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ストレンジの遊撃 2

 森を風が吹き抜ける。

 エイルが仕掛けた罠に、妖精たちが捕まり、カメリアが学園から離れた所へと連れていく。


「人間ごときが!」


 妖精の悪態に知らん振りをして、カメリアは川に出ると、妖精を解放した。

 困惑する妖精にカメリアは川の流れを指さした。


「この川を下っていけば、妖精の森に帰れる。ストレンジの知り合いが、そうなるようにしたらしい。大人しく行け。他の妖精たちも下って行った」


 カメリアの親切心すら疑う、妖精たちは魔法をチラつかせて、カメリアを脅した。


「この場でお前を、燃やし尽くせば、誰が悲しむだろうな」

「……やめておけ」

「怖気付いたか?」

「あのド変態が来るぞ」


 カメリアは「いいのか?」と、妖精を脅し返す。

 エイルに攻撃の尽くが効かない以上、妖精たちは撤退をするしかない。その上、自分が傷ついても、相手が傷ついても興奮する、ド変態要素がある。

 さらに、要らないことに「知的探究心」が備わってしまった、地上最悪の男だ。


 妖精に残された選択肢は、大人しく被検体(モルモット)になるか、妖精の森に帰るか。


 エイルの奇行を目の当たりにした妖精たちが、カメリアの脅しに腰が引いた。けれど、ここで引いたら、プライドか何かが傷つくのだろう。



「それでも、私たちは戦わねばならんのだ!」



 つまらないプライドだ。騎士団に身を置いていたカメリアはそう思う。命以上に、尊いものは無い。

 それを投げ打ってまで、得るものは何も無いのだ。


 カメリアは息を吐いて、鞘に手をかける。妖精を屠る必要があるのなら、と、剣を抜いた。




「帰るのにも理由がいるのなら、無理やり帰してやればいいじゃないか」




 強い風が吹き、淡々とした声が一緒に流れる。

 カメリアが横を見たと思えば、サモンがいて、妖精たちを残らず川に放り投げていた。


「ストレンジ!? いや、妖精たちが、えっ!? 溺れてしまう、でも、ストレンジがどうしてここに……」

「落ち着きなさい。騎士が狼狽えてどうするんだい」

「持ち場はどうした。というか、妖精たちが!」


 慌てるカメリアをよそに、サモンは腕を伸ばしたり、曲げたりと、ストレッチを始める。


「心配しなくても、今はツユクサが、この辺りの水を支配してる。同族を溺れさせるなんて、(むご)いことしないよ」


 それを聞いて、カメリアが安堵したため息をつく。そして、次の疑問に頭を切り替えた。


「ストレンジ、お前がここにいるのはどうしてだ? 妖精も人間も、お前を狙って学園に来ているのに。ここにいたら、私たちがお前を匿っている意味が無いじゃないか」


 カメリアがそう言うと、サモンはにぃ、と笑って見せた。

 理由も説明せず、カメリアをお姫様抱っこして、川から離れる。


「へぁ、ス、ストレンジ!?」


 カメリアは、急な女性扱いに照れた。見上げても、サモンは何も言わない。

 このままどこかへ連れ去られてしまうのでは、なんて思うと、顔が真っ赤になる。


 森の途中まで来ると、サモンの足が止まった。サモンは少し息を吸うと、ようやくカメリアに理由を説明した。


「ここに来たのは、君が必要だったからだよ」

「わ、私が……?」


 カメリアの呼び起こされる乙女心に、サモンは笑顔でハンマーを振るう。




「君の悲鳴がね」




 サモンは笑顔で、杖を振るった。


 ***




「ストレンジィィィィィィィィィィィィィィィィ」




 カメリアの腹式呼吸の効いた叫びが、森だけでなく、学園にまで届いた。その声を辿って、学園に侵入した兵士も、妖精も集まってくる。


 サモンは後のことも考えず、学園に向かって森の中を進んでいた。道中、何度か妖精と出くわしたが、サモンが対処する前に、エイルかカメリアのどちらかが仕掛けた罠にハマって脱落していく。


 計画していたこととはいえ、別に用意した自分の計画が無駄に終わりそうだ。サモンはため息をついて、走るのを止めた。


 散歩でもするように歩いていると、ようやく二人の罠が仕掛けられていない所に出たようで、妖精たちが真っ直ぐサモンを襲ってくる。


 羽の生えた小さな妖精たちが、自分以上に大きいサモンに立ち向かう。それだけでサモンの心は傷んだ。

 怖いだろうに、恐ろしいだろうに、でも、それ以上の現状が、妖精たちをこうさせている。


「泣きたくなるねぇ」


 サモンは杖を地面に向けると、呪文の詠唱を始めた。



「命は土より出でて 土へと還る

 花は空へと伸びて 風に揺られて生きる

 今はまだ咲く時ならず 今はただ眠るのみ」



 地面から芽がぽこぽこと生え、ぐんぐんと成長していく。カラフルで立派なチューリップが咲くと、チューリップは妖精たちを次々に飲み込んで、ふっくらとしたつぼみに戻る。



春の準備(ブルーム・ウィッシュ)



 間接照明のように光るチューリップの花畑を、サモンは一輪も折らないように歩く。魔法だと分かっていても、潰してしまうのは惜しい。夜ならもっときれいだろう。


 サモンは追加で魔法をかけると、カメリアたちに分かるように、印を残す。

 小さい妖精たちのための、サモンが仕掛ける罠はこれでいい。

 サモンはふう、と息をつくと、森の中を歩いていく。


 チューリップのつぼみは、花を開く日を夢見て眠っていた。

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