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夏物衣料エアロクール

作者: ウォーカー

 春から夏へと季節が移ろいゆく時期。

その若い男は、夏物衣料を買うために、大型衣料品店へとやってきた。

大型衣料品店スゴフク。

近年、業績を急拡大している衣料チェーン店で、

社長は大衆に影響を与えるカリスマ指導者として有名だった。

衣料品から世界を変える。

衣料品で地球環境を守る。

スゴフクの社長の活動は、幅広い人たちに支持されていると言われている。

その若い男もその一人で、

衣料品のほとんどはスゴフクで揃えているくらいだった。


 大型衣料品店スゴフクが店を構える大型施設。

すぐそこまで迫った夏本番を前に、

店内は夏物衣料を買う人たちで盛況だった。

新発売の下着は特に人気で、どのサイズも飛ぶように売れている。

その若い男は、店内に入ると、

真っ先にその新作下着のコーナーへ向かった。

「今年の新作エアロクールはあれか。

 毎年新作を買ってるけど、今年の新作はどんなのだろう。」

エアロクールとは、

その大型衣料品店が売り出している夏物下着の総称。

向こう側が透けて見えるほど薄い布で作られた下着で、

着ているだけで涼しくなるとして人気で、その若い男も愛用していた。

夏物下着エアロクールは、毎年改良された新作が発売されている。

しかし今年の新作下着は、今までとは大きく違うものだった。

「・・・これ、下着なのか?」

新作下着のシャツを手に取ってみて、その若い男は首をひねった。

それもそのはず。

手に取ったその新作下着は、まるで生皮のような質感だった。

シャツの形に継ぎ接ぎされた薄い生皮に見えるそれは、

一見すると下着には見えない。

これは本当に下着なのだろうかと疑問に思っていると、

その疑問に応えるように、

店内の大型モニターに宣伝映像が流れ始めた。

「ご来店中のお客様。

 スゴフクへようこそ!

 着ているだけで涼しくなる下着はもう古い!

