と零した。

 レーガは苦笑いしか出来なかった。


 学科関係なく包み込まれた生徒たちは、泡の中で叫びながら転がされる。

 バランスを取ろうにも、真っ直ぐに立つことも座ることも出来なくて、あちこち飛び回っていく。


「おい! 魔法科ならこれ解けるんだろ!?」

「無理だ! ストレンジ先生の魔法は、魔法とはちょっと違うっていうか」

「剣で刺して泡弾けないのか!?」

「さっきからやってるんだけど、弾力があって傷つけられない」

「ちょっと待て、今解除に使える魔法片っ端から試してみる!」

「えっ、あっ、嘘だろ風がうわぁぁぁぁぁぁ!!」


 風に煽られて飛ばされる生徒たちを、ロベルトは「うわぁぁぁあ!」と叫んで慌てる。

 サモンは杖をクルクルと回して考え事をしている。


「先生! 生徒たちが森に飛ばされるぞ!」

「え? いいんじゃない?」

「良くないだろ! ロゼッタ! 風魔法でこっちに戻して······」

「ごめん、ちょっと遠すぎるわ」

「せ、先生〜〜〜〜!」


 レーガに大きく揺さぶられてサモンは「あーもう」と、杖を回す。


「風の精霊」


 風向きが変わり、生徒たちがサモンたちの元に戻ってきた。

 サモンはまた杖を手のひらで回して、考え事をする。


 その間に生徒たちは反対方向に流されていく。

 そしてまた、レーガに揺さぶられて同じことを繰り返す。

 それをあと四回ほど繰り返してようやく、生徒たちは地面に戻って来られた。


 ***


「よし。じゃあ今からグラウンドを三週して、それから競技練習をしよう。時間もないから、五十メートル走をして······おや、どうしたんだい? 皆足腰ガクガクじゃないか」


 散々飛ばされて、怖い思いまでしたせいか、生徒たちは足を震わせて立つことも出来ない。

 一部には腰が抜けてしまって動けない生徒もいる。

 サモンは、それが自分の所為とは思っておらず、キョトンとしていた。


「先生の所為よ。一応言っておくと」

「何でだい。あぁ、さっきの浮遊魔法か。あんなんでヒィヒィ言ってるようじゃ、この先やっていけないよ」


 サモンは腕を組んで生徒たちを見下ろした。


「だらしないねぇ。こんなんで体育祭当日どうすんのさ」


 生徒たちが喧嘩していた時のセリフをそのまま使うサモンに、誰も言い返せなかった。

 サモンは「まぁいいや」なんて言って、予定表を目の前で書きかえる。


「はい、まずグラウンド三周。とっととお行きなさい。これ以上時間を潰す訳にはいかないんでね」

「誰のせいだと······いや、行ってきま〜す」


 ロベルトの返事と一緒に生徒たちはバラバラにグラウンドを走り始める。


「魔法科舐めてた······あんなむちゃくちゃな先生がいるなんて」

「あの、ごめんな? 俺らちゃんとした先生いるから、あんな思いすることなくて。その、苦労してんな」

「いや、こっちこそゴメン。あの先生には気をつけろよって、最初に言うべきだった」



「お互い、頑張ろうな」

「そうだな。また飛ばされちゃかなわん」



 グラウンドの周回中に、生徒たちは和解する。

 サモンはマリアレッタに言われた「生徒同士の共闘性を高める」を、意図せず済ませてしまった。

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