迎撃しましょう、そうしましょう 3
サモンは地図を見下ろして言う。
「クラーウィス、君とツユクサの二人で正面は守れる。シュリュッセル、アンタに裏を任せられないかなぁ」
シュリュッセルの駒を、サモンは裏の森に置く。だが、シュリュッセルは唇を尖らせて駒を拾った。
「サモンの指名は嬉しいけれど、ボクはセキュリティの管理がある。クラーウィスが戦線に立ったら、誰が学園の複雑なセキュリティの操作をするの?」
シュリュッセルの言い分には、エリスも納得する。
あの双子でしか操作できない仕組みのセキュリティには、サモンはやや不満だ。けれど、あの双子だから出来る絶対的な防衛でもある。
となれば、妖精対策は難しくなる。魔法は妖精に馴染みが深く、人間ごときの魔法なら簡単にいなせる者も少なくない。
エルフであれば、尚更だ。
「魔法の知識に長けて、エルフにさえ抵抗出来る技量がある者。私か、学園長か」
「ストレンジ先生はダメです。あなたが赴くのは得策じゃない」
「学園長もだろう。二人一組で、マリアレッタ先生と……」
「ノーマ先生は、出来ればグラウンドに配置したいです。あそこは広く、遮蔽物もないですから、大掛かりな魔法に向きます」
「グラウンドは校舎に近すぎる。それに、マリアレッタ先生は寮監だ」
「それもそうですね」
二人で頭を悩ませていると、地図の上に一つ、駒を乗せる手があった。
華奢で、でも確かに力のある手が、森のど真ん中に置かれる。
「魔法に優れた妖精との戦い。魔法に特に秀でていなければ勝ち目がないと言うのなら、引き算で勝ち目を出すのも、戦術と言えるのではないだろうか」
凛とした声が、背筋を伸ばす。
その隣で、変態じみた声が聞こえた。
「妖精の生態は、彼らの魔法の使い方は、構造、習性、知能、本能、実に興味深い! 間近で観察できるなら、多少の死なぞ恐るるに足らず! それに、命が尽きるその時は、神父の祈りが必要だろう?」
力が劣るとしても、負けるかもしれないとしても。
決して逃げず、怖じ気つかず。喜んで戦場に赴き、強い相手に勇んで立ち向かう。
そんな人間を、サモンが知っているうちでは、二人しかいない。
***
学園裏の森では、妖精たちが鱗粉を散らして学園に進行している。
大きな葉も、倒れた大木も、妖精たちの妨害にもならない。大小様々な妖精たちは、真っ直ぐに進んでいた。
あとどのくらいだろうか。学園に近づいてくる頃、妖精たちの気が緩む。
その一瞬の隙を、学園側の罠が襲った。
エルフの足に引っかかった縄が、パチンと切れる。その瞬間、頭上から5メートルほどの大きな網が落ちてきて、妖精たちにかぶさった。
細かい網目のそれは、小さな妖精が逃げることも出来ないほどだ。
その罠を喰らった妖精たちの前に、カメリアが姿を現した。
「この、人間風情が!」
妖精の罵倒にも、カメリアは表情を崩さない。
「手を引いてくれ。私たちは、仲間を守りたいだけだ。お前たちを殺したくない」
カメリアは、膝を着いて、妖精たちを説得する。
「お前たちが殺そうとする人間は、私の大事な仲間だ。魔力が安定しないだけの、ただの魔法使いだ。お前たちに危害を与えない。必ず、約束する」
カメリアの説得も虚しく、妖精たちは魔法で網を消し飛ばした。
先陣を切っていたエルフが、カメリアに指先を向ける。
「お前は何も知らない。俺たちが引いたって、人間の手に渡れば、嫌でも仲間が失われる。人間は傲慢だ。野心に溢れている侵略者だ。そんな奴らに、精霊の力を渡してなるものか。卑しい人間が、精霊の力を使えるだけでも、腹立たしいと言うのに」
彼らの恐れも、憤りも、カメリアは受け止める。
それでも、進ませてはならない。彼女にも、妖精にも、守るものがある。
「引いてくれ」
「ここを引いて森に平和が訪れるか」
「ここを引けば、少なくとも死よりひどいものを避けられる」
「戯言を」
「いいや。割と本気だ」
カメリアはすっと、道を譲った。
妖精を通していいのだろうか? 否、妖精のために譲ったわけではない。
彼らがきっと、恐れるであろうもののために、カメリアは道を開けたのだ。
──ガサガサガサガサッ!!
草をかき分けて駆けてくる音。
それは馬のように早く、デュラハンより恐ろしかった。
「ごきげんよう妖精の諸君さぁさぁ乃公に身を預けてくれる最初のひとりはどなたかなぁぁぁぁぁぁ」
一息で喋る肺活量は見事だが、恍惚とした顔が変態のそれ。
エイルの気持ち悪さに、エルフが躊躇いなく魔法を放つ。カメリアも、その判断には感嘆した。
強力な火魔法がエイルの顔面を穿つ。
骨すら炭にする高火力の魔法を食らっても、エイルはボロボロの顔を一瞬で回復させる。
そして、うっとりとした顔で、魔法の痛みとその強さを噛み締めた。
「あぁっ! 花をそげ落とす速さ、脳みそを焼くその火力! たまらない、たまらないなぁ! 皮膚が風でひりつく痛みをもっと堪能したかった! 君はエルフだな。最高の魔法をありがとう。そして、この痛みを教えてくださった神に最上の感謝を!」
ド変態だ。
ド変態がいる。
カメリアは、青ざめた顔のエルフの肩に手を置いた。
「な? 早く逃げた方がいい」
エイルの笑い声と、妖精たちの悲鳴が、森に響き渡った。




