不審者エイルの好奇心 2
エイルに半ば引きずられ、サモンは不貞腐れながら彼について行く。
エイルは分厚い医学書を腰に提げ、荷物をパンパンに詰め込んだリュックを背負っているのに、とても元気そうだ。
「ほら、サモン。いい天気だ。雲が無い空は、神の御加護が降り注がれやすい、とても縁起がいい日なんだ」
「私にとっては最悪な日だよ」
「風も丁度いい。風は神の吐息。それを浴びられるのは、善人だけに赦される」
「風を作るのは風の精霊。風が吹くのは、彼らが袖を振ったからか、彼らが通り過ぎたから」
エイルの神の話を、サモンは現実的な言葉で返す。
エイルは神を否定されても、笑って流す。
サモンはエイルの隙を突いて逃げ出そうとするが、エイルはそれを目敏く見つけて、サモンを止める。
サモンは逃げ出せずに、より不貞腐れる。
「別に、お前が行く必要は無いだろう。どこぞの専門家がワクチンを作るし、原因の究明くらいする」
「学園長にも言ったが、西の街ならすぐ学園にも来る。お前の言うワクチンも原因究明も、間に合わない」
エイルは、重そうな荷物を背負い直し、街へと歩き続ける。
「それに、生きているから輝く。命とは生と死の二つがあってこそ、命だ」
「死人が好きだろう。なら、流行病で人が死のうと関係ない」
「そうだなぁ。でも、乃公は死なないからなぁ」
エイルは笑って言った。その背中は悲しそうにして。
「死があるから、守りたくなる」
必ずある終わり。
生あるものが必ず成し遂げる唯一のこと。
エンドロールがあるからこそ、エイルは人が愛おしいという。
死人に興奮するのは、命の軌跡が目に見えるから。
始まりから終わりまでが定められた物語だから。
死人が好きなのは、終わりある命を精一杯生きたから。それが、この世の何よりも、輝いているから。
エイルの世界は命に溢れている。
サモンも、それを理解していた。
「黒い痣、お前は病名の目星はついているのかい?」
「そうだなぁ。突発性斑点病、後天性突発性打撲疾患、血管破裂・・・・・・色々あるが、見て見ないことには何も」
エイルはすらすらと病名を出してみる。
その中にはサモンも知らない病名があった。
エイルはエリスから借りた写真を、じっと見つめる。
歩いていると、風の妖精がサモンたちの横を通り過ぎた。慌てた様子の彼らに、サモンは気が逸れる。
止まったエイルに気づかずに、サモンは思いっきりぶつかった。
「ぶっ!」
「サモン、様子がおかしい」
「お前の方がおかしいよ」
エイルが見つめる先には、例の西の街がある。
そこには黒い煙が細くたなびいていた。
エイルはいきなり走り出す。
サモンもつられて走るが、大荷物のエイルにすぐ追いついてしまう。
これでは急いでいるのに夜になってしまう。
サモンはエイルのリュックを掴むと、杖を握る。
「お前に合わせていたら、あくびがでそうだよ!」
「連れてってくれるならありがたいな! 急ぎで頼む!」
「さっきから急いでいただろう!」
サモンは杖を振った。
風が強く吹きつけて、二人の体を浮かせた。
***
西の街の入口に降り立つと、エイルは街に走って行く。
エイルについて行くと、少し大きな家屋に火がついていた。
中から悲鳴が聞こえ、その家屋の周りを、人が囲んでいた。
「やめろ! 今すぐ火を消せ!!」
エイルが人混みをかき分けて叫んだ。
けれど、エイルを屈強な男たちが押さえた。
「ダメだ! あんたも感染するぞ!」
「それは乃公が決める! 今すぐ火を消せ!」
「無理だ! どうせ、感染したヤツらは治らない! それに、ここまで火の手が回れば、消すのに時間がかかる!」
街の男は悔しそうに言った。
エイルは燃えていく家屋に唇を噛む。
「直ぐに、大量の水で、火を消せたら。助かるってことだな?」
エイルの言葉に、男は少し悩んだ。
「・・・・・・できるわけが無い。そんなこと、魔法でない限り」
「出来ればいいんだな。よぉし、サモン!」
エイルがサモンを呼んだ。
サモンはゴブレットの底を叩いて、水を呼び寄せる。
水は家屋の上まで浮き、雲のように広がる。
「水は絶えず流れ 留まることを知らぬ
水は清きに喜び 穢れに裁きを下す
命を育む水よ 失われる者に癒しの一雫を
愚かな人の願いを聞き届け給え」
サモンは杖を高く揚げ、剣を構えるように顔の前まで下ろす。
「水の精霊──『枯れ地に降る夕立』」
水は優しく、そして強く降り注ぐ。
火に包まれた家屋は、水の勢いに耐え、火だけが綺麗に消えていく。
骨組みが浮き出た所に、サモンは崩れないように魔法をかける。
エイルはドアにかかった鍵を壊して、中に突入した。
サモンはエイルが戻るまで、腕を組んで待つ。
少しすると、エイルは次々に病人を外に放り出す。
街の男たちが、中にいた人から距離を取りつつ、近くに行く。
だが、何かに気がつくと、彼らを抱えてエイルの手伝いをする。
「誰か! 手を貸してくれ!」
男たちは、不安そうにしながら彼らに近づいていく。
そして、驚いて叫んだ。
「おい! 誰か手を貸せ! 病気が治ってるぞ!」
***
運び出された病人たちの体は綺麗だった。
エイルは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてだ? 火をつけた時は疾患が?」
「あ、あぁそうだ。病気が酷くて、どんなに薬を使っても治らなくて。それに感染が広がり続けてるから。これ以上、感染が広がったら困るから、仕方なく、病気になった奴らを・・・・・・」
「焼いてしまおうと? まぁ、気持ちは分かる」
でも苦しみ続けた病気が一瞬で治るのか?
エイルの疑問を、サモンが吹き飛ばした。
「ゴブレットの水だよ」
サモンはゴブレットを前に出した。
ゴブレットの水は、水の精霊──ツユクサの泉と繋がっている。
水の精霊には、治癒の力があり、彼らが住む水にも、同様の力がある。
「この水で鎮火したんだ。この水を浴びた人だって、治るに決まってる」
でも、サモンは少し首を傾げた。
先程の記述通り、水の精霊と住処には治癒の力がある。
けれど、精霊によって治癒の効果も変わる。
特にツユクサの治癒は、サモンに合わせ、外傷の治癒に特化している。病症には手を加えなければ、効果が薄い。
それが、水をかけただけで治ったのだから、それは本当に病気なのだろうか。
「エイル、ちょっといいかな」
「先に彼らを病院に。いや、寝かせるだけなら教会でもいい。連れて行ってから」
「じゃあ搬送しながら。これ病気じゃないかも」
サモンが言うと、エイルは目を見開いた。
「なら、どうする」
「まず話を聞いてみよう。これは、面白いかもしれない」
サモンの目がキラキラと輝く。
新しいおもちゃを見つけた、子供のように。




