不審者エイルの好奇心
もう時期冬休みが来る。
生徒たちが帰省するこの時期は、サモンにとって心安らかに過ごせる貴重な数週間だ。
ちょっと高めのお茶を用意し、ブランケットの洗濯を入念に。
寒くないように、簡易ストーブの用意もして、穏やかな休日の準備を早めに済ませる。
「あとは、畑の野菜の収穫を済ませて。保存食を作っておかないと。あぁそうだ。新しい本も買いたい」
六時限目の授業終わり、サモンは独り言を呟きながら、自分の塔へと帰る。
その途中で、クロエに呼び止められた。
「お疲れさんどす。サモン先生、早う職員室に来てくれへんやろか」
「クロエ先生、お疲れ様。今日は何もバレてないよ。行く理由がない」
「何かやらかしてはるんやな。今はええわ」
クロエは袖で口元を隠して笑うと、すぐに真顔に戻った。
「緊急職員総会議ですわ」
***
この後の行事予定には、二学科合同で行うような企画はない。
それなのに、どうして学園の教員全員を招集したのやら。
会議室の真ん中に、エリスが立つ。
マイクの調子を確認して、会議の号令をかけた。
『えー、皆さん。今日は急な招集に応じて頂きありがとうございます。まだ少し先ですが、冬季休暇の準備等、忙しいと思いますので手短に』
エリスはそう言って、自分の後ろにあるプロジェクターに、写真を投影する。
『学園から西の街で、病気が発生しました。写真の通り、全身に広がる黒い痣が特徴です』
写真には、エリスが言った黒い痣の病人が収められていた。
表情を見る限り、酷く苦しそうで、呼吸にも支障を来たしているようだ。
『最近増えているようですが、この病気の詳細が入って来ません。感染状況的に、学園にも来る可能性があるので、専門家数人に相談しましたが、どなたも「初めて見る」との回答でした』
初めて見る病気か。
(確かに、これは医学書でも読んだことがないな)
サモンは、塔にあった数冊の医学書を思い出す。
症状と病名を片っ端から上げてみるが、どれも当てはまらない。
それに、黒い痣なんて。そんな特徴的なもの、医学書に書いてあったら覚えているはずだ。
(持っている本自体、古いからなぁ。もしかしたら、持っている本に載っていないだけかも)
会議のさなか、高く手を上げる人がいた。
エイルだ。
エリスはエイルに発言の許可を出す。
エイルは立ち上がって、エリスに質問する。
「痣の他に、どんな症状がありますか?」
『確認しているところ、発熱、咳、呼吸困難です。まだ調査段階ですので、きっと他にもあると思われます』
「主な患者の年齢層は?」
『老若男女問わず罹患している模様です。重症化しているのは、体力のない子供や老人のようですが』
「痣に痛みは?」
『すみません。私は患者本人にお会いしていませんので、詳細は知りません』
「死亡例は出ていますか?」
『二〜三件ほど。そう多くはないようです』
「発生源は西の街ですか?」
『学園側が確認したのは西の街ですが、門番に調べてもらったところ、それより更に西の方でも、同様の症状が出ているようです』
エイルが珍しく医者らしいことをしている。
サモンはびっくりして、ぽかんと口を開けた。
エイルは少し考えると、エリスに進言する。
「差し支えなければ、私がその疾患の調査に向かっ「絶対にダメです」
言い切る前に止められた。
エイルは肩を落とす。
エリスは困った顔で、エイルをたしなめた。
『クレイジ先生のお気持ちはありがたいです。保健医として、学園の力になっていただけるのは、とても感謝しています』
「ならばどうして」
『純粋に、危険なんですよ。まだ全貌が見えないんです。感染経路も症状も分からないまま、がむしゃらに調査に行っては、クレイジ先生もどうなるやら』
「こいつなら平気だよ。奇病にかかった自分に興奮して、手がつけられなくなるだけさ」
サモンが呆れた声で言うと、エイルは「冷たいなぁ」と眉を寄せる。
