夢に囚われる者たち 6
サモンは男子寮に戻ってくると、眠っている生徒を順番に見て回る。
被害に遭っているのは、ほとんどが人間の生徒だ。獣人もそれなりにいるが、魔族は少ない。
「妖精は人間の子供を好む」
サモンは、妖精の前提条件を口に出す。
眠っている生徒は、それはそれは幸せな夢を見ているのだろう。
イチヨウの魔力もあり、その効果は途切れることは無い。
妖精の魔力だけなら、サモンでも介入できたかもしれなかったのに。
不満をこぼしても仕方がない。
「妖精に好かれる人間は、十歳までに妖精に会っているか、人並み外れた優しさを持っているか。もしくは、不可思議な事柄を、経験したことがあるか」
それなら、レーガやロベルト、ロゼッタも例外では無い。でも、彼らはまだその妖精に接触されていない。
女子寮にも、同じ被害者がいるし、次の標的が女子の可能性もあるだろうが、(イチヨウの教育のおかげで)あまり女子寮に近づきたくない。
「出来ることなら、次の被害者は男子で頼む」
サモンは起きている生徒の部屋に向かう。生徒たちの夢に現れて告知するのだ。ベッドに妖精の魔力痕があるだろう。
シーツを剥がして魔力を確認するが、思春期特有の汗の臭いと、安いコロンの鼻を突く匂いにむせるだけだった。
サモンの目には、魔力の痕も感情の痕も視えている。けれど、探しているオーレ・ルゲイエのものとは全く違う。
『だるい』『眠い』『今日の昼ごはんが楽しみ』『あの子に会いたい』──……
それぞれの思いが、ベッドに残ってる。サモンは少し微笑ましくなった。
「あレ。ストレンジ先生、どうシテここニ?」
部屋の外から声がした。そこには、いつかレーガが連れてきた、イヴァンの姿がそこにある。
洗濯物の山を抱えて、部屋にトコトコ入ってきた。
「ちょっとね」
「生徒が起キない事件の調査シテるノ?」
「そうだよ」
「大変だネ」
イヴァンはオオカミの耳を揺らして、ベッドの上で洗濯物を畳む。
楽しそうに作業するイヴァンを、サモンはじっと見つめた。
そういえば、彼も不思議な出来事を経験していたな。クロエ曰く、『予知夢』と言ったか。
夢で見たことが現実になることも、含まれるだろうか。
(夢繋がりで、妖精に会ってたりしないかなぁ)
サモンは何となく、イヴァンに尋ねる。
「イヴァン、君は眠って起きない生徒たちの話を聞いているね?」
「もちロン。皆んナ眠る前ニ妖精に話しかけラレてる」
イヴァンは笑って、誇らしげに言った。
「僕モ呼ばれたモン」
──まじでか。
サモンは目を見開き、イヴァンの肩を掴んだ。指が肩に食い込むくらいの強さで、イヴァンに「いつだ」と問う。
イヴァンは驚きながら、「三日前に」と答えた。
三日前、三日前に連れていくと?
なら、そろそろ夢に連れていかれる頃合いだ。
このチャンスを逃す手は無い。
「じゃあ、普通は不安なんじゃないかねぇ。起きなくなるってのに、君は随分と楽しそうだ」
サモンの言葉に、イヴァンの耳がピルっと動いた。尻尾もふさふさと揺れる。
イヴァンは洗濯物を畳む手を止めると、サモンを見た。
恐れと、不安が混じる感情に、サモンは眉をひそめる。
「ストレンジ先生は、アレを見たことがあル?」
イヴァンの思わせぶりなセリフは、サモンの興味を引いた。
イヴァンは言った。昨日の夜、とんでもないものを見たと。
それは馬に乗っていた。それは銀の刺繍を施した黒いローブを着ていた。
禍々しい鎌を片手に、窓の外からじっと、イヴァンを見ていたという。
ローブの下の顔は、どこまでも暗くて、冷たくて、喜びも、楽しみも、何も無い。
ただじっと、イヴァンを見つめていた。
足の裏から湧き上がってくる恐怖と、吹き出す汗が、それを拒絶した。
イヴァンはシーツに包まって、その恐ろしい夜を過ごした。
「先生、僕ハあの時、『死』を目にしタ気分だっタ」
眼前の『死』──それを避けるためなら、夢にだって逃げる。
サモンは納得すると、レーガたちを探す。
次の被害者が分かったなら、サモンがすべきは原因の排除だ。
イヴァンの話だと、その馬に乗った者が脅威だろう。
誰もが想像する死神らしきそれを、見てしまった。それに出会ってしまった。
(じゃあ、それから守るために?)
でも、それをどうして夢妖精が?
「次に狙われる生徒を見つけたし、レーガたちにイヴァンの警護をさせよう」
サモンが廊下に出ると、ちょうど部屋に入ろうとしたロゼッタとぶつかった。
サモンは後ろに倒れるロゼッタを支え、ゆっくり床に下ろす。
「びっくりした。急に来るものだから」
「こっちのセリフよ。ストレンジ先生」
ロゼッタはふぅ、と息をついて立ち上がる。サモンにオーレ・ルゲイエの髭を渡して、「イチヨウさんから」と付け足す。
この髭は、サモンたちが持ってきたもので、イチヨウのものでは無い。サモンが首を傾げると、ロゼッタはイチヨウからの伝言をサモンに渡す。
「この髭は、オーレ・ルゲイエのものだけど、夢妖精の髭ではないって。どういうことかしら?」
夢妖精の髭では無い。けれど、オーレ・ルゲイエのものである。
矛盾した伝言に、ロゼッタも考え込む。彼女の頭でも、その答えは分からない。
(──あ、そうか)
サモンはピンと来た。ひとりで答えに納得すると、すたすたと部屋を出ていってしまう。
ロゼッタが慌ててサモンを追いかけた。
「先生、ちょっと。どこに行くのよ!」
ロゼッタの質問を、サモンは振り向かずに受け止める。
そして、手をヒラヒラと振って答えた。
「ちょっといいお菓子をもらってくるのさ」
調査中にお茶でも飲むのだろうか。ロゼッタの呆れた声が、サモンの背中を押した。




