授業とは、知るためにあるんだよ
「······とまぁ、森の番人レーシーは、動物や植物を守る優しさを持つが、酒が入ると、大暴れしてしまうような恐ろしさもある。大昔、レーシーが酔って踊って村が崩れた事例があった。その年代はテストに出すから、きちんと覚えなさい」
サモンは黒板に板書をしながら、片手に教科書を持ち、教育規定通りの授業をする。
生徒たちは真剣に授業を受けたり、教科書を立てて眠ったりと三者三様な態度だ。サモンはそれをチラと見ながら、教科書に隠した授業評価表に点数を記入していく。
「さて、質問はあるかい?」
このまま質問がなければ授業を切り上げて、残り十分を読みかけの本を読むのに使いたい。サモンは生徒に背中を向けて欠伸をした。
「はい」
そう言って手を挙げるレーガ。ガッカリしたのを隠さないサモン。
サモンはそわそわと落ち着かないレーガに、「どうぞ」と渋々指を差した。
「レーシーは妖精ですか? それとも精霊ですか?」
まるで子供のような単純で基本的な質問。周りの生徒はレーガの質問を笑った。周りの嘲笑に晒されて、レーガはみるみる萎んでいく。
サモンはレーガの質問に左手で右の頬を擦る。
「アンタはどっちだと思う?」
「えっ? あ、僕は······精霊だ、と、思います。······はい」
「正解」
「へっ?」
サモンは杖を振って、黒板消しを浮かせると、そのまま板書を消した。教科書を置くと、手のひらに種を乗せて杖をそれに押し当てる。
「単位のために勉強しているアンタたちには、説明する必要ないと思っていたが、無知がいかに恐ろしいかを、自分たちの身をもって教えてくれたから、教えてあげよう」
レーガを笑っていた空気が一瞬で消える。
その様子を見る限り、誰も妖精と精霊の違いなんて分からなかったのだろう。それなのに笑ったのか。
「はぁ、人間ってなんて愚かしい生き物なんだろうなぁ。知らないことを知ろうとする人間を嘲笑ってさ、自分たちの無知は棚に上げて。大馬鹿者という言葉がホンット良く似合うよ」
「先生、思ってること全部口に出てます」
レーガに指摘されても、サモンはピンと来ない。
生徒たちは「愚かだ」と言われたことに不満げだが、サモンにそれが分かっていない。
手のひらの植物の種を一瞬で苗木にまで育てると、サモンはそれを床に置いた。
「まず、妖精と精霊に違いはほとんど無い」
床に置かれた二つの苗木、どちらも同じ楓の木だ。サモンはしゃがんで、自分から見て右側の苗木をつつく。
「精霊は、妖精の上位互換だ。妖精がいて、その中でも一等強いのが精霊。妖精族の中では、エルフが一番強いとされる。けれど精霊は、エルフすら凌駕する力があるんだ」
サモンはそう言って左側の苗木を杖でつついた。楓の木はみるみるうちに大きくなり、サモンの腰の高さにまで育った。
「妖精は悪戯を好むが、精霊は悪戯を好まない。さて、誰かその理由が分かる人は?」
サモンが問いかけてみるが、誰も手を挙げない。まぁまぁ分かっていたことだ。今まで授業で説明していなかったし、妖精に興味がある人間なんて、少ないのだから。
「例えば、川辺でいきなり水をかけられる『水鉄砲』や、いきなりつまづく『草結び』などの妖精の悪戯。これらは私たちにとって何ら害のない悪戯で、すぐに気がつける」
──だが、精霊の遥かに強い力で『悪戯』をすれば、どうなるだろう?
水かけ一つで村は押し流され、火花一つで山が焼ける。
それくらい力が強い彼らが、ほんの戯れを起こしたら?
なんて、サモンが問いかけると、生徒たちの表情が引き攣る。
サモンは左側の楓の木に触れる。楓の木は赤く色づき、美しい紅葉を魅せる。
「精霊は、自分の力をよく知っている。精霊たちは自分が何者かを知っている。今日の授業でやったレーシーも、森の番人としての責務を果たすだろう?動物を守り、植物を保護する。森に悪さをする人間が入ってくれば、レーシーは人間を懲らしめる。こちらから危害を加えなければ、精霊は何もしない」
力を知る者は、それをひけらかすことも、悪用することも無いからね。······とサモンが言うと、生徒たちの表情が真剣なものに変わる。妖精や精霊への目が変わったようだ。
(まぁ、レーシーはタバコ貰うとチョロくなるがね)
サモンはそれは言わずに懐中時計を確認する。
残り三分。思ったよりも時間を使ってしまった。折角の読書時間が台無しだ。
十分もあれば、読み切ることが出来たのに。
「······今日の授業はここまでにしよう。今日笑った奴は覚えておきなさい。知らないこと笑うのは、愚かしくて恥ずべきことだと。己が無知であることを、自慢するのは情けないのだと」
「学校で与えられる授業は、『知らないこと』を『知る』為にあるんだよ。単位でなく、知ることに対して貪欲におなりなさい」
サモンが注意すると、生徒たちは「はい!」と元気な声を出す。
丁度良いタイミングで終わりの鐘が鳴る。生徒たちは教科書を片付け、バタバタと次の時間の授業に向かう。
サモンは杖で苗木を叩き、床から剥がす。レーガは教室に残り、「運ぶの手伝います」と手を出した。
サモンは「そうかい」と言って、大きい方の木をレーガに預けた。
「······あの、ありがとうございます」
「何のことだか」
「さっきの事ですよ! 先生、僕のこと庇ってくれたんですよね」
「あのねぇ、アンタに興味なんかないよ。質問されたから、答えただけ」
「そういう事にします!」
「ポジティブなんだか、頭が悪いんだか······」
レーガはご機嫌な様子でサモンの後ろをついて行く。
サモンは窓の反射でレーガをチラと確認する。
(もしもレーガが誰かを笑う日が来たら、きっとそれは自分の知識量を驕った時だろうな)
その時私はどう指導すべきなのだろうかと、サモンは少し考える。けれど、すぐに首を振って思考を消した。
(やめよう。きっとその時が来ても、私は何も思わない)
他の人間と同じ対応をする。簡単にレーガを切り捨て、軽蔑する。そうに違いない。しかしどうしてか、その時が来ることを懸念している自分がいる。
サモンに『特別』は、きっとありえない。······『変化』が訪れることは、絶対にないはずなのだ。




