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まいた種の行方

 レーガとロベルトは、ロゼッタと合流するべく、女子寮へと走っていく。ロベルトは辺りを警戒するのに対して、レーガは前だけを見つめて走っていく。


 妖精たちの、兵士たちの目を掻い潜り、女子寮へと近づいていく。


「ロベルト、ロゼッタに連絡取れそう?」


 隠れて、進んで、また隠れてを繰り返す中で、レーガがロベルトに尋ねた。

 迂闊にスマホを鳴らせば、勘づかれてしまう。特に、この学園の生徒である自分たちは、敵にとって好都合の()()()()になる。サモンの足でまといになるような真似は避けたい。


「いいや、ここで連絡するのは得策じゃない」

「でも、ロゼッタと合流しなくちゃ。僕たちは二人だけど、彼女は一人なんだよ」

「分かってる。でも、変に音を立てて、教員とは違う人間が周りにいることを、敵に教えるわけにいかない」

「……分かった」


 レーガは納得すると、マナーモードにしようとスマホを出した。



「わぁっ!」

「バカ! 今すぐ切れ!」



 突然、レーガのスマホが鳴り出した。相手はロゼッタではない。シュリュッセルだ。電話に出るなり、怒った声が、耳を劈く。


『ちょっと! なに勝手に寮から出てるのよ!』

「わぁぁ、ごめんなさい!」

『ごめんで済む状況じゃないの分かってて言ってんでしょ!』

「でも、サモン先生を助けなくちゃ!」


 レーガの言い訳なんて、シュリュッセルには関係ない。シュリュッセルは厳しい一言を、レーガに投げかける。


『サモンを助けに行って、あんた達が死んだら元も子もないのよ』


 レーガも、ロベルトも痛いほど分かっている。でも、だからといって、大人しくできる性分でも無かった。

 レーガはぐっと唇を噛んで、「その通りです」と、シュリュッセルの意見に同意した。


「でも、どうしても行かなくちゃいけないんだ!」


 子供のわがままで、何も出来ない奴が、足でまといになるだけのことなのに。分かっていても動けと体が、心が叫んでいるのだ。

 レーガは電話を切ると、ロベルトに言った。


「二手に別れよう。きっと敵に気づかれてる。僕のせいでごめんね。もしロゼッタと合流出来たら、一緒にサモン先生の元に向かって!」


 レーガはロベルトの返事も待たずに、その場を飛び出した。どこに敵がいるかも分からないのに、真っ直ぐ走る背中は、どこか見惚れるものがあった。

 ロベルトはハッとする。レーガは、妖精魔法しか使えない。敵と出くわしても、戦う力が、自分とロゼッタと比べても、圧倒的に弱いのだ。


「待て! ひとりじゃ危ないだろ!」


 ロベルトはレーガを止める。小さくなっていく背中が、振り向くことなく、強く答えた。



「大丈夫! サモン先生に教わったから!」



 人間嫌いなくせに、まとわりついても追い払わなかった、あの先生。面倒くさがる癖に、きちんと勉強には付き合う、矛盾した先生。皮肉屋で、変な先生だけど、誰よりも、真摯だと思った。


 そんな先生の、教え子なのだ。それが、何よりも誇りなのだ。


 ロベルトは、レーガを見送ると、ロゼッタを探しに女子寮に向かう。





 校舎に沿って進み、辺りを警戒して、女子寮の近くまで来た。ロベルトは、ここまで来て、誰とも遭遇しなかったことに驚いた。

 妖精はともかく、兵士にも、先生にも遭遇しない。

 一部の学園の木が、根っこから抜けていたり、花壇の周りにマンドレイクが散乱していたりと、戦いの跡はあった。


 耳を澄まさなくとも、戦いの最中であることはわかっているのに。


「クレイジ先生の声がする気がする……」


 なんとなく呟いたところで、人の気配を感じた。


 校舎の陰に隠れ、様子を伺うと、人間の声がした。


「この辺りに生徒の寮がなかったか?」

「あった気がするな。それがどうした?」


 兵士だろう。ロベルトは少し剣を抜いて、反射で相手の顔を確認した。きっちり鎧を着た兵士が二人、西の方角から歩いてくる。ロベルトにはまだ気づいていない。ロベルトは兵士たちの会話に、聞き耳を立てた。


「いや、これからグラウンドに向かうだろ? そこに件の男がいるとかで」

「そうだな。正直、気が重いな」

「厄介だっていうじゃないか」


 グラウンド──そこに、ストレンジ先生がいるのか。


 ロベルトはサモンの居場所を再確認すると、兵士たちに集中する。


「その男は教師だっていうじゃないか。寮を襲って、人質でも取れば、大人しくなるだろうよ」

「そうだな、どうせなら女子を狙おう。力が弱くて、扱い易いし」

「そう考えてたんだ。教師が戦闘に駆り出されているなら、きっと生徒の方は手薄だぜ?」


 下品で低俗な提案に、ロベルトは血が沸き立つような怒りを覚えた。

 剣を握る者たるもの、弱きを助け強きをくじく、高潔な志を持つべきだ!

 昔、孤児院で読んだ女騎士の物語。自分も、そうありたいと願って、今、剣術を学んでいる。それなのに、目的のために人質を取る? 剣を握る価値もない、野蛮で、堕落した、バカヤロウ!!