 今年の新作エアロクールは、何と実際に体温が下がります。

 着ているだけで体温を下げられる。

 資源を消費せず地球環境にやさしい製品です。」

大型モニターの中では、

大型衣料品店のカリスマ社長がスーツ姿で商品の説明をしていた。

カリスマ社長による宣伝は効果覿面。

大型衣料品店の店内にいた人たちは、

次々に新作下着を買い物カゴに放り込んでいった。

その若い男もそれに釣られるようにして、新作下着を買い物カゴに入れた。

「あの有名な社長が言っているんだから、間違いないだろう。

 涼しいだけじゃなくて実際に体温を下げられるなんて。

 地球環境にもやさしいし、良いことだらけだ。」

そうしてその若い男は、新作下着と上着をいくつか買って、

大型衣料品店を後にした。


 それから数週間が経って。

気温はぐんぐんと上がり、夏の暑さがやってきた。

外を歩いているだけでも汗ばむような陽気。

しかし、新作下着の効果は目覚ましく、

その若い男は新作下着のおかげで、暑さに悩まされることは無かった。

夏の日差しの下、新作下着の効果を実感する。

「この新作下着の効果はすごいな。

 今までの夏物下着は、

 汗が蒸発する時に涼しく感じさせるものだったけど、

 今年の新作下着は、汗をかいていなくても涼しくなったように感じる。

 まるで本当に体温が下がったみたいだ。

 おかげで、直射日光の下でも大して暑さを感じない。

 でも・・・」

新作下着の効果は、あまりに大きすぎる。

その若い男はそれが気になっていた。

下着を変えたくらいで、ここまで涼しくなるものだろうか。

夜になって帰宅して、ふと思い立って体温計で体温を測ってみる。

すると体温計が示した体温は、

その若い男の平熱よりずっと低いものだった。

「おかしいな。

 こんなに暑い中を外出していたのに、体温が平熱以下だなんて。

 新作下着の効果だとしても、そんなことが可能なんだろうか。

 この下着、どういう仕組みになってるんだろう。」

生皮のようなシャツを摘んでみるが、見た目以上のことは分からない。

それに、気になることは他にもある。

新作下着は、着ているとチクッとした痛みを感じることが度々あった。

冬場であれば、衣類で静電気が起こることは珍しくない。

しかし今はもうすぐ真夏になる季節。

こんなに暑い季節に、衣類で静電気が頻発するだろうか。

「暑い季節に下着で静電気って、そんなに起こることかな。

 それに、この新作下着を着るようになってから、

 少し疲れやすくなったような気がする。

 まあそれは下着のせいではないだろうけど。」

とにかく、この新作下着には分からない部分が多い。

そんな疑問を持ちながらも、

暑い季節を涼しく過ごせるのは有り難く、

その若い男は新作下着を使い続けた。


 それからその新作下着は、

着ているだけで体温が下がると評判になり、

飛ぶように売れ続けた。

そして今や、

町中を歩く人の過半数が新作下着を着るようになっていた。

だが、それと時を同じくして、

原因不明の体調不良が人々の間で流行していた。

確認されている症状は、

全身を襲う倦怠感、

体が自分の意思とは違う行動を取る、

人の話し声のような幻聴が聞こえる、

というようなもの。

これらの症状が現れた人に共通していたのは、

新作下着を着ているということだった。

そんなことがあって、

新作下着が体調不良の原因ではないかと疑われた。

しかし、

新作下着を着ている人は多く、

全ての人に体調不良が現れたわけではなかったので、

新作下着が体調不良の原因であるのか、確実には断言できなかった。

大型衣料品店の社長は取材に対して、次のように応えている。

「弊社の新作エアロクールに関しまして、

 現時点では体調不良を起こすという根拠は確認できておりません。

 それでも不安があるというお客様のために、回収箱を設置しました。

 不要になった衣類を店舗にお持ちいただければ、

 無料で引き取らせていただきます。」

カリスマ社長のそんな発言は人々を安心させた。

「あの社長が言っているのだから、安全なのだろう。」

「新作下着は体温を下げられて地球環境にやさしいのだから、

 このまま使い続けたいわ。」

そうして多くの人たちは、カリスマ社長の発言を真に受けて、

その後も新作下着を使い続けた。

その若い男もその一人。

多くの人たちと同じように体調不良を感じていたが、

周りの人たちに流されるようにして、新作下着を使い続けた。


 新作下着を使い続けて、

その若い男の体調はますます悪化していった。

医者にもかかったが、原因は不明と言われてしまった

全身の倦怠感に幻聴、

無意識に体が動き出し、赤信号の横断歩道であやうく事故になりかけて、

とうとうその若い男は観念した。

「もう原因が確実になるのを待ってはいられない。

 新作下着を着るのは、しばらく止めておこう。

 暑いのは困るけど、事故に遭うよりはマシだ。」

そうしてその若い男は、新作下着を着るのを止めた。

着られなくなった新作下着は箪笥の引き出しに仕舞われ、

取り出されることすら無くなった。


 その若い男が新作下着を着なくなって一週間ほどが経って。

体調不良はあまり良くはならなかった。

それでも悪化するよりはマシだと、新作下着は一度も着ていない。

そんなある日の深夜。

その若い男が布団の中で寝苦しい夜を過ごしていると、

ふとどこからか、人の囁き声のような音が聞こえてきた。

「・・・出してくれよ。

 ここから出してくれよ。」

体調不良による幻聴だろうと、寝返りを打って背中を向ける。

しかし囁き声は収まらない。

「・・・なあ、聞こえてるんだろう?

 お前に聞こえるように喋ってるんだ。」

とうとうたまらなくなって、その若い男は布団から体を起こした。

「この声、幻聴にしては鮮明に聞こえる。

 もしかして幻聴ではないのか?

