歪な手紙
剣術学科生徒十八名と、教員三名の救助報告。
学園より南西、湖に向かったグループが行方不明となり、教員が捜索に向かうも皆行方不明。
匿名の依頼により、魔法学科──妖精学サモン・ストレンジが捜索に参加。
結果──教員・生徒全員の救助成功。
軽傷者数名、重傷者無し。
被害規模──ヴォジャノーイたちの殺害、及び住処の破壊。
***
報告書を読んだエリスは、深くため息をついた。
サモンは変わらず、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。
「……ストレンジ先生。何か言うことがあるのでは?」
「ん? あぁ、爪切りを貸しておくれ。ささくれが」
「違うでしょう! そうではなくて」
「じゃあ何だと言うんだい? 学園長、私は仕事をして、その報告をしに来ただけさ。アンタの説教を聞きに来たわけじゃない」
サモンはふぅふぅとお茶を冷ます。
エリスは、サモンの反省の欠けらも無い態度に、頭を抱えた。
「いえ、まぁ言いたいことは山ほどあります。まずは、匿名の依頼主をお聞きしましょう」
「お断りしよう。それが誰かを知ったら、アンタ聞きに行くでしょ」
「当たり前です。教えられない理由がおありですか?」
ドワーフの魂を対価に貰った、なんて言えば、エリスはもっと怒るだろう。
教員が生徒と取引したこともそうだが、生徒が希少な魔法材料を持っていたことが、エリスは問題視するに決まっている。
希少な魔法材料は、本来なら生徒が軽々しく扱えるものでは無い。入手だって困難だ。
それを持っていたら、どこで手に入れたのか、どうやって保管していたのか等々、尋問するだろう。
(不要な心労は、かけるべきじゃあないしねぇ)
サモンはふぁ、と欠伸をする。
「匿名は『誰にも明かさない』という『契約』の下、その効力が発揮されるんだよ。それに、生徒が帰ってきたよっていう報告に、わざわざ根掘り葉掘り聞き出すことも無いだろう」
「……あなたが誰かを庇うことは珍しいですね。まぁ、どうせ私の魔法で学園内のことは把握出来ます。必要なら、あの双子にだってお願いしますし」
エリスは報告書にサインを書くと、サモンに尋ねた。
単なる興味か、純粋な疑問か。
イタズラな妖精の心が、エリスに尋ねさせた。
「妖精好きともあろう人が、妖精を殺すとは。一体どういった心境ですか?」
エリスの言葉に他意はない。
サモンは目を見開くと、湯呑みをテーブルに置いた。
思い出される、ヴォジャノーイの言葉。
ツユクサと反りが合わないだろうとは思っていたが、本当に合わなかったとは。
杖を介さず、魔法を使ったことは良くないが、彼らの首がすとん、と落ちた時──
(心地良かったなぁ)
サモンはうんと背伸びをして、また欠伸をする。
「別に。必要だったから、そうしただけさ」
サモンは学園長室を後にした。
エリスはサモンの報告書を、そっと撫でた。
***
トイレに寄ったついでに、サモンは鏡を見る。
瞳のグラデーションは健在で、目薬を差しても薄まる様子は無い。
「……水の精眼。こりゃちょっとヤバいねぇ」
魔力を制御しても、視界に水が揺らぐ。
色が変わって、感情や嘘を教えてくれる優れものだが、人間にとってはデメリットの方が大きい。
あまり長く使えば、視力に影響が出る。
慣れてしまえば、使わなくなったときに疑心暗鬼になる。
「目薬を強くして……いや、これ以上強い薬は使えない。魔力の消費を増やして、内服薬を作るか……?」
サモンがブツブツ呟きながら、廊下に出る。
ちょうどそのタイミングで、声をかけられた。
「ストレンジ先生」
サモンが振り返ると、剣術学科の女生徒が立っていた。
真面目な生徒が多い中で、制服を可愛く改造している。
リボンをつけた藍色の髪は、ヘアオイルで丁寧にケアをして、毛先を巻いていた。
会ったことがないな。体育祭でも、先のヴォジャノーイ事件でも。
サモンがじっと見ていると、女生徒は丁寧にお辞儀をする。
剣術学科の礼儀が行き届いたお辞儀の後、女生徒は自己紹介をした。
