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危険は追ってくる 2

 四時限目の授業の終わり頃、レーガはやって来た。


「サモン先生」

「お断りだよ」


 何も言っていない彼に先手を打ち、サモンはさっさと塔に帰ろうとする。けれど、レーガの諦めの悪さは今に始まったことでは無い。


「寮の隣部屋に、イヴァンって名前の人がいるんですけど」

「お断りだよ。どうせ面倒事を持ってきたんだろう? 獣人族でもダメ。私は忙しい」

「まだイヴァンが獣人なんて行ってないです」

「君が来るよりも早い時間に、私の友人から聞いたんだ」

「先生、友達いたんですか!」

「はっ倒すぞ」


 サモンは、レーガの頭を鷲掴みにして持ち上げる。

 レーガは足をバタバタさせて抵抗した。


「助けてくださいって! イヴァンずっと困ってるんです!」

「知ったことか。私は興味無いよ。誰が困ろうと、誰が何をしていようとね」



「レーガを離しテ!」



 生徒がサモンの腕に噛み付いた。サモンは痛みに顔を歪め、レーガを離す。自分の腕には、鋭い牙が突き刺さり、ポタポタと血が床に垂れる。


 赤い毛並みの、狼だ。


「ドール──アカオオカミの自然型獣人か? 随分と気性が荒いねぇ」

「あなたがレーガを痛めつけたからダ!」

「イヴァン! ダメだよ!」


 サモンはイヴァンに関心を持った。

 獣人族には三種類あるのだ。



『人間型』──人間とほぼ相違ない。

『中立型』──人間に近しいが、耳や獣特有のしっぽなど、一部見た目が違う。

『自然型』──人の言葉を話し、二本足で立つが、獣の姿である。



 イヴァンの顎の強さも爪の鋭さも、本の記述通りで獣と相違ない。だが、関心はすぐに失せた。

 サモンは噛み付いたイヴァンを引き剥がそうとするが、イヴァンはさらに強い力で噛みついてくる。

 サモンは諦めて杖を抜いた。



操り人形劇ジョコ・デッラ・バンボラ



 サモンが杖でイヴァンの額をつつくと、イヴァンの体は意思に反して動き出す。サモンの腕から口を離すと、その場でクルクルと回って踊り出した。


「全く。教員に噛み付く生徒がいるかね」

「から、体が勝手ニ!?」

「身体操作魔法!? 先生、この魔法は生徒への使用は禁止です!」

「緊急措置ならオーケーだよ」


 サモンは血が流れる腕に、ゴブレットの水をかける。

 傷は綺麗さっぱり治ると、床に垂れた血も水に還す。サモンはイヴァンの頭を杖で叩く。イヴァンは踊るのを止めた。


「さて、私はもう行くとしよう。君たちもさっさと食堂にお向かいなさい。昼ご飯の争奪戦に負けるよ」

「お昼ご飯は、購買でも買えます。先生、イヴァンの悩みを聞いてください!」

「どうして私が。他の先生にお頼みなさい」


 サモンは手で二人を追い払って廊下を歩く。

 イヴァンはレーガの袖を引いた。


「だから言ったでショ。獣人族を助ける人はいないっテ。レーガが気にする事はないヨ。たかが悪夢だもン」

「でも、毎日見るのはおかしいよ······」

「闇に飲み込まれなくなれば、悪夢は終わるでショ。それまで逃げ切れるようにすればいいんだかラ」


 二人の会話に、サモンは足を止める。


(悪夢······。毎日見る······。闇に引きずり込む、かぁ。妖精では無いだろうが)



「魔物だろうねぇ」


 ──なんて呟けば、二人が聞き逃すはずも無く。

 しまったと思った時には、離れていたはずの二人は至近距離にいて。


「先生、魔物って言いました!?」

「一体どんな魔物なノ!?」

「あー、ちくしょう。失敗した」


 二人の質問攻撃は、「私に聞くんじゃない」と言っても終わらない。

 図書室で調べろ、と言っても図書室に魔物関連の蔵書があったかどうか、定かではない。

 ロゼッタなら知ってそうか? いや、彼女に言っても結局自分の元に来るのは目に見えている。


「あぁ、もう。分かったから、ローブを引っ張るのをおやめなさい。伸びるだろう」


 二人をローブから引き離して、サモンは「ついて来なさい」と先を歩く。二人は早歩きでサモンの後ろをついて来た。


「どこに行くんですか?」


 そう尋ねるレーガに、サモンは疲れた顔で答えた。



「──原因を突き止められる人の元に」



 ***


 学園の中に三つある塔の中で、一番高い塔を陣取る占術学担当の執務室。

 サモンがドアをノックしようとする前に、後ろから声をかけられた。



「あらぁ、時間通りに来はったねぇ」



 独特だが柔らかな口調、質素なれど鮮やかな服、白い肌に赤いメイクが良く似合う白狐の中立型獣人が、茶筒を持って立っていた。


「御用があってんねんやろぉ? 今開けますさかいに」

「クロエ先生!?」


 レーガは驚いて声を裏返す。

 占術学担当──クロエ・ディヴァインは、目を細めて「大声はあきまへんえ」とレーガを(たしな)める。


「廊下で騒いだり、ふざけ合うんは怪我の元。大声を出すのも、耳のええ獣人には辛いねん」

「あ、ごめんなさい」

「ん、ええ子。素直な子ぉは好きやで。立ち話も何やしぃ、今鍵開けたるわ。えーっと、鍵、鍵〜······どこにやったやろ」


 クロエが袖や懐を漁っていると、サモンは杖を抜いて鍵穴に押し当てる。


遊びに来たよ(アプリ・ラ・ポルタ)