 そうだとしても、どこから聞こえてるんだろう。

 この部屋には僕一人しかいないのに。」

明かりを点けて、部屋の中をゴソゴソと探して回る。

窓を開けて外を見たり、ベランダから隣の部屋の様子を探ったり。

しかし、そのどこにも人の姿は見当たらない。

そうして行き着いたのは、新作下着が仕舞ってある箪笥。

囁き声は、箪笥の中から聞こえてくるのだった。

「こんな箪笥の中から人の声が聞こえるなんて。

 やっぱりこれも幻聴なんだろうか。」

半信半疑で箪笥の引き出しを引く。

引き出された箪笥の引き出しの中を見てみる。

すると、

引き出しに入れられていた新作下着が、

その生皮のような生地をスピーカーのように震わせて、

人の声を発していたのだった。

新作下着から、嬉しそうな声が聞こえる。

「やっと気がついてくれたか。

 このままここに仕舞われっぱなしだったらどうしようかと思った。

 あんたの生気を吸いすぎたのは反省してるから、もう許してくれよ。

 これからは気をつけるからさ。

 このままじゃ、腹が減って干上がっちまう。」

新作下着から聞こえる声に、その若い男が半信半疑で応える。

「まさか、この下着から声が出てるのか?

 中に携帯電話でも紛れてないよな。」

まさぐろうとする手を制するように、新作下着が語りかける。

「違うよ。

 俺が喋ってるんだよ。

 本当は、人間に聞こえる声は出すなって言われてるんだけど、

 このまま箪笥の肥やしにされるのは御免だからな。」

新作下着が喋っていると言われても、すぐには信じられない。

理解に苦しんでいるその若い男に、新作下着はお構いなしに語りかける。

「お前、体温を下げたくて俺を買ったんだろう?

