月の浮かぶ湖 2
結局スクランブルエッグとベーコンは、自分が食べることになった。
サモンは胃もたれした腹をさすって、剣術学科のグループが向かったという湖に赴く。
水辺の生物なら沢山いる。
魚や鳥、ビーバーなどの動物。ケルピーやスキュラなどの妖精・魔族も含めて。
その中で、剣術学科の体力自慢たちを全員連れ去るような生き物は、魔族以外はありえない。
かと言って、魔族も大勢いるのだから、そこからさらに絞らなくては。
「めんどくさいねぇ。妖精も、魔物も、人を襲う種族は沢山いるし」
サモンはため息をついて、湖まで歩いていく。
幸運なことに、雨上がりに湖に向かったようで、生徒たちの足跡がまだくっきりと残っていた。
どのコースで、どう歩いて湖に向かったかがひと目でわかる。
サモンは彼らの足跡に足を重ね、周りの風景に目を遊ばせる。
「この辺りで休憩を挟んだんだな」
同じ方向を向き、揃っていた足跡が、散らばり向きも様々になった所で、サモンも止まる。
サモンはぐるっと周りを見回すが、死角になるような木もなく、広い原っぱが広がってる。
ここで襲われたとしたら、彼らなら返り討ちにできる。
「剣の間合いを入れても、十分な動き回れるだけの広さだねぇ。空からの奇襲もありえなさそうだ」
足跡には足を下げたような跡もない。
腰を落として警戒するような事は起きていないのだ。
ならば、ここではない。
足跡はさらに奥まで続いている。
サモンはあくびをして、足跡を辿った。
***
ついに湖まで来てしまった。
サモンはため息をついて、足元や周りをじっと観察する。
大きな湖に、ぽつんと残された水車小屋。元は粉ひき小屋のようだ。
周りに取り立てて目立つようなものは無い。
森に囲まれ、空がよく見える良い湖だ。ツユクサが好みそうな場所だということくらいしか、感想はない。
サモンは湖の周りを歩く足跡を辿る。
いくつにも別れた足跡は、木の方を向いていたり、湖のほとりにあったり、思い思いの動きを表している。
気に引っかかったロープや、湖に設置されたままの網を見る限り、湖に向かったグループの目的は、罠の設置の仕方を学ぶことだったのだろう。
「その間に何かが起きた?」
もしくは、その後に何かが起きた。
足跡を追って歩いていくと、ある足跡が目に付いた。
湖に向かって引きずられた跡だ。力の限り抵抗したのだろう。土がえぐれ、小さく盛り上がっている。
それを見ていたらしき足跡は、警戒をした。
足を下げ、腰を落としていつでも剣を抜けるように。
「仲間が引きずり込まれ、焦ったんだ」
深く刻まれた足跡は、そこから動いていない。
逃げた跡もない。
サモンは顎をさすって、「ふぅん」とこぼす。
「持ち上げて、引きずり込んだんだねぇ」
となれば、大きな水音もしただろう。それで異変に気づかないなんて、ことは無い。物理的な力を学ぶ、剣術学科なのだから。
サモンの反対側に、集まってくる足跡がいくつもあった。
警戒する足跡や、引きずられた跡など、それぞれで違う。
みんなそこで足跡が途切れ、逃げ切った跡はない。
全員水の中に連れ去られたのだ。
「……引率の、教員の足は?」
サモンは無数の足跡から、教員の足を探る。
生徒たちより大きくて、横幅があるはず。
剣術学科の教員……歩き方や作法が身について離れないなら、多分──。
「あった」
サモンは一つだけある独特な足跡を見つけた。
地面をすり、踏む時は深い。すり足の跡だ。
足をさらわれないように、地面から離さない剣士の足。
それは生徒たちの足跡の下にあり、誰よりも早く異変を察知したことを物語る。
足跡は、生徒の側まで駆け寄った。
けれど、その場で湖の方に方向転換している。
(間に合わなかったんだ)
湖に連れ去られた生徒を助けるために、剣を抜いた。
片足が一等深く踏み込まれている。
連れ去った奴を斬ったのだ。
サモンはその場にしゃがみ、血痕を探す。
しゃがんだまま、近くをウロウロと歩き、線を描くように散った血痕を見つける。
剣を振り切った。だから線を描いて散った。
でもその後の足跡は、引きずられて湖に落ちている。
抵抗する力は生徒より強かった。引きずられた跡が濃く、湖の前に土の盛り上がりがない。
引きずられたまま湖に落ちた。
「うん、湖を住処とする魔物だね」
サモンはある程度候補を絞ると、肩を回す。
人を水底に連れ去るケルピー?
いや、彼らは人を背中に乗せて、沈めてしまう。
一人沈めたら、他の生徒たちは近づかない。
スキュラは水辺を好むが、湖というより海だ。船を沈めることが好きな魔物だし。
ヘビモス? いや、あれは沼か。
サモンは思い出せる限りの魔物を思い出すが、どれもピンと来ない。
「魔物は専門外なのだよねぇ」
サモンはため息をついた。
血痕から種族の特定は出来ない。魔族の血は未だに解明されていない成分が多く、かつ、薬品ひとつで性質も遺伝子情報も、何もかもが変わってしまう。
血痕くらいしか、敵の情報はない。
「はぁ、どうしてやろうかねぇ」
サモンは水車小屋を見た。
湖に水車小屋なんて、大昔の暮らしのようだ。
今や、機械で粉を引ける時代だ。
湖なんて風が吹かなければ回らないような場所に、小屋を建てるとは、どうかしてる。
「家主は何を考えて……」
──家主?
そういえば、一度も小屋から音がしていない。
空き家? もう撤退したとか?
けれど、サモンが見る限り水車小屋は新しく、すぐに引っ越したような様子はない。
サモンは小屋を覗く。
家の中には家具も食器も残っている。
置いて引っ越すはずがない。
「水車小屋のある湖」
サモンは口にした。
口に出したからこそ、予想がついた。
サモンは大きくため息をついた。
「そういえば、いたなぁ」
サモンは頭をガシガシと掻いて、水車小屋に入る。
近くの椅子を引いて座り、テーブルに小屋の中の紙とペンを置いて、空を眺める。
「さて、月を数えるところからいこう」
サモンは、懐中時計を開き、ペンを握った。




