妖精魔法は占いに使えるか 3
エリスは、クロエの部屋に「ほぅ」と、興味深そうな感嘆の声をもらす。
落ち着きを取り戻したクロエが、例のとんちき論文をエリスに見せた。
「最初はサモン先生に、占いの否定論文を手伝ってもらおうと思うてたんですけど」
「逆にどうやったら論文に書ける程度に占いが成功するのか、気になっちゃってねぇ」
「それでマリアレッタ先生や、ルルクシェル先生にもお手伝いしてもろうて」
エリスは「そうですか」と、興味なさげに論文を開いた。
「うわ、何だこれ」
「学園長から『うわ、何だこれ』を引き出すくらいヤバい論文」
そうとしか形容出来ない。
エリスの貴重な一言を賜ったところで、エリスも論文の再現検証に協力する。
「ストレンジ先生、妖精魔法のこの術式」
「『迷子を探して』か、『私はどこ』のどっちかだと思ってる。検証済み」
「ノーマ先生の方は?」
「論文には、太陽の欠片──錬金術で作れる温熱ストーンの使用と書いておりますの。ですが、論文の作り方では不十分で、別のものを錬成中ですわ」
「ルルクシェル先生は」
「『吹雪の山で採れる薬草』としか書かれていませんので、同じ山から採れる薬草を片っ端から試しています。あと六種類ですな」
エリスは、サモンが書いたホワイトボードの術式をじっと見て、首を傾げる。
「ストレンジ先生、これ、おかしくありませんか?」
「いいや、これで合っているよ。論文の術式は、途中に加える式が違うんだ」
「なるほど。戦闘魔法とは、やはり違うものですね」
「学園長にとっても異質だろうね。私たちが使う妖精魔法は、本来術式には表せない魔法だから」
「そうですね。ここに来てから初めて見ました」
論文の内容を直して占っても、どうしてもその通りにならない。
石に問題が? それとも薬草? いいや、妖精魔法自体が違うのか?
「イーニー、ミーニー、マイモー、モー」
ふと、マリアレッタが呟いた。
聞いたことの無い言葉にサモンが振り返ると、マリアレッタは恥ずかしそうに頬を染める。
「あ、ごめんあそばせ。いい出来の石が並びましたもので、どれにしようか悩んでおりまして」
「マリアレッタ先生、今のは何だい? イーニー?」
「私の祖父から教わった、選ぶ時の声がけですわ」
「あぁ、人間で言う『どれにしようかな』か。……え、鉄砲を撃つんじゃないのかい?」
「いいえ? そんな物騒な物言いはしませんわ」
恥ずかしがるマリアレッタに、エリスは「懐かしいです」と声をかけた。
エリスは知っている。サモンは知らない。
ということは、妖精には鉄板の言葉なのか。精霊から聞いたことは無いな。
(だいたい、鉄砲を撃ちまくるか、天狗を飛ばすかだし)
精霊と妖精じゃ、言葉遊びも違うのか。同じだと思っていた。
サモンは論文を読み返すと、ふと気がついた。
サモンたちは、論文の内容のミスが気になって、勝手に直して実験をしていた。
これが本当に正しかったら?
