街に行こう 5
ガタガタと揺れる馬車は、街を抜け、郊外を東へと走っていく。
不安と緊張、恐怖の中で、ロゼッタとレーガは神妙な面持ちで、自分たちの行先を考えていた。
馬車の操縦をする男と、二人と同じ荷台に乗って見張りをする男の計二人。
二人して『高く売れる』と話をしていたからには、二人はどこかに卸す商品なのだろう。
けれど、大人の汚い事情など知らない二人には、自分たちの何に価値があるかも分からない。
何とか逃げ出す術を考えるが、どちらも手を縛られているし、仮に手が自由になったところで、杖を持っているのはロゼッタだけ。この轡を取って、呪文を唱える最短十秒を、レーガが男を抑えていられるとも思えない。
ロゼッタとレーガが顔を見合せ、(どうする?)と目で話している間に、見張りの男は暇になったらしい。
「おい、女の方味見していいか?」
男が操縦する相棒に話しかけた。
相棒は「一回だけだぞ」と返事をする。
──味見? 齧られるってこと?
ロゼッタが疑問に思っていると、突然首筋を男に舐められた。
ゾワゾワと気持ちの悪い感触に、嫌悪と怒りが脳天を突き抜ける。ロゼッタが男を距離を取ると、男は舌打ちをしてロゼッタを押し倒した。
「ちっ、大人しくしてろよ。痛かねぇって。お前が処女じゃなけりゃな」
ロゼッタの服が乱暴に破かれ、白い肌が露わになる。
その柔らかな肌に、男の唇が吸い付いた。
ロゼッタは力の限り叫び、抵抗するが、口を塞がれた状態で、足を開いた姿で出来る事なんてたかが知れてる。
彼女が頑張って足掻いた所で、太ももを厭らしく撫でる男の手は止まらない。
レーガも、友人の恥ずかしい姿を見る居た堪れなさを堪え、男を蹴り、体当たりするが、片手で投げ飛ばされてしまう。
「邪魔すんな! クソガキ!」
男の手はスカートの中へと伸び、ロゼッタの下着に触れる。
ロゼッタはもう泣きそうになりながら、喉が痛むほど叫んでいた。
「大人なら良いかい?」
柔らかく、怒りを含んだ、冷たい声。
男が振り返ると、馬車の荷台にはサモンが腕を組んで立っていた。
男がサモンに飛びかかると、サモンは男の急所を躊躇いなく蹴りあげて、さらに馬車から落とすのに、尻を蹴ってやった。
「女に許可なく手を出すと、魔物に噛みちぎられて死ぬんだよ。······どこを、とは言わないがね。妖精の悪戯」
サモンは杖を振り、二人の轡と縄だけを何処かに隠す。
着ていたローブをロゼッタに掛けると、サモンは操縦する男に杖を向けた。
「聞きたいことは山ほどあるが、私は忙しいからお暇しよう」
「魔法で街に戻ろうってか? 無理だぜ。お前が魔法使いだろうと、ここから街にまで帰れるはずがねぇ!」
男の言う通り、街は豆粒のように小さくなっている。
この距離から学園に帰るには、普通の魔法使いでは魔力が足りないだろう。けれど、サモンにそれは関係ない。
「私の仕事は生徒に勉強を教えることであって、生徒を引率することでも、生徒を救助することでもない。距離なんてどうだって良いんだ。私なら帰れるからね」
サモンは杖を筒に戻すと、指を鳴らして男に近づいていく。
男はこれからされることに青ざめて、サモンはこれからすることに笑みを浮かべる。
「私ね、意外と得意なんだよ。────暴力」
***
地面に突き刺さり、ピンと伸びた男の足にレーガは絶句する。それを背中に、サモンは馬車を操縦する。
馬に魔法を掛けて、学園まで馬車を引かせつつ、通りがけに、地面に突き刺した男の相棒を見つけ、サモンは杖を振るう。
「赤い靴で踊って」
男の体は勝手に踊り出し、そのまま郊外の方へと行ってしまった。
レーガはサモンに質問しようとしたが、サモンは「シーッ」と静かな一言で制する。
ロゼッタはサモンのローブを離さないように握り、己の中の感情と戦っていた。
羞恥と、男性への恐怖。無防備な格好である不安と緊張。ロゼッタは無意識に唇を噛んでいた。
レーガはそれに気づくと、ロゼッタに手を伸ばす。
