ストレンジの遊撃
悲鳴があちこちで聞こえてくる。
クラーウィスの洗礼を受けたのか、エイルの変態性に恐れおののいているか。どちらでも構わないが。
サモンはグラウンドのど真ん中で、空を仰いでいる。戦闘中とはとても思えないような、青い空だ。雲が細く伸びていて、それだけで、「平和だ」と思えた。
──平和とは程遠い状況なのに。
嘆いたところで、現状が変わるわけでもなし。
サモンは大きくため息をついた。
自分に出来る下準備は、全て済ませた。軽く魔力を込めるだけで、防衛のための魔法が発動するようにした。そのせいで、いくつか花壇をダメにしたし、校舎の壁を壊した。
今回の布陣も、エリスの心配や、それぞれの個性を活かせるように調整したし、そのための場所も用意した。
精霊の協力だって、嫌がる精霊の説得も、根気よくしたし、それぞれの特徴に沿って配置した。
それでも、不安は残る。足りないのではないか、と、背後から冷たい声が囁く。けれど、サモンを守るために、生徒を守るために、教員が総動員されているのだ。
それに報いることを、しなくては。
教員として、ストレンジな魔法使いとして、示しがつかないだろう。
サモン大きく息を吸った。ため息のように吐き出さない。杖を抜いて、向かってくる殺意に集中する。
「雪妖精の悪戯」
杖の先を後ろに向ける。地面を稲妻のように這い、その先にいた人物を凍らせた。
……人間の兵士だ。剣を振り上げたまま、驚いた表情で固まっている。サモンは杖を回して、彼を観察する。
捕まえたい、と言う割に、随分と杜撰な方法をとるものだ。その一撃で、私が死ぬとは思わないのか。
サモンは不満げに彼を観察していたが、ある感情に気がついた。
『裏切り』、『殺意』──それは、上から命令されたことに、反発する意思を示していた。それはサモンを人間として見ていた訳では無い。
化け物が、平然と歩く未来を恐れてのことだ。
その恐怖は、分からなくもない。けれど、その人が、本当に望んでそうなったのか、考えていない。
(知る必要もないけれどさ)
サモンの胸が締め付けられる。サモンは息を吐いて、気持ちを切り替えた。
クラーウィスとツユクサの守衛を突破した。彼らに勝ったというより、彼らに気付かれずに侵入できる道を見つけた、といったところか。
一人だけここに来たのは、散らばって捜索し、他の兵士がそれぞれ別の教員に阻まれたから。
(なら、そろそろかねぇ)
サモンは森の方を見やる。すると、ちょうど小さな妖精がこちらに向かって飛んできた。花の妖精だろうか、両手いっぱいの『深眠花草』を持っている。永遠に眠れば、確かに危険は無い。でも、殺した方が確実だ。
サモンは杖を軽く振った。
「動くな」
妖精はその場で動きを止める。サモンは妖精から花を奪うと、その場で燃やしてしまった。
「この魔法は、君の仲間なら簡単に解けるよ」
サモンは妖精にそう言って、グラウンドを離れた。
生きても地獄、死んでも地獄。どちらがマシかは分からないが、サモンの命懸けの鬼ごっこが始まった。
「さて、どこから手をつけようか」
サモンは杖を回して、駆け足で学園を回った。




