夢に囚われる者たち 3
サモンが、レーガたちに連れてこられたのは、男子寮だった。
二階の一室。左右の壁際にベッドが二つずつ並んだそのひとつに、生徒が眠っていた。
サモンは生徒の枕の下に、容赦なく手を突っ込む。指先に紙切れが当たると、すぐに手を引いた。
「魔力を確認した。彼には魔法がかかっている」
穏やかな寝顔を晒す生徒に、サモンはため息をつく。
無防備で、無抵抗。これでは現実世界で襲われた時、何も出来ずに散り果てる。
でも、悪夢を見てる表情では無い。
サモンはもう一度、枕に下に手を入れる。無遠慮に引き抜いた紙切れには、虹や飛行機など、楽しそうで綺麗な傘の絵が描かれていた。
夢を見せない無地の傘では無い。なら、彼の精神世界は、表情と同じく穏やかだ。
「さて、どこから調べたものか」
サモンに出来ることは限られている。魔法を使った調査は出来ない。
ロベルトは眠り続ける生徒の持ち物を調べ、ロゼッタは同室の生徒の話を聞く。
サモンは生徒のベッドの周りを歩き回り、布団をめくってみたり、生徒の寝相を変えたりと、調査に関係無さそうな行動をする。
「レーガ、夢を引き出す魔法をかけて」
「出来ない」
「じゃあ、生徒の精神に干渉しよう。霊体を起こす魔法を」
「出来ない」
「なら、妖精の行動を見てみよう。足跡の追跡と時間遡行魔法を掛け合わせて」
「出来ない……」
サモンは大きなため息をついた。
「なら、何ができるのさ! 全部妖精魔法だっていうのに! アンタが妖精魔法しか使えないって言うから、簡単な魔法で手伝ってもらおうとしてるんじゃないか!」
「全部習わないよぉ! 先生の妖精魔法は僕らが普段使う魔法じゃないじゃんか!」
レーガの抗議に、ロゼッタが大きく頷くのが見えた。
確かに教えているのは妖精魔法の基礎で、サモンが日常的に使う魔法では無い。
けれど、サモンの魔法は、妖精魔法の応用だから、少し考えれば誰にでも使えるはず。
──なんて考えているが、サモンは自分が普段から特異な魔法の使い方をしている自覚がなかった。
「使えないなら仕方ない」
サモンは袖から杖を抜く。しかし、魔法を使おうとしても、エリスとの約束が脳裏をよぎって呪文が出てこない。
サモンは大人しく杖をしまった。
サモンは頭をかいて、指示を変える。
「レーガ、ロベルト。生徒の持ち物をひとつと、そうだなぁ……なんでもいいから、オーレ・ルゲイエの痕跡になるものをお探しなさい」
レーガはすぐに探し出す。反対に、ロベルトは何を探していいか分からずに、まごまごしていた。
サモンはすぐに察すると、ロベルトに説明する。
「文献には挿絵がなかったから、分からないんだろう。オーレ・ルゲイエは、小人型の妖精で、ふたつの傘を持っている。髭が長い老人のような見た目だ。探すのは、髭とか皮膚片とか、そういったものだよ」
ロベルトは納得すると、ベットの下に上半身を突っ込んだ。
二人が捜索している所に、ロゼッタが戻ってくる。
「先生、生徒に話を聞いてきたわ」
「そうか。どうだった?」
「眠りにつく一日前に、『いい所に連れて行ってあげる』と言われたと、確かにそう言ってたらしいわよ」
「一日前。予告は直近か。他に眠った生徒たちの、予告の頻度は?」
ロゼッタはメモをめくって報告を続ける。
「だいたい一日~三日くらいね。誰かに話したその夜に眠ってるみたい」
「そうか。尚のこと妖精の一部が欲しいな。何か見つかったかい?」
サモンが声を掛けると、レーガは困った顔で首を横に振った。
ロベルトはベッドの下から出てこない。
「ロベルト?」
サモンが声を掛けると、ゴツン! と大きな音がした。
ロベルトがゆっくりベッドの下から出てきて、痛そうに頭をさする。
「いてて、何にもねぇな。小さい妖精なら、ベッドの下に潜らねぇかと思ったんだが」
「全ての小さい妖精が、ベッドの下を好むとは言えないねぇ」
ロベルトを助け起こすと、彼の膝に長い毛がくっついていた。白くて、女性の髪のような長さだ。
明らかに生徒のものでは無いし、寮監は男性だ。
サモンはそれをつまむと、少し伸ばしてみる。
やや固く、髪というより──
「──髭だ」
サモンはぽつりと呟く。
きっと、オーレ・ルゲイエの落し物だ!
これさえあれば、あとは奴を追うだけ。魔法をかければあっという間だ。れけど、誰が魔法をかけるのか。
ロベルトは戦力外、ロゼッタは専門外、レーガはポンコツ。肝心のサモンは魔法禁止の役立たずだ。
「先生、それどうするの?」
レーガに尋ねられるが、サモンもうーんと悩んでいる。
どうしたものか。レーガに魔法を教えるにしても、精度の問題がある。
生半可な魔力で失敗されたら、せっかくの落し物が消失してしまうかもしれない。
ロゼッタなら、魔力は安定しているが、妖精魔法が弱い。今だに苦手意識がある。
サモンとしては、生徒に身体的な被害が出ないうちに捕まえたい。
けれど、ここにいる全員が、それを解決出来る方法を知らないし、使えない。
サモンは困った挙句に、ひとつの解決方法を思いついた。けれど、どうしても気が進まない。
提案するのも避けたい。だが、これ以上の妙案があるだろうか。
サモンがうんうんと悩んでいると、レーガがサモンの袖を引っ張る。
「先生、大丈夫だよ。どんな提案でも、僕たち手伝うから」
レーガの笑顔を見ていると、悩んでいるのが馬鹿らしくなる。
サモンは大きくため息をついて、三人の背中を押す。
「なら、私についておいで。助けてくれそうな誰かを思いついた」
「誰か? 学園長とか?」
「いいや、学園の人じゃないよ。はぁ……正直、行きたくないけれど」
サモンはため息をついて、寮を出る。サモンが重い足取りで進んでいく先は、森の中だった。