「お前たちに、剣を握る資格はねぇ!」



 対策も、熟慮もなく、ロベルトは兵士たちの前に飛び出した。ロベルトに驚いた兵士は、一瞬だけ体が固まった。その瞬間を、無駄にすることなく、ロベルトは剣を引き抜き、剣の腹を胴に叩きつける。

 鎧越しでも響く痛みに、兵士たちは膝をついた。けれど、腐っても訓練を受けた剣士だ。痛いところを支えながら、兵士たちが立ち上がる。

 ロベルトはまた剣を握り、高く構えた。


 兵士の一人が剣を抜く。下から突き上げるように、切っ先がロベルトの胸を狙う。ロベルトは剣を振り下ろしてその一撃を弾いた。けれど、兵士は剣を器用に回して次撃に繋げる。

 ロベルトは剣を持ち上げるが、防ぐことに手一杯で、反撃に転じることが出来ない。


 数回攻撃を食らっただけで、ロベルトの手首は剣の重さにも、攻撃の痛みにも耐えられなくなる。

 あれだけ沢山の授業を受けてきたのに、この程度でどうして……。悔しくて、でも負けられなくて。歯を食いしばって、防ぐことに徹した。


 せめて、相手が疲れるまで。諦めるまで。

 一撃を返す隙はどこかにある。それまでは。……それまでは。


 諦めないロベルトに、兵士は苛立ち、舌打ちをした。剣の持ち手で、ロベルトの手首を叩いて剣を落とす。

 ロベルトに拾わせないように、すぐに剣を振り下ろした。

 頭の上に振り下ろされる剣に、ロベルトは体が強ばった。授業とは違う、『死』の気配に息も止まる。ロベルトは自分に迫る剣の鈍い輝きに、目を、見開いた。




「遊びじゃねーのですよ」




 見た事のあるランタンが、ロベルトと剣の間に割って入る。金属がぶつかり合う音がして、ランタンは剣をぐいと押しやった。それだけでなく、ランタンは兵士ごと少し離れた所に押し飛ばしてしまった。


 ランタンを持つ男は、ロベルトに振り向く。気だるげなその態度は、サモンを思わせた。


「お前たちのお遊びと一緒にするな。戦いとは、命と命のぶつかり合いで、生と死のせめぎ合いです。本気でやれ。殺す気で行け。それが出来ないなら、剣を握る資格も、あの子のお気に入りを名乗る資格もありませんよ」


 サモンと同じくらい若いのに、世の苦楽を知っている物言いが、ロベルトの頭を叩いた。


「ヨクヤ……さん……?」

「人間ごときが、(わし)の名を呼ぶんじゃねーです。虫唾(むしず)が走る」

「ヨクヤさんだ……」


 土の精霊──ヨクヤは、ロベルトを庇い、兵士たちに立ちはだかる。突然現れたヨクヤに兵士はたじろぐ。ヨクヤは大きなため息をついて、ずいと前に出た。


「はぁ〜、出るつもりはなかったんですが。これも心情の変化ですか? それとも……いえ、これは口にしません」


 ヨクヤはランタンを揺らして、呪文を唱える。


「大地の温情は永久なる力 土の加護は純朴なる魂にのみ与えられん

 大地の怒りは一夜の破滅 あらゆる全てが砂塵へと()


 命を(もてあそ)ぶ者にくだすは沃野の怒り

 力に抗うなかれ 押し流される(ことごと)くを助くなかれ」


 ヨクヤが一歩前に足を出した。そのたった一歩が、地面を裂き、その隙間から、磨いた槍のように鋭い岩が突き出した。



「『弱きを守る最後の砦』」



 亀裂はどこまでも伸びていき、突き出す鋭い岩は高く壁を築く。何人たりとも通さない意志を感じるそれは、兵士たちが逃げ出しても追いかけるように広がっていく。

 魔法の勢いが止まり、兵士も居なくなると、ヨクヤは欠伸をしてロベルトの腕を掴む。


「来い。サモンの優しさを無駄にしやがるとは、いい度胸です」

「ど、どこへ!?」


 ヨクヤはちら、とロベルトを見ると、グラウンドのある方に顔を向ける。ロベルトはつられて同じ方向を見た。

 ヨクヤは不満をこぼしながら、ロベルトの腕を引く。


「最悪です。この(わし)が、サモンを守ると決めた、この(わし)が。どうして人間の手を引いているのでしょう。あの子を(けが)し、(はずかし)め、壊した種族の手を。憎たらしくて、恨めしいはずなのに」


 ロベルトはムスッとして、ヨクヤに引かれるままついて行く。「じゃあ、やめろよ」くらい言ってやろう。そう思ったのに。



「種族に関係なく守った。困った相手に手を差し伸べた。優しさと、愛を感じた。ただそれだけなのに。それだけだと言うのに、『この子なら、守ってもいい』と思ってしまいます。土の精霊に刻まれた心のせいでしょうか。放っておきたかったし、どさくさに紛れて殺したかったです。それなのに、優しさと愛を惜しみなく分けられるお前を、放っておけません」



 ヨクヤは言った。「お前が人間でなかったなら」と。ロベルトは、彼の複雑な気持ちを受け止めて、自分の腕を掴む彼の手を、包み込んだ。


「あんたが人間を嫌いな気持ちは分かる。俺も、ストレンジ先生には最初は嫌われてた。でも、何度も接して、話して、気持ちを聞いて、伝えたら、誰にだって変われるチャンスはあるんだ」


 ロベルトはヨクヤに、真っ直ぐな瞳を向ける。



「俺は、あんたのこと好きだぜ」



 丁寧なくせに口は悪いが、見捨てない。捨ておけばいいのに、そうしない。それが、サモンとよく似ていた。なら、きっと。話すことで、知ることで、変わる何かがある。


 ヨクヤは一瞬驚いたように、言葉を詰まらせた。


「馬鹿な人間です」


 ロベルトを罵倒し、ため息をつく。

 そんなすぐには変わらないか、とロベルトは肩を落とすが、ヨクヤはうっすら、微笑んでいた。



「本当に、馬鹿な子」



 肩の荷は、存外簡単に下りるもので。

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