 カチッと小気味のいい音がして、ドアが開かれる。クロエは「おおきに」と言って先に執務室に入っていった。




 真っ赤な鳥居が螺旋状に、塔のてっぺんにまで続く神秘的な部屋。

 塔の中間には天体が浮かび、壁のあちこちに占いで使う道具が収納されている。

 まるで異世界に迷いこんだようなクロエの執務室に、レーガもイヴァンも口を開けたまま魅入っていた。


「我々が来ると、よくご存知で」


 サモンは、執務室のど真ん中に置かれた、バスケットボールより大きな水晶を覗き込む。クロエは口元を隠してフフ、と笑う。


「朝に占いするんは、ウチの日課やからねぇ。来客予定はその時点で把握しててん」

「はぁ。どの占いで? 占星術?」

「星の動きは、未来の動き。今日を読むには遅すぎるやろぉ。あんたが今、覗いてはる水晶やわぁ」

「良く分かるものだな」

「慣れや、慣れ。興味あるんやったら教えますえ」

「いいやお断りしよう」


 クロエはお茶を入れながら、「ご相談は?」とサモンに尋ねる。サモンはイヴァンに目配せし、「ほら」と促した。



「悪夢を見るんでス。一週間くらい、いや、もうちょっと前かラ」



 毎回学園の外にいて、何かから逃げている。その何かは振り返れなくて確認していない。

 何とか逃げて、学園の門の前で捕まってしまう。


「捕まると、冷たくて暗い闇に、飲み込まれるんでス」


 イヴァンは耳を寝かせる。レーガは「毎晩二時過ぎに飛び起きるんですよ」と付け足した。

 クロエは「ほぅ」と言うと、サモンをじぃと見た。


「この程度やったら、サモン先生の方が早かったんちゃいます?」

「分からない事があるから、クロエ先生の所に連れてきたんだよ」

「どうせ『何処に潜んでるか』やろぉけど。そんなん、お得意の妖精魔法でええんちゃうの?」

「良いから探しておやりなさい」


 クロエはため息をつきながら、水晶に向けて金の杖を振った。

 水晶は淡く光り、ベッドを映す。


「······ベッドの下や」

「ディヴァイン先生、イヴァンは何の魔物に苦しめられてるんですか?」

「ブギーマンやわぁ。なんや、サモン先生説明しとらへんの」

「面倒くさいからね」


 ブギーマンとは、子供に悪質な嫌がらせをする、怪異型魔族の典型だ。

 主に、子供のいる部屋のクローゼットの隙間や、ベッドの下などの暗がりにおり、いきなり飛び出して脅かしたり、悪夢を見せたりする。

 時には子供を食べるとも言われていて、未成年には危険な魔物だ。


 レーガとイヴァンは、青ざめた顔で「もう寝れない」と震える。サモンは「寝ないと食べられるよ」と、しれっと二人を脅した。


「ど、どどど、どうしようっ! サモン先生ぇ〜」

「私に泣きつくんじゃない。ああ、もうっ! 泣くな、ローブを引っ張るな!」

「ディヴァイン先生、ブギーマン追い出すのはどうしたらいイ?」

「錬金術のマリアレッタ先生が、護符の作り方教えてくれるやろ。あの人に聞いたったらええわぁ」

「ありがとうございます! イヴァン行こう! マリアレッタ先生多分食堂にいるはず!」

「うン! ディヴァイン先生、ストレンジ先生、失礼しまス!」


 二人はバタバタと執務室を出ていった。

 クロエは二人を「賑やかやねぇ」と言ったが、それが本心か皮肉か分からない。


 サモンも帰ろうとすると、クロエは杖を振ってドアに鍵をかける。


「サモン先生、お話があんねんけど」

「私は無いからお(いとま)しよう」

「簡単なことや。ウチのお手伝いして欲しいねん」


 クロエは笑ったままサモンに近づいた。サモンは冷たい目でクロエを見下ろす。


「断ったら?」

「せやなぁ、どうしたりまひょ」


 クロエの腹の読めない物言いに、サモンも杖を抜く準備をする。

 クロエはニッコリ笑った。




「先生の塔をファンシーにデコレーションしたろかな」

「うっわ最悪。頼むからやめておくれ」


「具体的には白のフリルとレースとを多用して、アクセントにピンクのリボン巻いて、蔦添えてロリータ系ウェディング風に飾ったろぉ。畑もアーチつけたってな。可愛く、可愛くしたろなぁ」

「やめておくれ。気が触れたなんて噂はいただけない。それにそんな女々しい飾り付けは私の趣味じゃない」


「てっぺんの見張り台に鐘つけたってな、十二時になる時に『リンゴーンリンゴーン』って鳴るように魔法かけんねん。あと先生の部屋もリボンとレースたっぷり使(つこ)て甘〜くしたろなぁ。あとそのローブもロリータ系に変えたるからな」

「やめて、ホントやめて。心にクる」




 脅しだと分かっていても、クロエが本当にやる女だとサモンは知っている。笑っているが、目だけは本気の彼女の頼みを蹴る事も出来ず、サモンは半ば強制された「分かったよ」を絞り出した。

 クロエは「助かるわぁ」なんてケロッとしている。

 サモンは胃が痛くなった。


「で、何をすればいいんだい?」


 クロエは、口元を隠して微笑んだ。

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