祝福の花祭り
空が白みはじめ、紫がかった雲が空を泳ぐ。
雪が溶けだす緑の草地は、朝焼けに露を輝かせ、春の訪れを告げている。
それでもまだしんとした、冬の匂いの残る冷たい風が、空気が、外を支配していて、体の芯がぶるりと震えた。
開けっ放しの窓から入る風が、螺旋階段を氷のように冷やしていく。
その階段には、色とりどりの花の冠が、無造作に置かれていた。
塔の最上階、家具が少なく質素で、でも実験器具だけが上等な寝所では、その塔の主、サモンが黙々と花冠を作り続けていた。
元々眠りが浅く、睡眠時間も短いため、夜通しの作業は苦ではない。ただし、自分の趣味での話だ。
いつもの三人の分だけ作れば良かったのに。
レーガとロベルトが余計な人数を連れてこなければ、もっと早く終わっていた。
(いつか説教してやらないと)
準備期間中ずっと思っていたのに、いざ会っても怒る気になれない。
サモンは大きくため息をついた。
最後の花を通し、茎が折れてしまわないように優しく結ぶ。
頼まれた最後の花冠を作り終えると、サモンは、ほぅ……、と息を履いた。
眩い光が、優しく、暖かく塔内に差し込んだ。
祭りに相応しい青空が、世界に広がっていく。
***
薄桃色と白を基調とした会場の飾り付けは、雪解けと春の始まりを表している。
ルルクシェルがアーチや柱にツタを這わせ、黄色やピンク、オレンジといった色の花を咲かせていた。
教員は生徒たちに自身が作った花冠を手渡している。
去年の人気はルルクシェルとマリアレッタだった。
今年はマリアレッタとサモンが一二を争っている。
マリアレッタが順番に配る横で、サモンは生徒に囲まれてもちゃくちゃになっていた。
「はい、リーリエ! はい、カンラ! ローランは! ローラン! アンタさっきも呼んだよ! オリエはもうちょっとあとで呼ぶから、背中を登るんじゃない!」
もう二度と頼まれてもやらない! と心に誓ってみるが、花冠を乗せて、キャッキャッと祭りを待ちわびるレーガたちを見れば、あと一回だけ、とも思ってしまう。
サモンは自分でも気づかないうちに、微笑んでいた。
「皆さん、準備はいいですか? あと十分後には、祝福の花祭りが始まりますよ!」
エリスの声が軽やかに飛んでくる。
いつものような礼儀正しく、きちんとした様子が、心なしかカジュアルな格好で、浮かれていた。
妖精にとって外せない春の祝祭は、エリスも例外ではなかった。
サモンはそそっと、エリスの横に立つと、浮かれているエリスに助言を落とす。
「そんなに浮かれていちゃあ、生徒にも教員にも示しがつかないんじゃないかい?」
「祭りは浮かれるために、楽しむためにあるんですよ。ストレンジ先生も、今日くらいは皮肉も嫌味も無しにして、楽しんではいかがですか?」
エリスに言い返されて、サモンは「ぐう」と言って唇を尖らせる。
エリスはサモンを黙らせることが出来て、さらに上機嫌だ。
「さて、会場がまだ少し寂しいですね」
エリスはそう言って、グラウンドに目を向ける。
飾り付けは立派だが、地面は芝が生い茂っていて、春らしいとは言い難い。
エリスは胸の前で手を組むと、祈りを捧げるように目を閉じる。
「春の訪れを祝うためのお祭りですから。もっともっと花が必要です」
彼女の膨大な魔力が、会場を包み込んだ。
気高いエルフにしては、珍しい大盤振る舞いだ。
「『春よ来たれ 芽吹きはそこに』!」
エリスが魔法を使うと、グラウンドは一瞬で花が咲き誇る庭となる。
その光景に、生徒たちは湧き上がり、教員も驚き、喜んだ。
エリスは会場に満足すると、空に花火を打ち上げる。
「さぁ、祝福の花祭りを始めましょう!」
開催の挨拶もなく、演目の読み上げもない。
生徒が踊り、教員が祭りを盛り上げる。
緻密な会議もなかった、ざっくばらんな、だた春を祝うための祭りが、緩い一言で幕を開けた。




