いつもの面倒事
サモンは朝から声を荒らげた。
「あのねぇ、私は獲物が来るのを待ってたんだよ! なのにどうして勝手に全部やってしまうんだい!」
サモンが怒鳴る向こうで、ヨクヤはツンとそっぽを向いて、出されたハーブティーを飲んでいた。
「儂は怒鳴られるような事をしていませんが」
「しただろう!」
サモンが怒っているのは、先日まで行っていた妖精の密猟者の根絶だ。
地下取引会場を燃やした後、サモンは密かに新たな策を練っていた。
会場が燃え、業者が消えて困る奴が必ずいる。それが、妖精密猟を始めた、もしくは誘導した人物だ。
それを突き止め、元の元まで押さえられたら重畳。
居なくなった仲間を探す奴を見つけるために、じっと待っていたのに。
「まさか君がそれをとっ捕まえて、ボコボコにして、埋めるなんて思わなかったよ!」
「それが儂の務め。妖精の恨みを、苦しみを、代わって与える。命を育む土の精霊の義務です」
「ならひとこと声かけておくれ! ちょうど魔法をかけた鳩を送ったところなんだから!」
「呼び戻せ」
「出来るかぁ!」
無駄な魔力を消費した。
サモンがため息をつくと、ヨクヤは眉間にシワを寄せた。
カップを静かに置くと、姿勢を正した。
「サモン、元はお前が会場を燃やしたことが原因なんですよ」
「へぇ、私のせいだと?」
「ホムラが全て燃やしたお陰で、黒幕の居場所はおろか、ちょっとした情報すら聞き出せなくなったのですよ。それを頼んだのは他でもないお前だという」
ホムラが告げ口? いや、あのこざっぱりした性格のホムラが、陰湿なことをするはずはない。
きっとヨクヤが聞き出したのだ。
でも、ヨクヤがどうしてそんなことを?
人間嫌いが、人里に来てまで情報収集? サモンがやっているのだから、サモンに聞けばいいのに。
ヨクヤは心底面白くない、と言わんばかりに顔をしかめた。
「生かしておけば、まとめて生き埋めに出来たものを。なんてことをしてくれたんですか」
「そっちが本音だね」
ヨクヤの言葉に、サモンは自分がいかに危険な生き物に育てられたのか、骨身に染みるほど実感する。
(そういえば、私が捕まっていたサーカスも、潰したのはヨクヤだったな)
ヨクヤは、カップをシンクに下げると、「儂はもう帰ります」と声をかけた。
サモンが時計を確認すると、時刻は十一時を回った頃だった。4時限目は妖精学だ。そろそろ授業の準備をしなくては。
ヨクヤはサモンに「次は上手くやれ」と言い残して塔を出た。
サモンは呆れながらヨクヤを見送った。
***
授業が終わる鐘が鳴る。
サモンが黒板を消していると、レーガが手伝いをしてくれた。
「なぁに? 点数稼ぎ?」
「いいや、ただのお手伝い」
レーガはそう言って、袖をチョークの粉だらけにする。いつもニコニコしている彼だが、今日は一層ニコニコしている。
何が楽しいのやら。サモンは黒板を消し終えると、教室を出た。
丁度その時、部活の記録を終わらせたロゼッタが、サモンと目が合った。
彼女もどういうわけか、目を輝かせてこちらに向かってきた。
「ストレンジ先生! 成績に特殊加点付けてくれたって本当!?」
(……あぁ、それか)
サモンたちが学園に戻ってきたときには、戦闘魔法大会が終わっていた。参加出来なかったレーガとロゼッタは、その分の成績が加点されず、普段の授業で成績をあげなくてはいけなかった。
可哀そうだなんて思ったわけではない。王都の件は、彼らの『課外授業』だったのだから、その分の点数をつけただけだ。
サモンがそう言えば、二人は「へぇ~」なんてニヤニヤする。
「先生、僕たちの事好きなんだねぇ」
「いいや。仕事しただけ」
「そういう事にしてあげるわ」
サモンがそう言っても、二人は聞かない。
サモンはため息をついて、塔に帰ろうとする。
「待ってサモン先生! ご飯食べよう!」
「やぁだよ。今日は野菜サンドの日」
「いつもそればっかり!」
サモンがレーガを振り切ろうとすると、遠くからロベルトが走ってくる。
この三人が揃うと、嫌な予感がする。
サモンが急いで逃げようとするが、レーガががっちり押さえて離してくれないし、ロベルトの足が速すぎて、逃げたところですぐ捕まる。
サモンは手をあげて『降参』のポーズを取るが、ロベルトはサモンに思いっきりぶつかった。
「いたぁっっっ!?」
「ぶっ!! すんません!」
ロベルトは、急いで離れる。
サモンは叱ってやろうとしたが、ロベルトの青ざめた様子に、怒りを忘れた。
「どうかしたのかい」
そう聞くと、ロベルトは「その……」と口ごもる。
言いづらいことがあるのか?
それなら言いに来たりしない。一人で口をつぐんで、じっとしているはず。
わざわざサモンに会いに来た。急いだ様子で。
サモンの知識か腕が借りたいのだろう。
案の定、ロベルトの「知恵を貸してくれ」とサモンに言った。
「剣術学科の生徒たちが、帰ってこないんだ」




