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夢と死は交わらず

 妖精というのは、どうして昼行性と夜行性の両極端なのか。もちろん、午後だけとか、人がいない時だけとか、時間限定的な者もいるのだが。それを含めても、真昼間か真夜中かの二択はやめてほしい。


「また眠れないよぉ~」


 余裕そうな表情で、サモンは外をフラフラと歩いていた。

 木の実のランタンを提げて、男子寮の周りを徘徊する。

 寮の一室が明かりをつけているくらいで、他の部屋は消えている。


 レーガたちには、イヴァンが眠らないようにできる限り遊んで時間を伸ばせと伝えてある。


(言ったところで、子供の体力だ。あまり遅くなれば眠ってしまうだろう)


 一刻も早く、()()()()()()()()を探さなくては。

 サモンはランタンを掲げて目を凝らす。暗闇の向こうにいるであろう、奴の姿を捉えようとした。


 ランタンの火が揺れる。サモンの桃色の瞳はランタンの光をちらつかせ、輝きを増す。

 魔法を使えば、辺りを照らすことも、妖精を簡単に探すことも出来る。

 けれど、それをしなかった。サモンはそれを良しとしなかった。


 とおく、茂みの向こうに影が見えた。

 馬に乗っているようだ。サモンは目を細くして、その影をじっと見つめた。


 銀の刺繍の黒いマント。あれが、イヴァンのいう死神か。


「たしかに、死神だねぇ」



 ()()()()()()()()



 サモンはその正体を見破るなり、ランタンを低く持ってそれに近づいていく。


 マントの影は、サモンが無防備に近づいてくることに驚いているようだった。

 馬すら狼狽える様子に、サモンは笑いそうになる。でも、ぐっと堪えて、柔らかく声をかける。


「こんな夜更けにご苦労さん。でも、ここでは誰も死なないよ。私がいるし、学園長もいる。他の教員も、門番も、誰も生徒を死なせない」


 そんなこと言ってみるが、大体の面倒ごとはサモンの元に集まる。それを渋々引き受けているのだが。

 サモンの活躍ばかりが目立っているようだけれど、他の教師も本気を出せば凄い。


 ……そう信じたい。


「ここに今日の仕事はないよ。家にお帰りなさい」


 サモンは影の名を呼ぶ。それは、さんざん悩んで、追いかけたあの名前だった。




()()()()()()()()




