迎撃しましょう、そうしましょう 2
「まずは、門番の牽制」
遡ること数時間前、エリスは学園周辺の地図を広げて作戦を立てていた。
立体化した学園の正面、門の少し向こうに、クラーウィスの駒を置く。エリスの采配に、クラーウィスは少し、怪訝な顔をした。
「人間側への牽制は、貴女にお任せします。クラーウィス」
「でもよぉ、アタシは殺戮特化型兵器個体だぜ? うっかり手を出したら、全部殺しちまうぞ」
「構いません」
エリスがバッサリと切り捨てる。彼女の思い切った判断に、クラーウィスは口笛を吹いた。シュリュッセルが心配そうに、クラーウィスの肩を抱く。
「でもね、人間の軍勢は千人超えてるのよ」
「出来ないとでも?」
「あら、ボクのクラーウィスを舐めないでちょうだい。問題はそこじゃないの。ボクたち、あらゆる魔法や呪いを跳ね返せる。でも、物理的なもの、外傷には弱いのよ」
「その問題は、解決できます。……そうですね、ストレンジ先生」
エリスはサモンに目配せをする。サモンはゴブレットをチラつかせて微笑んだ。
***
赤く紅く染まる道は、肉と骨と内蔵が敷き詰められて歩きづらそうだ。その上を走り、踏みつけ、踊る一人の化け物。裂けるような笑みを浮かべて、剣を振り回しては、人と思えない笑い声を響かせる。
「どうしたどうした! お前らの本気はそんなものか!」
クラーウィスの攻撃に怯んだ兵士は、武器を捨てて逃げていく。軍の団結はあっけなく砕けて、クラーウィスはフンと鼻を鳴らした。
所詮は弱い人間の群れ、改造人間の前では虫も同然だ。だか、一部例外はある。
「怯むな! 攻撃しろ! 改造人間は外傷に弱い!」
暴走した改造人間を止めるため、制御措置として作られた弱点。魔法も毒も、呪いも効かない超人を『処分する』ことができる、凡人のための救済措置。それを知っている人間だっている。
クラーウィスに突っ込んで行った兵士の一人が、彼女の腹に剣を突き刺した。
深く刺さって抜けないそれを、兵士は力の限り振り切った。腹がばっさり切り裂かれたクラーウィスは、患部を押さえて後ろによろける。
「う、ぁ……い、たい。痛い……」
クラーウィスが、ズキンズキンと痛む患部をギュッと握る。動きが弱まった彼女に、兵士の攻撃も止んだ。
クラーウィスは、腹から垂れる血をじっと見下ろす。
「どうして、どう、し、て。アタシ、たちが」
生きていただけなのに。明日を望んだだけなのに。
狂った人間の、悲痛な叫びは誰にも届かない。
「おい、早く処分しろ」
兵士がクラーウィスに近づいた。振り上げられる剣にも、彼女は興味を示さない。
「お願いよ、助けて。アタシは、生きたかっただけなのよ」
クラーウィスの嘆願も虚しく、兵士の剣は振り下ろされる。
「がっ…………!?」
剣がクラーウィスに触れることは無かった。その代わり、彼女を斬ろうとしていた兵士が真っ二つに切れた。上半身と下半身が離れたその身で、最後に見たのは──
──無傷のクラーウィス。
兵士は自分がどうなったかも分からず死んだ。
命令を下した兵士が、白がゆのような顔で口をパクパクさせる。
「なっ、なん、なんで、どうして」
クラーウィスはお淑やかに微笑んで、自分の横に手を伸ばす。
「来いよ、ツユクサ」
クラーウィスの手を掴んで現れたのは、氷のように冷たい目をした水の精霊だった。ツユクサはゴブレットを軽く揺らすと、地面に水を垂らす。
「我は穢れを嫌うもの 不浄の一切を押し流す
我は邪悪を嫌うもの あらゆる厄を洗い流す
邪は我に触れること能わず
悪は我に触れること能わず
露草の一雫は大海へと流れ出てて 世に清浄をもたらさん」
ぽちゃん、と落ちた雫を皮切りに、ゴブレットからは滝のように水が溢れる。
ツユクサは、汚いものを見る目で吐き捨てた。
「『流転する水』」
赤く敷かれた血の道も、兵士たちの残骸も、まだ生きている兵士たちも、ツユクサの魔法に飲まれていく。
全てを押し流すそれに、クラーウィスはケラケラと笑っていた。
「おうおう、精霊ってのはおっかねぇな」
「どうして私がサポートするのは君なんだ。サモンではなく」
「外傷に弱いアタシを、治癒に長けた精霊がフォローする。最高の布陣じゃねぇの」
「はぁ、君はサモンと同じ無茶をしそうだ」
ツユクサが呆れる横で、クラーウィスはヘラヘラしている。
押し流されてなお、立ち向かってくる兵士たちを遠目に、クラーウィスは剣の形態を杖に変更する。
ツユクサはゴブレットを揺らして、サポートの準備をしていた。
「さぁて、人間はアリのように働き者で、ゴキブリ以上にしぶといぞ。覚悟は出来てんだろうなぁ?」
「精霊と同等の寿命があったら帰ってる」
「あはは! 言うじゃねぇか。気に入った! 仲良くしようぜ、ツユクサ!」
「無茶だけはしないでおくれ、クラーウィス。カバーしきれないから」
傷を受ける者と、傷を癒す者。
攻撃を仕掛ける者と、補佐に回る者。
真面目と気分屋。
相反する二人の共闘は、生き残った人間に絶望しか与えないだろう。




