レプラコーンの宝物 4
ヨクヤは時おり立ち止まると、ランタンを高く掲げて、小さく揺らす。
どこか遠くを照らすというよりは、誰かが迷わないように、明かりを見えるようにしているといった行動に、ロゼッタが背中を震わせた。
「ねぇ先生、私たちって、お化けとか連れてきたりしてないわよね?」
「あれはヨクヤの癖だよ。命は水から、または地面から生まれて、等しく土に還るんだ。だから、土の精霊である彼は、亡くなった生き物が迷ったりしないように、導いてあげる役目がある」
常にその役目に追われているわけではないが、ヨクヤは同じ精霊の中でも、特にやっているというだけだ。
そして、ヨクヤは死んだ者を、『お化け』と表現されるのが嫌いで、ロゼッタの言ったことに眉をひそめる。
「死んだ命は、どの種族であれ、きちんと名前があります。ドワーフは死んでもドワーフです。お前たち人間も、死んだところで人間です。お化けという表現は、何一つ相応しくないのですよ」
「それは、どうしてだ?」
「はっ。ロベルト、お前は私が嫌いなようですね。でも答えましょう。サモンの手前、お前たちを生き埋めには出来ませんから」
ヨクヤは歩きながら、ランタンを掲げながら、ロベルトに教える。
「まず、ゴーストはいいです。幽霊も構いません。でもお化けはダメです。
お化けとは、化生の者。種族違いです。猫又や、雪女等、一部中級魔族の総称とされています。それを、死んだもの達につけるのは、相応しくないのです。
お前は死んだらヘルハウンドになりますか? 肉体を失ったら、お前はデュラハンになりますか?
生きていても死んでも、その者に変わりないのですよ。肉体の有無ひとつで、忌み嫌われるいわれはないでしょう」
ヨクヤはロベルトに説くと、またランタンを掲げる。
草をかき分けて、地面に手を当てると、「そろそろですね」と言った。
***
「ほうら、着きましたよ」
大きな枝を押し上げて、ヨクヤは開けた場所を指さした。
そこには何も無い。その下に、レプラコーンの宝物が埋まっているのだろうか? いや、その場所こそが、彼らの宝物だった。
少し待っていると、レプラコーンたちが集まってくる。人のものより遥かに小さな楽器を持って、宴を始めた。
「先生、これは?」
レーガは声をひそめてサモンに尋ねる。
サモンが答えようとすると、ヨクヤが割って入った。
「宴ですよ。レプラコーンたちが、お互いの無事を喜ぶ祭りです」
宝のために虐げられ、殺され、失われていく仲間たち。もう一度再会できたことを喜び、また会えることを祈って踊る、彼らの短い宴だ。
ヨクヤは生徒たちに、楽器の説明をしていく。
死んだ仲間を慰めるための笛や、精霊たちに仲間と巡り会えたことを伝える太鼓。踊りの意味や、いつから行われているかも細かく教え、生徒たちはそれに真剣に耳を傾けた。
宴はものの五分で終わる。
ササッと解散したレプラコーンたちに、名残惜しさはない。仲間への未練も、積もる話もなく、そこはただの空き地に戻った。
短い宴の後で、生徒たちにヨクヤが言った。
「あれが、レプラコーンの宝物です。会えるかも分からない仲間との、短い思い出作りです。長く留まれば、敵に見つかるから。ほんのひと時を、一生のように大事にする。……美しい宝物です」
その眼差しは、子を見守る母のように暖かい。
ランタンを掲げ、ヨクヤは「もういいでしょう」と、子供たちに帰宅を促す。
「ここから歩いて帰れば、夜になります。凍えて死んでも、人間は野ざらしにしますよ。嫌ならとっとと歩け。ほらさっさと行け」
妖精に向けていた眼差しはどこへやら。
手でさっさと彼らを押しやると、ヨクヤはサモンの服を引いた。