「マリアレッタ先生、その石を論文の通りに作ってくれないかい?」
サモンはマリアレッタにそうお願いする。
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「構いませんわ。けれど、この通りに作ると不純物が多くて、綺麗な石になりません事よ?」
「それでいいんだ。ルルクシェル先生、吹雪の山で採れる薬草は、一番メジャーなやつにして」
今度はルルクシェルにそう言うと、ルルクシェルはこめかみをポリポリとかいた。
「メジャーな薬草なぁ……」
「多分『春不来松』か『氷柱ジギタリス』だよ」
「はるふらい……『冬の爪』か『雪の花飾り』か?」
「そうだって言ってるじゃないか。薬学教員なら正式名称くらい覚えなさい」
サモンはルルクシェルを部屋から追い出し、自分の方の準備をする。
術式を書き写し、それに近しい魔法に当てはめる。
クロエはサモンの行動に興味を持った。
「何しはるのん?」
「論文の検証だよ。その通りにやっても成功しない。勝手にそう思って直してたけど、その通りにしないと成功しないとしたら」
「出来ひんよ。そないな事したって、論文はめちゃくちゃや。何も意味あらへんわ」
クロエはサモンの発想を否定する。
けれど、今まで試していないのは、この論文のやり方だけだ。
どんなに丁寧に作った石も、どんなに希少な薬草も、論文の通りに出来ていなければ意味をなさない。
「私たちの悪い癖だよ。クロエ先生、私たちが教員だから、気づかなかったことだ」
サモンは論文を適当なページで広げ、クロエに見せる。
クロエは意味がわからず、耳をピコピコ動かして苛立った様子でサモンを見つめる。
サモンは杖で論文をペシペシと叩いた。
「正解を知っている事と、『生徒の間違いを正してきた』事」
その道を専門とし、あらゆる技術を知っている。さらに加えて、生徒の凡ミスから珍回答、あらゆるミスを直してきたその教員の思考。
それらが合わさって起きた、検証ミスの連続。
見直すべきは論文ではなく、自分たちの偏見だった。
マリアレッタの石選びがなければ、サモンもおそらく気づかなかっただろう。
マリアレッタは不純物だらけの石を作り、ルルクシェルは『氷柱ジギタリス』を持ってくる。
それを並べてサモンは杖を振るった。
「わたぁしはどぉこぉ」
発音の悪い妖精魔法に、マリアレッタとエリスが吹き出した。
でも、論文の通りにやるとしたら、これが正解だ。
サモンも恥を捨てて、クロエのためにヘンテコな呪文を唱える。
石はコロコロと転がり、明日の天気を教える。
『は』
『れ』
その後の文字はない。
一回目は成功。
クロエは二回目の占いの準備を整える。
サモンはまた、同じ呪文を唱えた。
***
三十回に及ぶ検証の結果、論文の占いの正答率は十六パーセントだった。
サモンが恥を代償に得た占い結果がこれである。
クロエは結果と占いの方法を調べると、ため息をついた。
「石の不純物と薬草が何らかの魔力反応を起こしてて、妖精魔法が引き金になって、占いに使えるように見えてんのかもしぃひんわ」
サモンはガッカリした。
「それ、要は『気のせい』じゃないか! 私、三十回も発音の悪い呪文を唱えたんだけど!?」
「仕方あらへんやんか。結果が分かっただけで十分」
「ねぇ! マリアレッタ先生に、ルルクシェル先生も入れて三時間も粘ってさ! 学園長参戦して三十分かけてさ! 恥ずかしい呪文詠唱して『気のせい』とか、収穫ゼロもいいところだろう!」
「収穫はあったやないですか。サモン先生の醜態」
「ふーざーけーんーなーよーもぉーーー!」
サモンはテーブルに突っ伏して、足をバタバタ動かして不満を表す。
せっかく頑張ったのに、何の成果もないなんて。
恥をかいた分だけ損してる。三十回分も損した。
エリスはここぞとばかりに、サモンのつむじをつつく。
クスクス笑いながら、「いい気味です」と嫌味を言った。
マリアレッタは「良かったです」と言って、片付けを進め、ルルクシェルは薬草が溶けないように、丁寧に箱に戻して温度管理をする。
クロエはレポートを書いて、論文への反撃準備をしていた。
「クロエ先生、絶対に役立てておくれ。ほんと、もう本当にこのデータ使い倒してくれないと、私の恥だけ記憶に残るじゃないか」
「はいはい、ちゃあんと使うたりますわ。このデータから、新しい占い方法生み出すくらいにはなぁ」
「そうしてくれなきゃ、クロエ先生の水晶割ってしまうよ」
「うふふ、先生の頭割ったろうか」
「ごめん、さすがに冗談」
サモンはため息をついて、立ち上がる。
クロエの役に立てたのはいいが、質の悪い呪文を何回も唱えた恥からは、しばらく立ち直れそうもない。