 ──オーレ・ルゲイエという妖精は二種類いる。

 ひとつは、サモンが説明した夢妖精で、子供に人気がある方。



 もうひとつは、人々に死を与える妖精、恐れられる方。



 どちらも老人のような見た目の妖精だ。ゆえに、落ちていた髭では判別ができなかったのだ。


「……よく、わかったな。人間」


 死の妖精は、深く被っていたフードを脱いだ。刺繍と同じ銀の髪と髭は、暗闇でもよく見える。

 サモンは、手持ち無沙汰にランタンを揺らす。


「君の兄弟が、私の家族の力を借りた。家族に聞いたから、君の正体に気がつけた。もちろん、生徒たちに聞き取り調査もしたけど」


 でも、今回一番の功労者は、ロゼッタだ。


 イチヨウはイタズラ好きだ。それでいて、自分を大事にしてくれる人を大事にする。自分の領分にだけ、面白いことにだけ、手を貸してくれる、気難しい人でもある。

 でも、その彼女から、ヒントを引き出したのは、ロゼッタだ。一番必要な情報を、ロゼッタが持って帰ってきた。

 それがなかったら、サモンはもっと無謀な策で、もっと乱暴なやり方で、オーレ・ルゲイエに近づいていたかもしれない。


 サモンは窓の明かりに目を細める。

 彼女はどこか、サモンやレーガ、ロベルトと一線引いているところがあった。その原因が、妖精に関することであることも知っていた。

 けれどもう、劣等感も孤独感もないだろう。


 サモンは死の妖精に尋ねる。


「生徒を見定めて、命を狩り取ろうとするなんて。どういうことだい」


 死の妖精は、俯き、悩んで顔を上げる。怒りのような、悲しみのような表情は、自分のしている事が不本意だと言いたげだった。


「この学園には、寿命が来ている生徒が多い。故に、ワシが仕事をするのは当然だ」


 死の妖精は、手を強く握りしめて、悔しそうに言う。


「だが、同じ名を持つ兄弟が、『まだ寿命ではない』と邪魔をする。時の流れは不平等だ。命の時間に猶予は無い。きちんと還してやらねば、流転は止まる」

「でも、兄弟の言う通りだ。ここに寿命間際の生徒はいない。いないんだよ」

「ならば、なぜ命の音が消えていく! ここには時が止まった生徒が大勢いるのに、どうして誰も、ワシの仕事を理解出来ぬのだ!」


 妖精は納得出来ずに声を荒らげた。サモンは彼の叫びに、ただ大人しく耳を傾ける。自分で解決出来ない事だった。

 彼は彼の仕事をしているだけで、誰かを脅かしている訳では無い。

 サモンは目を閉じて、死の妖精の言葉を聞き続けた。


「ここで潰えた命は、ワシが回収する。誰にも邪魔をさせる訳にはいかないんだ!」



「人は誰しもが眠りにつく。一時の眠りも、一生の眠りも、私らが守るべきものじゃ。じゃが、永遠の眠りにつくには、まだ早かろうて」



 サモンの後ろから声がした。

 声の主は、サモンたちが追っていた夢妖精のオーレ・ルゲイエだった。


「兄弟よ、お前さんは怯えすぎではないのかね。命の消える音なぞせぬ。どこにも、全うした命なぞないんじゃ」

「いいや、いいや、ワシは聞いた! この目で見た! 何も、何も間違っておらんわ!」

「間違っておる。ここは、あらゆる者が、あらゆる者に守られる場所じゃ。死とは最も遠い位置のお隣さんじゃ」


 夢妖精は死の妖精をどうにか説得する。しかし、死の妖精は、髪を掻き乱し、喉が避けそうなほど叫んでいる。

 夢妖精はため息をつくと、サモンの方を見た。


「すまんのう。人と精霊の狭間の者よ。少し前に、遠い遠い森の妖精が、全滅したんじゃ。あやつはその命の全てを見送った。あやつが全てを狩り取った。……トラウマ、というやつじゃな。いつも、いつも、救えたはずだと、悔やんで泣いて、苦しんでいた」


 夢妖精は、けして兄弟を見捨てなかった。今回の蛮行で、失われる命がないように。正気に戻った兄弟が、また自分を責めぬように。イチヨウに頼んでまで、守りきってみせたのだ。


 サモンは「分かるよ」と声をかけた。

 トラウマによる苦しみは知っている。ずっと、ずっと受け入れがたくて、認められない。

 それをしてしまえば最後、自分の苦しみや、痛み、悲しみ、悔しさ──自分自身さえ、泡のように消えてしまうと思っていた。


 サモンのトラウマは、救われなかったこと。

 死の妖精のトラウマは、救えなかったこと。


 違う立場で、違う痛み。それでも、サモンにできることが一つだけあった。


「オーレ・ルゲイエ。君の兄弟を眠らせてもいいかな」


 サモンは夢妖精にそう言った。

 夢妖精は、苦しみを叫ぶ死の妖精に、憐憫(れんびん)の目を向けた。


「……本来なら、私がすべき事じゃが、私は子供たちにしか魔法をかけられぬ、弱小妖精じゃ。そうしてくれるなら、兄弟がこれ以上苦しまないなら。どうか、救ってくれんか」


 夢妖精は悔しそうに目をつぶって、サモンの後ろに下がった。サモンは杖を抜くと、叫び続ける死の妖精に杖先を向けた。


「木漏れ日の温情 葉風の囁き

 草木を育む沃野と安らぎを与える一葉の気まぐれ


 しんしんたる雪の下 芽吹く命の息吹を待て

 さんさんたる空の下 ふわり咲く花のつぼみを待て


 命は巡りて春を待つ 愚かなる人の歩みはここに」


 サモンは桜を描くように杖を振るった。

 それは、サモンなりの、温情だった。



「樹木大地の精霊──『遙かなる世界を夢見て』」



 サモンが呪文を唱えると、死の妖精の叫び声が止まる。

 彼は遠く何かを見つめると、柔らかく微笑んで眠りについた。後ろに倒れた妖精を、桜の花が馬ごと包み込み、大きな大きな蕾となって、地面に消えた。


 夢妖精は、消えた兄弟のいた場所を見つめ、一粒涙を落とす。

 それが最善だとしても、救いになったかなんて、誰にも分からない。


「眠った生徒は、明日の朝には目を覚ます。これしか、私に出来ることは無いが、うむ、そうじゃな。償いも、出来ないですまんが」


 申し訳なさそうにする彼に、サモンは「気にすることないよ」と、励ましの言葉を贈る。


「君のおかげで、生徒たちは死の恐怖から逃げられた。君たちがしたことは、学園の生徒たちに不安を植え付けた。でも、君は、少なくとも生徒たちに『夢』と『希望』を与えることが出来たよ」