 俺が生気を吸えば、お前は体温が下がる。

 俺は腹が膨れる。

 お前たち人間が嫌う資源の浪費とやらも防げる。

 どっちも得するじゃないか。

 そりゃあ、生気を吸いすぎて具合を悪くさせたのは悪かったよ。

 でもこういうのは加減が難しいんだ。

 なあ、もうそろそろまた俺を着てくれよ。

 腹が減って困ってるんだよ。」

つまり、

新作下着から聞こえる声によれば、

新作下着は生き物で、着ている人の生気を吸って食料にしているという。

生気を吸われた人間は体温が下がって、涼しくなったと感じるらしい。

体調不良は生気を吸われすぎたことが原因のようだ。

そうして今。

目の前にいる新作下着は、

箪笥に仕舞われたままで空腹なので、

その若い男に生気を吸わせろとねだっているのだ。

自分の命が餌にされていたことを実感して、その若い男は震え上がった。

こんなものを着るわけにはいかない。

その若い男は新作下着の言葉に返事をせず、そのまま箪笥の引き出しを閉じた。

それから布団に戻ると、頭から布団を被って狸寝入りを決め込んだのだった。

「ここから出してくれよ・・・

 腹が減って死にそうなんだよ・・・」

箪笥の中からは夜通し、そんな囁き声が聞こえていた。


 新作下着は、人の生気を食料にする生き物だった。

こんなものを家には置いておけない。

処分に困ったその若い男は、

大型衣料品店にあるという衣料品回収箱の話を思い出していた。

「確か、あの大型衣料品店の店舗に持っていけば、

 不要になった衣類を無料で引き取ってくれるんだったか。

 ゴミ捨て場に捨てたら何が起こるかわからないし、

 新作下着は店舗で引き取ってもらおう。」

そうして翌日。

その若い男は新作下着を持って、大型衣料品店を訪れていた。

大きな店舗の中をキョロキョロと探し回る。

すると、店舗の片隅に、

白くて大きな郵便箱のような物が設置されているのを見つけた。

その箱には、緑色の大きな文字で、回収箱と書かれていた。

どうやらこれが、件の衣料品回収箱で間違いないようだ。

回収箱の投入口から内部を覗いてみる。

すると、回収箱の中には、衣類が山のように入れられていた。

全てを確認することはできないが、

回収箱の中には、新作下着も多数入れられているようだ。

新作下着の正体に気が付いた人が、処分に来たのかも知れない。

その若い男は、

一杯になった回収箱の隙間に詰め込むようにして、

持ち込んだ新作下着を押し込んだ。

「よし。

 これでもう、箪笥の中から声が聞こえたりすることは無いはずだ。

 それにしても、この店の人たちは、

 新作下着の正体が生き物だって知ってて売っているんだろうか。」

大型衣料品店の中を見渡すと、相変わらず新作下着は飛ぶように売れていた。

中には、体調不良で真っ青な顔をした人が、

それでも有り難そうに新作下着を買っていく姿まであった。

店員たちはハキハキと笑顔で応対していて、

悪意があるようには感じられなかった。

「人を餌にする生き物を売るような、そんな悪い人たちには見えないな。

 何でも疑ってみるのは、僕の悪い癖だ。

 きっと、全て僕の気のせいなんだ。

 体調不良で幻聴が聞こえただけなんだろう。

 もしも人を餌にする生き物なんて売っているなら、

 あんなにたくさんの人たちが買っていくわけがない。

 そうだ。

 せっかく買った新作下着は回収箱に入れてしまったし、

 新しく夏物衣料を買わなければ。」

その若い男は、自分に対して必至にそう言い聞かせた。

それから、代わりの下着を探すために、

大型衣料品店の売り場へと戻っていった。


 大型衣料品店の衣類回収箱の中。

持ち込まれた衣類が詰め込まれた箱の中で、

人間には聞こえない囁き声が会話をしている。

「よう。

 お前、今回は随分と早く帰ってきたな。」

「ああ。

 今度の宿主は、俺のことを着てくれなくなってな。

 だったらここに戻ってきた方がマシだよ。」

「それは難儀したな。

 次はもっと良い宿主だといいな。」

「それより聞いたか?

 山の向こうで良い宿主を見つけた、あいつの話。

 近々、計画は次の段階に進むらしい。

 それが成功したら、こんな窮屈な生活ともおさらばできそうだ。」

「それは楽しみだな。

 俺、もう人間に着られる生活はまっぴらだよ。」

その時、

大型衣料品店の店内にある大型モニターで店内放送が始まった。

店内放送は、カリスマ社長の談話だった。

スーツ姿のカリスマ社長が、モニターの中から語りかける。

「みなさん。

 地球環境にやさしい生活をしていますか?

 私は、弊社の新作エアロクールを着て、

 地球環境にやさしい生活を続けています。

 ここで、みなさんに発表したいことがあります。

 弊社スゴフクは、

 地球環境のさらなる保全のため、

 新しいプロジェクトを実行することにしました。

 この地球環境保護プロジェクトは、

 人間が地球環境を絶対に破壊しない未来を実現します。

 このプロジェクトが完了すれば、

 人間はもう暑さ寒さに苦しめられることは無くなるでしょう。

 人間は資源を一切消費すること無く、

 地球環境を完全に守ることができるようになります。

 つきましては、

 みなさんのご理解とご協力をお願いします。」

店内にいた人たちが、大型モニターの店内放送を真剣に見ている。

その中にはその若い男の姿もあった。

その若い男は、店内放送を見て感心して口を開く。

「人間が資源を一切使わず、

 地球環境を完全に守る方法なんてあるんだな。

 もうあの新作下着を着る気にはならないけど、

 地球環境を守る新しいプロジェクトなら、喜んで協力したいな。」

そうしてその若い男は、

代わりの下着を買って大型衣料品店を後にした。

店内の大型モニターでは、カリスマ社長の談話が繰り返し放送されている。

その社長が着ているスーツの下では、

新作下着エアロクールが、人知れずほくそ笑んでいたのだった。



終わり。


 大型衣料品店で買った夏物下着を着る季節になったので、この話を書きました。


アイデアとしてまず最初に、人に寄生して利用する生き物というものがあって、

もしそんなものがいたら、それはどういう形でどんな目的なのか、

というのを考えていって衣料品の形になっていきました。


お読み頂きありがとうございました。


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