氷とお菓子と秘密
シュリュセルとクラーウィスは、並んで廊下を歩いていた。
凍った床をパキパキと割って楽しみながら、他愛もない話で盛り上がる。
「それでね、新しいキャンディを買いに行ったら、『今日は品切れ』って言われたの」
「そうなのか。それは残念だ」
「せっかく楽しみにしてたのに。『インフルエンザの時に見る悪夢味』よ? 絶対食べたかったわ」
「それは気になるなぁ。『おっちゃんの頭の皮脂味』も強烈だったけど」
「悪夢が見れるかも」
「悪夢はどんな味だろうな」
とんでもないお菓子の話をしていると、二人の前に真っ白な男が現れた。
シュリュッセルがクラーウィスに尋ねる。
「カメラに写ってたのって、あれだったかしら?」
クラーウィスは目を凝らして男を見る。
「そうだったかもな」
シュリュッセルは口に手を当てて、困った素振りを見せる。
「嫌だわ。サモンの言う通り、精霊よ」
二人の前にいる男は、真っ白い髪に藍色のローブを着ている。
氷でできた杖は、青い光を放っていた。
クラーウィスは精霊に、「おい」と叫ぶ。
「お前! 入校許可証持ってないだろ!」
彼女は、学園の被害やその他諸々をすっ飛ばして、そう言った。シュリュッセルも同調する。
ツッコミ役がここにいないのが残念だ。
精霊は、ゆっくりと振り返る。
二人の姿を確認すると、うんざりした様子で眉間にしわを寄せた。
「あぁ、生き残りか」
「入校許可証がないと、この学園には入れないんだぞ! アポくらい取りやがれ!」
「そうよそうよ! 学園の誰に会いに来たか知らないけれど、ルールは守ってもらわなくちゃ!」
「……うるさいな」
精霊は杖を振り上げる。
吹雪が冷たく吹き付けて、双子を覆う。
しなる風が止むと、精霊は杖を下ろす。
「耳障りだ」
精霊は双子を始末すると、気だるげな態度で、優雅に廊下を行こうとする。
「『出入り禁止』」
クラーウィスの声が聞こえた。
精霊の行く手を、半透明な膜が阻む。
クラーウィスは鍵型の杖を突き出して、精霊を鼻で笑った。
「きちんと息の根を止めたか確認しな。お粗末だぜ」
あの吹雪で、凍える温度で、生きていられるはずがない。
それなのに、クラーウィスだけでなく、シュリュッセルまで無事なのだから、精霊は目を大きく見開いた。
「……どうして」
「あら、どうしてなんて陳腐な言葉。聞いた? クラーウィス」
「あぁ、間抜けなセリフだ。シュリュッセル」
シュリュッセルは錠前を解体して、剣に変える。
精霊はもう一度、と言わんばかりに杖を掲げるが、いつの間にか近づいていたシュリュッセルに、手首を掴まれる。
「ダァメ。学園での荒事は禁止なの」
「ところでこの杖、とっても素敵ね。白い手が良く映えるわ」
シュリュッセルは、うっとりした様子で精霊の杖を見つめていた。
杖を握る手に指を這わせて、上目遣いで精霊を見つめる。
シュリュッセルを気持ち悪く思った精霊は、彼を振り払おうとするが、押したはずの腕に手応えがない。
シュリュッセルは「うふ」と笑うと、精霊の腕を持ち上げた。
「ごめんなさいね。ボク、力加減が上手く出来ないの」
スパッと切れた、精霊の腕。
その断面を見せつけるシュリュッセルに、精霊は自分の腕を見やる。
赤く染った袖口と、凍りついた切り口に、ようやく痛みが追いついた。
腕を押さえて体を丸める精霊に、クラーウィスは不満そうに頬を膨らませる。
「ちょっと、シュリュッセル! アタシの楽しみも残せよなぁ」
「あら、ごめんなさい。クラーウィスの邪魔をするつもりはなかったのよ」
痛みを堪える精霊を除け者に、双子は話を続ける。
精霊は異質な双子を睨みつけた。
杖を失っても、力を失った訳では無い。
