夢に囚われる者たち 2
サモンは授業を終えると、早足で自身の塔へと帰る。
サモンの暴走を恐れて、授業に来る生徒はほとんどおらず、今日の授業はサモンの読書の時間となった。
朝一番の授業以外、まともに仕事をしていない。それはそれでため息が出る。
契約にそぐわない結果は、サモンにとってよろしくない。やるならきっちり仕事をしたいのだ。
それよりも、レーガが作戦会議をしようと言っていた。準備室に文献はあったが、自分の塔にある本の方が詳しい。なんなら分かりやすい。それを持って、食堂に行かなくては。
ご飯を食べながらの方が、時間短縮にもなるし、食事中の会話に困らない。
サモンはポケットに手を突っ込んで鍵を探す。でも、持っていなかった。
普段から、サモンは塔に鍵をかけていないからだ。
「ちくしょう、慣れないことをしたからだ」
照れ隠しに悪態を一つ。
さて、文献はどの方角の壁の、上から何段目だったか。ドアを開けると、レーガがテーブルについてた。
「あ、先生。お疲れ様!」
眩しい笑顔と、お昼ご飯が入ったバスケットを一つ。テーブルの上でサモンが探していた文献を広げて待っている。
いつの間に来ていたのか。いや、それよりも、どうして既に文献を見つけている?
それなりに古い本で、それなりに見つかりづらいところに片付けていたはずだ。
サモンもあまり目を通さない本なのに。よく1人で見つけたものだ。
「ストレンジ先生、今日は早いのね。いつもならもうちょっと遅いのに」
階段の上から、ロゼッタが顔を覗かせる。
急いで階段を降りてくると、他にも何冊か手に取っている。
「けっこうあるのね。妖精に関する本が多いから、探すのに手間取ったわ」
「ロゼッタ、君も探していたのかい」
そりゃ早く見つかるだろうな。
ロゼッタは本棚の掃除をしながら、気になった本は片っ端から読んでいた。
その中に、オーレ・ルゲイエに関する記述もあったのだろう。
「あの本がいちばん詳しく載ってたから、あれを出したけれど」
「あぁ、あれが正解だよ。よく見つけたね」
「ストレンジ先生が好きな本は日陰に集まってるから、逆に日差しが入るところを探したの」
ロゼッタは得意げに言うと、手に取っていた本を「借りるわ」と言って、自分のカバンに詰める。
サモンが席につこうとすると、ドアが大きな音を立てて開く。
「遅くなった! あっ、ストレンジ先生お邪魔します!」
「ロベルトォ~。お前はいつになったら、ノックを覚えるんだろうねぇ……」
サモンは呆れて眉間を押さえる。ロベルトは腰を九十度に曲げて「すんません」と謝った。
「じゃあ、みんな揃ったし、作戦会議をしよう!」
「ちょぉっと待った。私はレーガ1人だと思ってたんだけれど」
サモンは会議の前に、レーガを指さしてため息をつく。
たしかにサモンは言った。魔力の暴走で今まで通りには動けないと。でも自分の手足になる人間はひとりで事足りる。
それなのに、ロゼッタやロベルトまで巻き込むのか?
