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父母参観!! 進撃のモンスターペアレント!!

「マモル君、多分このサイトが一番分かりやすく解説していると思うよ」


 トウヤ君の差し出してくれたスマホの画面に目を通す。

 そこには、分かりやすく天体について解説するサイトが表示されていた。


「えーと……テラフォーミングとは惑星や月といった天体の大気や温度、地形や生態系を地球の生命に適した環境へと人工的に変化させる行為、天体を地球化する事を言います。有力な候補は月と火星ですが、現段階ではコストや技術的な観点から実現は困難とされています。しかし、プラネット社は月の一部を独自のソウル技術で区画して囲み、その内部を居住可能にするパラテラフォーミング実験に成功したとされています。残念ながら実験の詳細は明かされていませんが、人類が宇宙で暮らせる日はすぐそこまで来ているのかもしれませんね……ほぉ、なるほどねