ストレンジの遊撃 3
サモンが森を抜けると、グラウンドに戻ってきた。ちょうどそこには、サモンを探している兵士たちが集まっていて、カメリアの悲鳴が聞こえた場所に向かうための隊列が組まれていた。
「おや、仕事かい? ご苦労なこったねぇ」
サモンが挑発すると、兵士たちは驚きながら剣を抜いて、その切っ先をサモンに向けた。
このくらいで驚いていたら、兵士なんて務まらないだろうに。サモンをバカにしたように笑う。
杖を大きく振り上げると、森の奥から風が吹き、兵士たちに吹きつける。
下から持ち上げるような風の力に、兵士たちは腰を落として抗った。自然の驚異への抵抗は無意味だと言うのに。サモンは杖をさらに高く振り上げた。
「風の精霊──『羽浮かし』」
耐えていた兵士たちの体が宙に浮かぶ。風の力に弄ばれて、高く上がって低く下がってを繰り返す兵士たちから、悲鳴が漏れ出した。
「そのまま王都にお帰りなさい」
サモンが杖を持つ手で払い除ける仕草をすると、兵士たちは、遠く遠くへと飛んで行った。
それを見届けた直後、サモンの脇腹を、火の魔法がかすめた。火傷に顔を歪め、ゴブレットに水を満たす。水をかけると、痛みは和らぎ、傷は癒えた。
後ろを振り向くと、エイルたちの罠を回避した妖精の精鋭が、サモンに殺意を向けている。絶対に片付ける。今、この場で。そんな意思を見た。
サモンは薄ら笑って、彼らに向き直った。どうせなら、自分がどこまでやれるのか、確かめよう。
(魔力残量は、どうだっただろうか)
そんなことも、きっと、忘れてしまいそうだ。
***
女子寮では、生徒たちが不安そうに談話室に集まっていた。それぞれ部屋に魔法を施して隠れるより、いざと言う時、逃げ出せるようにしようという、全員の意見だった。
心を落ち着けようと、紅茶を飲む生徒もいれば、今日が最後の日だと嘆いて家族に電話する生徒もいる。気にせず勉強をする生徒もいるし、ロゼッタのように武器を握って、ずっと警戒している生徒もいた。
ロゼッタは、あちこちで爆発音や悲鳴が聞こえる度に、無意識に杖を構えていた。生徒たちが、お互いを励む中で、ロゼッタだけが、無言を貫いている。
「失礼するぜ、お嬢さん方。外に出た生徒が居ないか、定期的な確認だ」
ロウソクから、ホムラが姿を現す。最初に見た時、ロゼッタは「絶対にストレンジ先生の知り合いじゃないわ」と思っていたが、口が悪い割に面倒見のいい所がサモンに似ていて、納得した。
ホムラは生徒たちの熱を感知して、人数を確認する。全員いると数え終えると、ロウソクの中に帰ろうとした。
ロゼッタはホムラを呼び止めると、サモンの安否確認をする。
「ストレンジ先生は、無事ですか?」
「もちろんだ。あいつは簡単に死ぬタマじゃねぇよ。オレが育てたんだ。オレより厄介な奴らに、囲まれて生きてきたんだぞ。心配いらねぇ。場所が知りたいなら、今はグラウンドだ。妖精たちの相手をしてるぜ」
ホムラはロゼッタの頭を雑に撫でて、火の中に戻った。ロゼッタは杖をギュッと握りしめて、サモンがいる方向を見つめた。
女子寮からは、グラウンドが見えない。けれど、グラウンドがある方向からは、黒い竜巻や、不定期に火柱が立つ。あんなものを見て、心配するなという方が難しい。
「……大丈夫、よね」
ロゼッタは自分に言い聞かせるように呟いた。
ふと、ポケットに入れていたスマホが震えた。レーガから電話が来ていた。慣れた手つきで、通話画面に繋げると、電話口から、レーガの焦った声が聞こえた。
***
男子寮──少し前
レーガとロベルトは、学園内の戦いの行く末をじっと部屋から見守っていた。
レーガは窓にぴっとりと張り付いて、外の状況をじっと見つめている。ロベルトはずっと剣を磨き続け、大きく息を吐いては、窓の外を眺めた。二人とも、外の様子に気を取られていて、周りの生徒たちの様子なんて気にもしなかった。
それより、外を忙しなく走り回る先生たちが、剣を振るい、魔法を放ち、敵を撃退していく姿を、じっと目に焼き付けている。
平和とは言えない現状を、それ以上に危ない自分たちの身を、一年前に想像出来ただろうか。
「先生、大丈夫かなぁ」
今日何回目かの質問。レーガの不安に寄り添うように、ロベルトは「大丈夫だ」と答える。
「あの先生、見かけによらず、タフだからな。無神経だし、相手によって態度を変えねぇし。妖精相手でも、自分の身が危険なら、手段を選ばねぇだろうよ」
レーガが不安になる度励まして、ロベルトは外の様子を見つめる。
「先生たち、防衛に徹してる。どうして追い出さないんだろう?」
「派手に追い返したりすれば、俺たちに危害が加わる。敵を大人しくさせるには、脅迫が手っ取り早いからな。寮に保護魔法をかけたのも、脅迫に利用させないためだろ」
「でも、追い出せなければ、敵はいつまでも領域内にいるよ」
「……それを追い出すのが、ストレンジ先生なんじゃないか?」
ロベルトは空を見上げた。上空では、兵士たちがグルグル回って、学園の外へと吹き飛ばされている。ロベルトは、サモンに飛ばされたトラウマを思い出す。
レーガは窓に手をついてそれを見つめた。遠く遠くへと飛ばされていく兵士たちがいた所に、きっとサモンがいるのだ。そうでなければ、あんな大掛かりで強力な精霊魔法が見られるはずがない。
「あ……」
森の奥から、グラウンドの死角から、妖精やら兵士やらが、大列をなして押し寄せてくる。いくらサモンでも、あの数は対処しきれない!
「ロベルト、先生が危ない!」
レーガは部屋を飛び出した。ロベルトは、彼の行動に驚き、慌ててついて行く。レーガはスマホでロゼッタに電話をかける。
「ロゼッタ、大変だ! サモン先生が危ない!」
『危ないってどういうこと!?』
「助けに行こう! 他の先生は動けないから!」
レーガは電話を切ると、寮の玄関に真っ直ぐ走った。ロベルトは止めなかった。止めても無駄だと悟っていた。
ドアに手をかけようとすると、二人の行動にいち早く気づいたホムラが、ロウソクを介して姿を現す。二人の前に立ちはだかると、肩を強く掴んだ。
「どこにも行かせねぇぞ。外が危険だってこと、分かってんのか」
「ごめんなさい。でも、行かないと」
「お前たちを守るために、サモンがオレに頭を下げたんだ。あいつの願いを無駄にすんな」
「でも、サモン先生が危ないんです!」
「シュリュッセルもいるし、エリスもいる。必要があれば、他の教員だって援護に行ける。それで何が不満だ」
ホムラのきつい物言いに、レーガは負けじと抵抗する。けれど、ホムラだって引く気は無い。
「外で起こっていることは、訓練でもドッキリでもない。正真正銘の戦争だ。子供に何が出来る」
決定的なことを言われてしまえば、レーガも歯を食いしばった。これ以上何も言えない。ロベルトが、助け舟を出す。
「俺たちは、ストレンジ先生に助けられて出会いました。みんな、ストレンジ先生に教わって育ちました。俺は、あの人に命を救われて、あの人に価値観を、魔法のことを教わったんです。助けたいと思うことと、実際に助けることは全然違う。足でまといだと分かってます。
でも、だからこそ、何もせずにただ終わるのを待つのは嫌だ。先生の犠牲で助かったら、俺たちが受けた恩は、誰に返したらいいんですか!」
ロベルトは必死に頭を下げた。
「お願いします。敵を一瞬、減らすだけでも、先生の一助になるんです。ほんの一瞬の隙で、先生が変わったな魔法で倒してくれる。今この時が、恩を返すべき時なんです。先生を、手伝うことが。助けることが」
レーガも一緒になって頭を下げた。けれど、ホムラは頑として、そこを通さない。
「恩を返すと言うなら、生き延びろ。生きてサモンの生還を喜んでやれ。オレは、あいつに『生徒を守れ』と頼まれた。一人だって、危険な目に遭わせねぇ」
その強い意思に、レーガたちは足止めを食らう。今この瞬間、サモンが危ないとしても、ホムラはサモンを助けずに、頼まれたことを全うする。
レーガはどうにか、外に出る方法を考えていた。
「…………」
ホムラが何かを察知する。ロウソクをじっと見つめると、大きくため息をついた。サモンが呆れた時と、同じため息だった。
「……サモンが面倒を見てた理由が分かった。お前ら、相当問題児だな」
ホムラは玄関のドアを開けると、二人に言った。
「ロゼッタが寮から脱走した。学園内は、寮と地下室以外に安全な所がない。すぐに寮に連れ戻せ」
ホムラは火が無いところには行けないという。
レーガとロベルトは、「はい!」と返事をすると、外に飛び出した。うさぎよりも速く、鳥のように揃って走る二人の背中に、ホムラはため息をつく。
「どうせ、すぐに戻ってこないんだろうな」
サモンみたいに、なんて。
ホムラがドアを閉める前に、ふわりと風が吹いた。
「頼むぜ、あいつらの子守りはオレ一人には荷が重い」
ドアを閉めると、アズマが姿を現す。困ったように口角を上げると、子供たちの背中を追いかけた。