 死に見つかった生徒に見せた夢は、彼らの希望となり、恐怖から遠ざけてくれた。

 それが、それだけが、生徒たちの心の癒しになっていたはずだ。


 夢妖精はカラカラと笑う。


「ほっほっほ。そうだと良いのう」


 夢妖精は何か考えると、神妙な顔で、サモンに言った。



「一つだけ。お願いを聞いてもらえんかのう?」



 ***



 ランタンを掲げ、サモンは男子寮の様子を見に行った。


 そこでは、トランプやボードゲームが散乱し、それらを囲んでレーガ、ロベルト、イヴァンの三人が眠っていた。

 硬い床で、腹を出して眠る三人に、ロゼッタがいそいそと布団をかけて世話をする。


「あら先生、もう終わったの?」


 ロゼッタが声を小さくしてサモンを労う。サモンは近くのベッドの枕を拝借すると、寝ている三人の頭の下に滑り込ませる。


「終わったとも。長い間、任せてしまってすまないねぇ」

「いいわよ。あんだけはしゃいでたのに、すぐ寝ちゃった時は、ちょっと焦ったけど」


 ロゼッタの話では、サモンが外で妖精を探している時点で、彼らは眠っていたらしい。

 ロゼッタは、夢妖精が来ないように、「妖精のお守り(ケア・テイカー)」を展開して、見張りをしていたのだとか。


「妖精魔法が使えたのかい?」

「私だって出来るわよ。信じて使えば、誰だって出来るんでしょ」


 ロゼッタは得意げに笑って二本指を立てる。

 サモンは「さすがだ」と彼女を褒めた。


「先生、オーレ・ルゲイエはどうなったの?」


 ロゼッタが帰り支度をする中、サモンに尋ねた。サモンは窓の外を見て、目を伏せる。


 なんでもない笑顔で、こう答えた。




「眠ってもらったよ」




 ***


「本当にいいのかい?」

「もちろんじゃ。私に、兄弟と同じ魔法をかけてくれ」


 夢妖精が望んだことはそれだった。

 腕を広げ、無防備になる妖精に、サモンは杖を抜く。


「あの魔法は、対象の傷が癒えるまで眠らせる、治癒の魔法であり、眠りの魔法だ。魔法をかけたら、君は兄弟の傷が癒えるまで、一緒に眠り続けることになるよ。どのくらいかかるか、分からないのに」


 サモンは夢妖精を止めるが、彼は決して心変わりしなかった。


「私たち兄弟は、お互いに歳をとりすぎたんじゃ。故に、このようなことが起きてしまった」

「妖精の時間に、歳なんて関係ないだろうに」


「狭間の者よ、分からんかもしれんが、時間の流れが違うだけで、私達も歳を取る。それに眠っている間に寿命が来ようとも、兄弟一緒なら、恐れも不安もない。もし目が覚めたなら、兄弟で喜びを分かち合えるじゃろう。

 名前を共有した兄弟じゃ。だから、この先の命運も、共有したい。夢も死も、同じ眠りの位置にある。夜明けも新たな命も同じ目覚めの位置にある。幾千もの時を共に歩いた。今更別れて歩めるものか」


 夢妖精の覚悟に、サモンはこれ以上何も言えなかった。

 サモンは大きく息をはいて、震える杖先を妖精に向ける。


「きっと、目覚めるさ。私には助けてくれた人がいた。オーレ・ルゲイエには、君がいる」


 この言葉が、せめてもの手向けとなれば。




 微笑んで眠りについた夢妖精を見送って、サモンは音が消えた夜空を見上げる。



「誰か、慰めに歌ってあげとくれ」



 こぼした言葉は、どこにも届かない。

 兄弟の絆が、いつか長い微睡みから目を覚ます鐘となればいいのに。

 サモンは静かに立ち去った。冷たい風だけが、彼らのいた場所に留まっていて。

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