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妖精と精霊

 凍える廊下で、エリスは手を脇の下に挟みながら、歯を鳴らす。


「最悪です。こんな、こんなに寒いなんて」

「あら、学園長は寒いのはお嫌いですの?」


 震えるエリスの隣で、マリアレッタは寒さを感じさせない素振りで歩いていた。

 エリスはさらに身を縮こませる。


「えぇ、私の管轄の森は年中通して暖かく、気温差もほとんどありません。学園内の空調は、あの双子のおかげで常に快適ですし、仮に気温差があっても、自分の魔法で調節できます」


 だが、今回は教員や生徒たちの保護に魔力を回している。

 自分の方にまで手が回らない。


 早いところ、原因となっているであろう精霊と、直接お話がしたいのだが、寒すぎて体が動かない。


「仕方ありません。監視魔法を解きましょう。一部区画の防衛魔法も弱めましょう。ストレンジ先生の塔の周りは解除で」

「あら、そんなことして大丈夫ですの? 警備が手薄になりますわ」

「問題ありません。あの人、連れ去り事件の後から自身の塔に防衛魔法をかけていますし、ストレンジ先生の森は彼の悪戯が施されています」


 サモンの森は、彼の出身の精霊の森に繋がっている。

 それに、必要があれば好きなところに行ける。

 サモンが勝手に改造したせいだ。


 精霊の森に繋ぐことは許可したが、それ以外は許可していない。

 何回行っても止めやしない。勝手に解除したところで、目を離した瞬間に元通り。


 いったいどんな魔法をかけているのやら。


「マリアレッタ先生、次の廊下を曲がりますよ」

「あら、居場所が分かるんですか?」

「監視魔法を解除する前に、居場所を確認しました」


 学園内に入り込んだ精霊は三人。

 うち一人は双子が応戦中だった。


 エリスたちが向かっているのとは別の精霊は、サモン達が相手にするだろう。


 問題は、精霊をどうやって学外に追い出すかだ。


「マリアレッタ先生、もしも双子のように戦闘になった場合、覚悟してください。私たちでは勝ち目がない事が想像されます」


 エルフと、ノームのクウォーター。

 精霊の魔力には遠く及ばない。


 勝ち目のない戦闘は避けたいが、話が出来るかによっては、難しいかもしれない。

 精霊も妖精も、気難しい性格が多いから。



 廊下の角を曲がり、進路指導室に入る。

 開けづらいドアを開けると、中には精霊が一人、空を見上げていた。




「……思いのほか、早かったわね」




 精霊はポツリとこぼした。


 エリスは寒さに震える体を起こし、精霊に挨拶をする。


「お初にお目にかかります。ナヴィガトリア学園学園長のエリス・ウィズホープです」

「魔法学科錬金術担当のマリアレッタ・ノーマですわ」


 マリアレッタも続いて挨拶をする。

 精霊は、二人の挨拶を鼻で笑った。



「ふん、結構な心構えね。実に人間くさい礼儀だわ。妖精のくせに」



 トゲのある返しに、マリアレッタが険しい表情をする。


「何かおかしくて? 種族を問わず、相手に真摯な振る舞いをするのはマナーでしてよ」


 マリアレッタの言葉を、精霊は笑い飛ばす。

 マリアレッタは「不快ですわ」と呟いた。


 エリスは精霊との会話を試みる。

 様子を伺いながら、ここに侵入した目的を聞き出そうした。


「何のご用で、こちらにいらしたのでしょうか? 北の寒い山から御足労いただきましたが、精霊のご要件が、皆目見当もつきませんで」


 あくまで平身低頭に。


 機嫌を損ねないように。


 エリスの様子伺いを、精霊は特に気にしていないようだ。

 話だけは出来るかもしれない。


 エリスはじっと、精霊を観察する。

 精霊は、自身の爪を眺めて、つまらなさそうに言った。


「精霊の力を有する、汚らわしい人間がいると聞いたのよ。いただけないでしょ? 下等な種族が、私たちと同じ力を持ってるなんて」


 その言い方に引っ掛かりはあるが、エリスはぐっと堪えた。


 彼女が言う人間はきっとサモンの事だ。

 不穏な雰囲気でサモンを探しているということは、()()するつもりなのだろう。




(正直、気持ちは分かるわ)




 エリスも、学園を開くまでは、精霊と似たような意見を持っていた。


 全く別の種族が、自分の真似をして、同じ魔法を使う。

 それも、自分たちよりも劣っている種族が。


 野蛮で信用ならない人間や、理性の欠けらも無い魔族が、高等な自分たちのように振る舞うのは許せなかった。




「……狙いは、その人間だけでしょうか?」




 エリスが呟いた。

 精霊は満足そうに「そうよ」と返す。

 マリアレッタは血の気が引いた顔で、エリスに詰め寄る。


「学園長! 何を考えていらっしゃるの!? まさか、精霊にミスタ・ストレンジを売るおつもりで?」


 嘆願するマリアレッタに、エリスは「落ち着いてください」と静止をかける。


「ストレンジ先生は、学園に赴任してからというもの、毎日のように──いえ、毎日何かやらかしては隠蔽、偽装、開き直りをしてきました」

「だからといって、精霊に渡すのはおやめになって。精霊相手には勝ち目がありませんわ。ミスタ・ストレンジが一体どんな目に遭うのやら」

「下がってください。マリアレッタ先生」

「お考え直しを。どうか、どうかもう一度だけ」

「何度言おうと、私の答えは変わりません」


 エリスは、マリアレッタを押しのけると、精霊の前に立つ。

 精霊は探す手間が省けて上機嫌だ。



「で? どうするのかしら? その人間を連れてきてくれるの?」



 エリスは大きく息を吐いた。

 拳をぎゅっと握り、自分を鼓舞する。

 マリアレッタは祈るように手を組んでいた。




「お断りです!!」




 エリスは火の玉を手に載せると、それを精霊に向かって放り投げた。

 エリスの急な攻撃に、精霊は驚いて後ろに下がる。



「悪戯──『出入り禁止(かごめかごめ)』!」



 エリスは教室を封鎖すると、精霊を精一杯睨みつけた。

 精霊は逃げることも出来なくなって苛立った。


「どういうつもり? この私に楯突くなんて、いい度胸じゃない」

「それだけは自信があります。あなた方の目的がストレンジ先生だと言うのなら、僅かな間でも、私が盾となりましょう」


 マリアレッタはハッとすると、杖を抜き、エリスの隣に立つ。


 目的のものは手に入らない上に、敵が二人も立ちはだかる。

 これが苛立たずにはいられないだろう。


「妖精ごときが、私に勝てるとでも?」

「分かりません。単純な魔力量や種族的ヒエラルキーでも、妖精は精霊に勝てません」


 エリスは両手に火を灯し、精霊に決して背中を向けなかった。

 マリアレッタも、杖の先を精霊に向ける。




「でも、『妨害』は妖精の専売特許ですので!」




 長として、エルフとして、仲間に危機が迫っているのなら、力の限り守らなくては。

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