表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/185

祝福の花祭り

 空が白みはじめ、紫がかった雲が空を泳ぐ。

 雪が溶けだす緑の草地は、朝焼けに露を輝かせ、春の訪れを告げている。


 それでもまだしんとした、冬の匂いの残る冷たい風が、空気が、外を支配していて、体の芯がぶるりと震えた。


 開けっ放しの窓から入る風が、螺旋階段を氷のように冷やしていく。

 その階段には、色とりどりの花の冠が、無造作に()()()()いた。

 塔の最上階、家具が少なく質素で、でも実験器具だけが上等な寝所では、その塔の主、サモンが黙々と花冠を作り続けていた。


 元々眠りが浅く、睡眠時間も短いため、夜通しの作業は苦ではない。ただし、自分の趣味での話だ。


 いつもの三人の分だけ作れば良かったのに。

 レーガとロベルトが余計な人数を連れてこなければ、もっと早く終わっていた。


(いつか説教してやらないと)


 準備期間中ずっと思っていたのに、いざ会っても怒る気になれない。

 サモンは大きくため息をついた。


 最後の花を通し、茎が折れてしまわないように優しく結ぶ。

 頼まれた最後の花冠を作り終えると、サモンは、ほぅ……、と息を履いた。

 眩い光が、優しく、暖かく塔内に差し込んだ。


 祭りに相応しい青空が、世界に広がっていく。


 ***


 薄桃色と白を基調とした会場の飾り付けは、雪解けと春の始まりを表している。

 ルルクシェルがアーチや柱にツタを這わせ、黄色やピンク、オレンジといった色の花を咲かせていた。


 教員は生徒たちに自身が作った花冠を手渡している。

 去年の人気はルルクシェルとマリアレッタだった。

 今年はマリアレッタとサモンが一二を争っている。


 マリアレッタが順番に配る横で、サモンは生徒に囲まれてもちゃくちゃになっていた。


「はい、リーリエ! はい、カンラ! ローランは! ローラン! アンタさっきも呼んだよ! オリエはもうちょっとあとで呼ぶから、背中を登るんじゃない!」


 もう二度と頼まれてもやらない! と心に誓ってみるが、花冠を乗せて、キャッキャッと祭りを待ちわびるレーガたちを見れば、あと一回だけ、とも思ってしまう。


 サモンは自分でも気づかないうちに、微笑んでいた。



「皆さん、準備はいいですか? あと十分後には、祝福の花祭りが始まりますよ!」



 エリスの声が軽やかに飛んでくる。

 いつものような礼儀正しく、きちんとした様子が、心なしかカジュアルな格好で、浮かれていた。

 妖精にとって外せない春の祝祭は、エリスも例外ではなかった。


 サモンはそそっと、エリスの横に立つと、浮かれているエリスに助言を落とす。


「そんなに浮かれていちゃあ、生徒にも教員にも示しがつかないんじゃないかい?」

「祭りは浮かれるために、楽しむためにあるんですよ。ストレンジ先生も、今日くらいは皮肉も嫌味も無しにして、楽しんではいかがですか?」


 エリスに言い返されて、サモンは「ぐう」と言って唇を尖らせる。

 エリスはサモンを黙らせることが出来て、さらに上機嫌だ。


「さて、会場がまだ少し寂しいですね」


 エリスはそう言って、グラウンドに目を向ける。

 飾り付けは立派だが、地面は芝が生い茂っていて、春らしいとは言い難い。


 エリスは胸の前で手を組むと、祈りを捧げるように目を閉じる。


「春の訪れを祝うためのお祭りですから。もっともっと花が必要です」


 彼女の膨大な魔力が、会場を包み込んだ。

 気高いエルフにしては、珍しい大盤振る舞いだ。



「『春よ来たれティアーズオブ・ライフ 芽吹きはそこに(ジョイフル・ロンド)』!」



 エリスが魔法を使うと、グラウンドは一瞬で花が咲き誇る庭となる。

 その光景に、生徒たちは湧き上がり、教員も驚き、喜んだ。

 エリスは会場に満足すると、空に花火を打ち上げる。




「さぁ、祝福の花祭りを始めましょう!」




 開催の挨拶もなく、演目の読み上げもない。

 生徒が踊り、教員が祭りを盛り上げる。


 緻密な会議もなかった、ざっくばらんな、だた春を祝うための祭りが、緩い一言で幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