「お前は残れ」
「え、お説教?」
サモンは嫌がるが、ヨクヤは有無を言わさず、道を離れる。
サモンは腕を組んで、説教拒否の姿勢を見せた。ヨクヤはそれを、呆れたため息で返す。
「はぁ~~。その態度、不貞腐れたホムラにそっくりです。でも話したいことは今回の件ではありませんよ」
ヨクヤは片手を後ろに回す。
辺りに誰もいないかを、十分すぎるくらいに確認し、サモンの方を向く。サモンはヨクヤの言いたいことを察すると、腕組みをやめた。
「レプラコーンの宝物、本当は宴じゃないんだね」
サモンがそう言うと、ヨクヤは黙って頷いた。
そりゃそうだろう。人間が奪い、富としたものが、あんな宴だなんて言えるわけが無い。
使われていた楽器だって、金になりそうな素材でないし、特別なことは何も無い。
でも、どうしてレーガ、ロゼッタ、ロベルトの三人は、納得したのか。それは、ヨクヤやサモンの話から、都合よく解釈したからだ。
レプラコーンたちの迫害の歴史。
その後に見せられた宴の様子。
それらが、彼らの知識に嘘を塗りこんだ。
『繰り返される歴史によって、宝物が変わったのだ』と。
その方が、ヨクヤには都合が良かったのだ。
サモンは、道中のヨクヤの行動に納得する。
ランタンを掲げるのは、死者の案内では無い。
レプラコーンへの注意だったのだ。
遠く遠くへと届く明かりの役割は、寄せるだけではなかったのだ。
「わざわざレプラコーンを遠ざけて、嘘の知識を生徒に与えて、私に何を教えたいって? 私ごと騙した理由?」
「いいえ、あなたにレプラコーンの宝物を見せるためです」
ヨクヤは手のひらをそっと広げると、サモンにだけ見えるように手を椀の形にした。
──見せてくれるなら、生徒にも見せてくれたっていいのに。
サモンは不満に思いながら、ヨクヤの手のひらを覗いた。
キラキラと薄桃色に輝く花の石。
星が散っているかのような輝きは、魔法だ、と思ってしまうほど美しい。
手のひらに反射する光の一粒が愛おしくて、熱い何かが込み上げてきた。
石を覗きながら、ヨクヤは言う。
「これはレプラコーンたちの、魔力を固めた極めて希少な石です。あらゆる妖精の幸運の象徴とされていて、実際に幸運の魔法がかかっています。警戒心の強い彼らに、これを譲ってもらえることは、なによりも栄誉です」
そんなに貴重なものを、ヨクヤは持っている。
彼がレプラコーンに、いかに貢献したかがよく理解できた。
ヨクヤはそれを急いでしまうと、サモンの唇に指を当てた。
「いいですか、儂らの子。これは誰にも言ってはいけません。さっきの人間どもにも、……仲間の精霊にも」
「それはどうして?」
サモンが尋ねると、ヨクヤは目を逸らした。
言いづらいことでもあるのだろうか。いや、言いづらいから、視線を外したのだ。
ヨクヤはほんの少し、口をモゴモゴさせる。サモンがヨクヤと目を合わせると、ようやく口を開いた。
「先程の、レプラコーンの魔法石には、強い魅了効果があるのです。妖精族や、その他魔族はそれに耐えることが出来ますが、強欲で、浅ましい人間は耐えることが出来ないのですよ」
──あぁ、なるほど。
生徒に見せなかったのは、ヨクヤなりの温情だ。
レプラコーンを守ることが最重要でありながら、生徒たちが宝を前に、狂ってしまわないように。
ヨクヤは「気をつけて帰れ」と言って、森の奥へと消えていった。
サモンはヨクヤの背中を見送って、言葉の意味を反芻する。
『レプラコーンの魔法石には、強い魅了効果があるのです』
『強欲で、浅ましい人間は耐えることが出来ないのですよ』
その言葉は、サモンが後戻り出来ないくらい、精霊に近づいたことを示していた。