エリスはエイルとは違う意味で、眉を寄せた。
『ストレンジ先生、これは本当に危険なんです。茶化すのはやめてください。さすがのクレイジ先生も、罹患するかもしれないんですよ』
「切っても死なないような奴が、未知の病気なんぞにやられるもんか。平気だよ」
『これは流行病の可能性だってあるんですよ! 万が一学園に感染者が出ては、生徒の安全が脅かされる。特に、我が校には人間以外の種族──獣人族や人魚族、魔族もいます。どの種族が重症化しやすいかも分からない、抗体の供給も無い』
「みんなでかかれば怖くない」
『笑えない冗談はやめなさい! 生徒の命を預かっているんですよ!』
教卓を強く殴ったエリスを、剣術学科の教員が宥める。
エリスは髪をぐしゃっと掻き乱す。
「契約がなければ、他者の命は塵芥ですか」
マイクに通らなかった声が、サモンに向かってそう言った。
サモンはあえて聞こえないふりをする。
契約があるから、命を保護しているだけ。
そういう約束だから、守っているだけ。
そうでなければ、切り捨てる。
サモンの思考は、慈善的には出来ていない。
(知っていて雇ったくせに。・・・・・・酷いお方だ)
エイルが、「落ち着いて」とエリスに声をかけた。
「サモンの言い方に腹は立つかと思いますが、私は彼の言うとおりです」
「いくら切っても死なないとはいえ、そんなことは・・・・・・」
「いえ、もし自分が罹患したら興奮します」
『絶対に行かないでください。もうあなたの不審者情報聞くの嫌です』
今まで来ていたのか。
時々通達が来ていたのは、エイルの仕業か?
自分以上に迷惑な野郎め。
サモンは頭を抱えた。
エイルはエリスの説得を試みる。
「確かに危険かもしれませんが、生徒の身の安全を考慮すると、一刻も早い疾患の詳細の入手と、ワクチンの精製が必要でしょう?」
『そうですね。でも、先生が行く必要はありません』
「すぐそこの西の街にまで来ているのなら、専門家の調査を待っている時間はありません」
『うぅ、それはそうですが』
エリスは頭を抱えて、どうしようか悩む。
説得はエイルが優勢だ。あと一押しで、エリスは許可を出す。
でも、エイルに許可を引き出す切り札はあるのだろうか。
エイルがサモンの方を向いた。意味深にウインクをする。
サモンは背筋が冷えた。
嫌な予感がする。
当たらないで欲しいが、エイル絡みでこの勘を外したことがない。
エイルは最後のひと押しを、エリスに放つ。
「学園長、心配ならサモンも連れて行きます!」
「ばっかこの・・・! 絶対に行かないよ! そんなのお断りだ!」
サモンはエイルの申し出を、全力で拒絶する。
断固として動かない姿勢を見せるが、エリスは少し考えて答えを出す。
「まぁ、ストレンジ先生が一緒なら・・・・・・いっか」
「何も良くないよ! 許可出すんじゃあない! 嫌だよこんなの契約違反だ!」
今までも散々抵抗してきたが、今回はかなり本気で拒絶する。
だが、エイルはサモンと無理やり肩を組むと、嘘くさい笑い声を出した。
「はははは、サモンってば。そんなに乃公と仕事したかったのか〜」
「お前の耳はどうなってんだ! 断るっつってんの!」
「うんうん、よぉく分かるぞ。乃公もお前と仕事するのは久しぶりだからな。つい悪態ついちゃうんだよな〜」
「学園長! こいつを早くお止めなさい! やめろ引っ張るな! 引きずるなぁ〜〜〜!!」
サモンはエリスに助けをもとめるが、エリスは慈愛に満ちた笑顔で、「お気をつけて」と手を振って見送る。
彼女の顔に浮かぶ水の色から、意地悪な意図と、面白そうだと思っていることが読み取れた。
「こんなの、あんまりだろう・・・・・・」
「うふふ、日頃の行いですよ。サモン」
抵抗しても抵抗しても、エイルの腕力には勝てない。
サモンは抵抗する力も無くなって、ついにされるがまま、学園の外に連れ出された。