「ストレンジ先生とは、まだご挨拶をしておりませんでしたね。私は剣術学科三学年、ミーシャ・ハミルトンと申します」
サモンと握手をしようとしたミーシャは、ハッとしてすぐに手を引っこめる。
「失礼致しました」と頭を下げる彼女は、手を後ろに隠す。
「人間嫌いとお伺いしていたのに、申し訳ございません。軽率な行動でした」
「……いいや、構わないさ。求められたら拒むだけだしねぇ。で、何かご用かな? 聞いたところで、手は貸さないけれど」
サモンが話を振ると、ミーシャは一通の手紙を出した。
古いが、綺麗な紙を使った手紙だ。宛先も、差出人もない。
封蝋を使わず閉じられた封筒を開けると、綺麗に折りたたまれた手紙が出てきた。
これだけ見た目を整えているのに、手紙の文字はとても汚い。
指にインクをつけて書いたのか、と思うほどに太く、歪で、掠れていた。
『あと三日』
それだけ書かれている。
ミーシャは、「アーキマンに話を聞きました」と、サモンに言う。
「最初は、剣術学科の先生に相談しました。けれど、誰も相手にしてくれませんでした。後輩のアーキマンが、『ストレンジ先生に相談するといい』と教えてくれたので……」
「聞きに来たと。手紙の主と、意図を?」
「はい」
サモンはインクの匂いを嗅ぎ、紙の手触りを確認する。
(水の精眼が邪魔だな。悪意と……なんだ。この…………恋慕? 劣情?)
手紙から漂う感情の色が、サモンの頭を困惑させる。
サモンは手紙を封筒に戻した。
「これは、ただの悪戯でしょうか。それとも」
ミーシャは、不安だった。
悪戯なら、無視をすればいい。けれど、そうでなかったら?
サモンはミーシャの不安と恐怖の色を見ながら、顎をさすった。
「手紙が来たのは一週間前から? それとも一ヶ月前?」
「!? い、一ヶ月前です。でも、どうしてそれを」
「……アンタの顔色がすこぶる悪いからさ。我慢してたんだろう? この気持ち悪い手紙は毎日届いてた。
誰も相手にしてくれない。相談すら出来ない。でもカウントダウンはずっと続く。術もないまま間近になって、焦った」
サモンは封筒に杖を当てる。
「秘密は暴かれたり」
魔法をかけるが、差出人は出ない。
でも、どうしてだろうか。微かに魅力を感じる。
「……土? 木? どちらにせよ悪意は確か」
サモンはもう一度手紙を出して、匂いを嗅いだ。
ツンとした、インクの匂い。それに混じる、薄い何か。
「これが魔力の元凶かな?」
でも確かではない。
ここでは確認のしようがない。
もっと多く手紙が必要だ。
「あの、ストレンジ先生。もし、悪戯なら私が一人で解決します。ですから、悪戯ならそうだと仰ってください」
サモンが考えていると、ミーシャがそう言った。
気持ち悪い手紙に一ヶ月も耐え、悪戯なら自分で決着を、なんて。
正直、面倒臭い。
「悪戯だよ」と言うのは簡単だ。
そう言うだけで、彼女は自力で行動する。自力で解決出来るだろう。
でも微かに残った魔力が気になる。
それに、手紙から視えた悪意はとても色濃くて。
(一人でどうこう出来ることじゃあ、ないだろうなぁ)
──まぁ、私には関係ないし。
サモンは手紙をミーシャに返す。
突っぱねてやろうと思った。
『ただの悪戯だよ。気にすることもない。意味の無いカウントダウンで、アンタを怖がらせようとしただけさ』
……そう言えばいいのに。
「悪戯なんかじゃないよ。もっとタチの悪いものだ。この手紙、まだ他にあるだろう? アンタの事だ。きっと証拠として保管してるに決まってる。全部お出しなさい。それとも、取りに行ってもいいのかな?」
サモンがそう言うと、ミーシャの表情が明るくなる。
白とも黄色とも言える色。明らかな安堵に、サモンも笑ってしまう。
「女子寮に保管しています。ストレンジ先生がお嫌でなければ、寮に来ていただけますか?」
ミーシャに言われ、サモンは彼女の後ろを着いて行く。
女の子なら気持ち悪いと感じる手紙。いや、男でも気持ち悪いと思った。
黒々とした感情がべっとりと着いた手紙の意図は、一体どんな感情なのやら。
「本当に、人間は分からないなぁ」
サモンには、到底理解出来そうにない。




