花祭りの準備 3
保健室を離れ、サモンは杖を回しながら廊下を歩く。
ルルクシェルはサモンの後ろをついて歩き、サモンの読めない考えをじっと見守る。
「ルルクシェル先生、妖精が瀕死で見つかったのはどこだい?」
「中央棟の裏だ。日が良く当たるし、森も近い。妖精が近づきやすい場所だから、『泡沫の夢』を置いていた」
「あぁ、日に当てないと夜に咲かないしねぇ」
サモンはルルクシェルの話を聞いて、すぐに方向転換する。中央棟に向かわずに、何故か魔法薬学準備室に向かった。
「ストレンジ先生!?」
「遊びに来たよ」
鍵を持っているルルクシェルを差し置いて、勝手に準備室に入ると、サモンは棚に並んだ薬品のチェックをする。
「きったな」
「セレナティエにも言われた」
「ロゼッタに? なら掃除・整頓きちんとなさい。あの子はこういうの嫌がるよ」
サモンは棚のホコリを指をすくって、息を吹きかける。
灰色の塵が落ちると、ため息をついた。
春からちっとも変わらない小汚い準備室で、サモンは栄養剤や除草剤を探す。
ルルクシェルに聞かずとも、棚の薬品がサモンに教えてくれる。
ホコリが払われていて、瓶の口が湿っているもの。
ズボラなルルクシェルが、妖精が襲われたことに気がついた。つまり、彼は植物の様子を見に行っていた。
祭りに必要な植物は、さすがに適当な育て方が出来なかったか。
成長を促すといった方では、栄養剤か。
「ルルクシェル先生、栄養剤はこれかい?」
サモンは、比較的新しい栄養剤を手に取った。
ルルクシェルが頷くと、材料名に目を通す。
当たり前だが、妙な薬品は入っていない。
サモンも、これといって気になる材料は無かった。
「となれば、現場かねぇ」
サモンは顎に手を添えて悩むと、準備室を出ていった。
***
「ストレンジ先生。そろそろ、何を考えているのか教えて貰えないだろうか」
サモンがあまりにも黙々と調査をするので、ルルクシェルが口を開いた。
サモンはルルクシェルの言葉を無視して、現場の状況を観察する。
妖精たちが襲われた中央棟の裏。砂利を敷き詰めただけの質素な場所に、血が飛び散っている。
晴れているせいか、血はすっかり乾いていて、石に染み付いていた。
春らしい陽光が、サモンたちを暖かく包み込む。
ルルクシェルは育てていた『泡沫の夢』の葉を撫でた。
サモンは血のついた砂利を手に取り、匂いを嗅ぐ。
「くさっ」
「でしょうな」
サモンは砂利を落とすと、ため息をついた。
ルルクシェルは、先程と同じ質問をする。
「何をお考えで?」
サモンは面倒くさそうに、ため息をついた。
「妖精が襲われるとしたら、魔物か人間の二択だ。イタズラのために、教員が揃う中央棟に来る生徒はいない」
故に、魔物の仕業と推測した。
けれど、魔物が立ち入ることは難しい。
植物に使われる栄養剤や、除草剤には、魔物を引き寄せる成分が含まれていることがある。
けれど、準備室にあった薬品には、誘発性の成分はなかった。
管理は雑だが、薬品の目利きはかなり良い。
もったいない男だ。
「魔物の仕業なら、現場を見れば何かわかる……と思ったんだけれど」
血痕だけでは情報が少ない。
『水の精眼』では、その場に残った感情くらいしか、分かることがない。
ツユクサほどの精度もないから、正しく読めているかも分からないが。
「『恐怖』、『痛み』、それから──」
──『怒り』?
いや、もしかしたら『殺意』かも?
赤いような、黒いような、形容しがたい色の水の色。すっかり滲んで消えかけている。特定するなら、もっと濃い色でないと。
「ルルクシェル先生、ここに来る前に、何か見たかい? 聞いたでもいいけれど」
「さぁ。私には取り立てて奇妙に思ったことは。昼と夜に栄養剤と、魔力供給剤を鉢に差す必要があって、その作業に向かった。
廊下を歩いていたら、鈴が割れるような音がして、誰かが笑っていた」
鈴が割れるような音は、妖精の悲鳴だ。その後の笑い声は、なんだろうか。
やはり、生徒のイタズラだろうか? それなら、魔法痕とか、持ち物とか、何かしらの証拠があってもいいだろう。
ルルクシェルは、ふと、思い出したように言う。
「そういえば、何か、引きずるような音もした。金属的な、火バサミのような音だ。誰か、ごみ拾いでもしていたのかもしれん」
火バサミのような音、妖精を傷つけるだけの殺傷能力と、小さい個体。
サモンは現場近くを見て回る。
近くにゴミ箱は無い。教員に見つかりやすい場所だからか、ポイ捨ても無い。
だが、左に真っ直ぐ歩いていけば、魔法科のグラウンドが見える。
今ちょうど、三年生が戦闘魔法の授業をしていた。
「…………あぁ、なるほど」
サモンは何かに気がつくと、大きく背伸びをした。
サモンはルルクシェルの方を向くと、気味が悪いほど爽やかな笑顔で尋ねる。
「ルルクシェル先生、今夜の予定は?」
それは遠回しな、囮のお誘いだった。