ひと睨みで、精霊の足元から氷が広がっていく。
針山のように鋭く、攻撃的に展開された氷が双子を襲った。
「危ない!」
クラーウィスが叫ぶ。直後に、シュリュッセルが氷を切り捨てた。
切り捨てた氷がシュリュッセルの頬をかする。
赤い血が、細く垂れて凍りついた。
精霊は、自身の攻撃を防がれたこと、自身に傷を追わせたこと、それより、魔法が聞かないことが有り得なくて、許せなかった。
歯を食いしばる精霊をよそに、双子は自分たちの世界に浸っている。
「シュリュッセル、痛くないか?」
「全然平気よ。あなたに傷が無くて良かったわ」
「よくあるもんか。お前の顔に傷がついたってのに」
「あら、女の子の顔なら、ボクは気を遣うわよ。でもボクは」
「男とか女とか関係ねぇよ。あぁ、アタシの、アタシだけのシュリュッセル」
クラーウィスは今にも死んでしまいそうな顔で、シュリュッセルの傷をそっと撫でた。
シュリュッセルは呆れ笑いをして、クラーウィスの手を受け入れる。
精霊は立ち上がり、双子の邪魔をする。
魔法で氷の槍を作ると、双子に向けて放った。
クラーウィスは、杖を降って魔法を妨害する。
「あべこべ小路」
起動をねじ曲げ、槍を精霊に向けた。
精霊は槍を溶かして落とすと、噛み付く勢いで双子に問う。
「なぜ魔法が効かない! なぜこの寒さに耐えられる! 人間風情が、この私の魔法に、氷に、抗うな!」
双子はお互いに見つめ合うと、キョトンとして精霊に向き合った。
「知らずに入ってきたのか?」
「いいえ、知ってるはずよ」
「そうだよなぁ。そうでなければ、うちに入ってこないよなぁ」
「そうよねぇ。知らないで侵入してくる無謀なやつは、王都の人くらいなもんじゃない?」
シュリュッセルとクラーウィスはくすくすと笑うと、杖と剣を下ろした。
「ボクの名前はシュリュッセル」
「アタシの名前はクラーウィス」
「正式名称は【種族駆逐兵器個体kー520】」
「正式名称は【殺戮特化型兵器個体sー665】」
「「珍しい双子の改造人間」」
人体実験の名残、暇を持て余した人が生み出した哀の産物。
数々の苦痛と悲劇を乗り越え、流れ着いた学園の守護神。
シュリュッセルは「分かったかしら?」と、魔法が聞かないカラクリを明かす。
「ボクたちはあらゆる魔法を解除する術式と、薬で出来てるの」
「それに、死ぬほど苦しい実験の果てに身についた耐性」
「内蔵が出ちゃいそうな薬品のおかげで、精霊の魔法すらほんの数秒で解除出来るわ」
種が明らかになって分かることは、精霊の方が不利であること。
それを知ると、精霊は頭を抱える。
「つまり、どんな強力な魔法も、直ぐに解除できる?」
「そうよん。賢いじゃない。ボク、そういう人好きよ」
「アタシも嫌いじゃない」
双子は余裕の表情で精霊と会話を楽しむ。
精霊は深く、深く息を吐くと、杖を掲げた。
「どんなに体を改造しようと、どんなに力をつけようと、所詮は人間。精霊に及ぶ力はない」
そう言うと、杖から雪が零れ、直ぐに辺りを包み込む吹雪となる。
「魂まで凍てつく氷、内側から積もる雪に、貴様らは何秒持つだろうな?」
精霊の臨戦態勢に、シュリュッセルとクラーウィスはため息をついた。
「嫌だわ、クラーウィス。あの精霊ちゃん、学園に来た理由を話さないわ」
「そうだな。理由によっちゃ、通してやるつもりだったんだが」
シュリュッセルとクラーウィスはそれぞれ武器を構えると、余裕だった表情を切り替える。
「個体番号Kー520、これより戦闘態勢に入ります」
「個体番号sー665、これより敵を掃討します」
それは、学園の万人として、兵器としての顔だった。