「あのっ、ロゼッ「ロゼッタ、私の方に二歩分お寄りなさい」
レーガは驚いて手を引いた。ロゼッタは肩を揺らし、恐る恐るサモンの方に近づいた。
サモンはロゼッタから距離を取りつつ、杖を彼女に向ける。
「そのローブ、私のお気に入りだったんだがねぇ。杖の先が少し触れるが、怯える必要は無いよ。私は君の裸体に興味ない」
デリカシーの無い一言を添えて、サモンは杖を振り上げた。
「木の葉のささらぎ 大樹の慈悲の陰
恵み深き精霊よ 人を守る羽衣となれ
愚かなる人の祈りを捧げよう」
杖の先が、ロゼッタの両肩に優しく触れる。
サモンは杖を、リボンを巻くように回した。ローブが黄緑の光を放つ。
ロゼッタも、レーガも、サモンの魔法に魅了される。
「木の精霊──『花乙女の正装』」
サモンのローブから花が咲き乱れ、ロゼッタを包み込む。風が吹き、花弁を散らすと黄色いマーガレット模様が綺麗なワンピースに変わる。
ロゼッタは「わぁ」と感嘆をもらし、レーガはいつの間にか拍手をしていた。
サモンはゴブレットを揺らし、水を満たすと、杖で縁を三回叩く。
それに座敷わらしからもらった小袋の花を浮かべ、ロゼッタに渡した。ロゼッタは花の香りを嗅いで、安心した表情になる。
「それを一口飲んでごらん」
サモンの言う通りに、ロゼッタは一口飲んだ。サモンはゴブレットをロゼッタから取り上げた。
「すぐに寝るから」
その途端、ロゼッタは意識を失い、レーガはロゼッタを受け止める。
揺さぶっても起きないロゼッタに、レーガも焦り出した。
「ロゼッタ、ロゼッタ! せんせ、サモン先生! ロゼッタが! ······何を飲ませたんですか!」
「ただの忘却の薬だよ」
「忘却!?」
「さっきの事だけ忘れるようにね」
しれっと生徒に薬を盛ったサモンに、レーガは唖然とする。
けれど、サモンは平気な顔をして、ゴブレッドの花を嗅いだ。
「座敷わらしは良い店を守る。見た者には幸運が訪れるとも言われている。彼女から彼女の魔力の籠った花をもらった。お陰でここに来るまで幸運が続いたよ」
混雑していた道が開けたり、馬車の行った先が地面に残った車輪の跡で判明したり、二人を攫った男たちが馬鹿だった。
サモンは満足気にゴブレットの水を地面に捨てる。
「座敷わらしは遊ぶのが大好きだ。その妖精の魔力が溶けた水は、悲しい記憶を消して、楽しい記憶に塗り替える。きっと、男に襲われた部分だけ限りなく薄く消されて、私がぶん殴っている辺りしか覚えていないよ」
サモンはレーガを見下ろし、「だから言ったじゃないか」と冷たく言った。
レーガは最初にサモンと交わした約束を思い出し、肩を丸めて落ち込んだ。
「ごめんなさい。ただの、ケンカだと思って」
「妖精や魔族が営む店は、今みたいに悪い輩に狙われやすい。けれど、私たちが放っておいたって、構わないんだ」
「どうしてですか?」
「大体、座敷わらしが居るからさ」
座敷わらしに限らず、似たような妖精が魔族の店や家を守っている。
お互い魔族であるからか、魔族の店は怠けるような事が無いからか。それは今だ解明されていない。
家や店、その主人につく妖精は守りの力が強い為、人が無闇に手を出す必要は無いのだ。
サモンに説明され、レーガは納得する。そして、自分の浅はかな行動を反省した。
「全く、私の担当は妖精学であって、生徒の引率をすることでも、連れ去られた生徒を助けることでも、アフターケアをすることでも無いんだよ。次同じことがあっても、私は絶対に助けないからね」
サモンはぶつくさと文句を言った。レーガは「はい」としょぼくれた返事をする。
「······じゃあ、どうして今回は助けてくれたんですか」
レーガの問いに、サモンはにやりと笑う。
「言いつけを破った二人にお仕置をしてやるためさ。学園に帰ったら覚えてなさい」
レーガは学園に着くまでの時間が伸びればいいと願う。けれど、馬は非情にもスピードを上げて、学園まで走っていった。