「ひとりで十分さ」
「ストレンジ先生、それには抗議するわ」
ロゼッタは授業の時のように、腕を真っ直ぐに伸ばして手を上げる。サモンが発言を許可すると、ロゼッタは咳払いをする。
「理由は三つあるわ。ひとつは、私も、ロベルトも先生の教え子よ。私たちだって、先生の役に立ちたいの」
「それに関しては、レーガの妖精魔法だけで事足りる」
「ふたつめは、レーガは妖精魔法しか使えないこと。それ以外の魔法は、この一年間、ほとんど上達しなかった。
私なら、妖精魔法は苦手だけど、他の魔法が使えるし、ロベルトがいれば、魔法が効かない・使えない状況でも対応出来る。運動神経なら、この中ではロベルトが一番よ」
「……ほほう」
「そしてみっつめ、先生がもし、危なくなっても、私達は先生から学んだし、精霊さんたちとも顔見知りよ。他の誰よりも対応出来る。先生が背中を預けることは無いけれど、安心要素は提供出来る」
ロゼッタのプレゼンに、サモンはぐうの音も出ない。理由をつけて拒否しようと考えていたが、いざと言う時の対応に困らない点は大きい。
サモンは渋々納得すると、ロゼッタとロベルトの同席を許可した。
それぞれ片手にサンドイッチを持ち、作戦会議が始まった。
まず、ロベルトの被害者の状態の観察報告から入る。
「眠って起きない生徒たちの枕の下には、先生が言ってた傘の絵が入ってた。変にいじって、やらかしたら困るから元に戻したけど」
「それで正解だ。絵を破いたり、捨てたりすれば、二度と目が覚めない」
サモンの言葉に、ロベルトがゴクリと喉を鳴らす。
恐怖を隠すように、報告を続けた。
「傘の絵は全部おなじ。一つも違う絵が無かった。生徒たちの特徴は特に一致する点は無い」
「オーレ・ルゲイエにとっては。皆いい子たちってことくらい? でもこんなに生徒たちを眠らせて、魔力は尽きないのかなぁ」
「レーガの疑問は、私が解決しよう」
サモンは文献を指さして、説明をする。
「『オーレ・ルゲイエは、夢を操る妖精のひとつで、傘の絵を枕の下に忍ばせて夢を見せる』、『いい子には良い夢を見せるが、悪い子には夢を見せないという。彼らにとっては短なる悪戯だ』、『彼らの魔力は一晩しか持たず、かつ、目を覚ましたら夜中でも魔力が切れてしまう』」
サモンは文献を音読すると、サンドイッチをかじる。
「この妖精は、魔法を使うのに媒介を用いる、珍しい妖精だ。あとは分かるね?」
「あっ、そうか! 分かったよ先生!」
「ちょっと、妖精学組で分かり合うの禁止。私達にもちゃんと説明してよ」
「俺は妖精学の授業初心者だから、出来れば詳しく説明してほしい」
二人から文句を頂いて、サモンはお茶でサンドイッチを流す。
少し喉を整えると、文献を除けて、紙とペンを出した。
「今読んだように、オーレ・ルゲイエは傘の絵を描いて、夢を見せる。それはつまり、人間に直接魔法をかけているのではなく、『傘の絵』を媒介に魔法を使っているんだよ」
例えば、魔法使いが杖無しで魔法を使うとしよう。すると、対象が定まらず、広範囲に魔法が及ぶため、膨大な魔力消費が起きる。
逆に、杖を媒介に魔法を使うと、対象が指定されるため、魔力消費がかなり抑えられる。
それと同じことを、オーレ・ルゲイエはしているのだ。
傘の絵に魔力を込めるだけなら、魔力はさほど使わない。夢を見せるだけなら、体全体に魔法をかける必要も無い。
ゆえに、何人にも魔法をかけられる。
サモンが丁寧に説明をして、ロベルトは納得した。
けれど、ロゼッタはまだ疑問が残る。
「オーレ・ルゲイエって、良い妖精でしょ? どうして子供を夢に閉じ込めるのよ」
「それが、私の今回一番悩んでいるところだ」
オーレ・ルゲイエの動機だ。
それが何も分からない。
夢を見せる妖精が、夢に閉じ込めるなんて。そんな事件も事故も聞いたことがない。文献にだって無い。歴史上初の怪異が、今、目の前で起こっている。
悪い理由でないことを祈るが、それも怪しい。
突然変異的な、悪さをしでかす個体が出たか? いいや、妖精にそんな特異なことは起きない。妖精は、元の性質が変わることが無いのだから。
うんうんと唸っていても、何も変わらない。気がついたら昼ご飯も食べ終わってしまった。
全員でテーブルの片付けをすると、真ん中に広げた文献を見下ろす。
「……考えても分からないなら、実際に見に行くしかないだろうねぇ」
サモンがため息まじりに呟いた。本を閉じて、席を立つ。サモンはレーガを見下ろすと、ぎこちなく手を差し出した。
「眠っている生徒のところに連れて行っておくれ」
レーガはサモンの手を、喜んで掴んだ。
そして、サモンを引っ張って塔を飛び出す。
「行こう、サモン先生!」
「あまり引っ張るんじゃないよ。ちぎれたらどうするんだい」
サモンが文句を言ってもお構い無し。それがまた、面白いのだが。
ロベルトとロゼッタも、一緒になってサモンの背中を押す。サモンは彼らに導かれるまま、青空の下を駆け抜けた。




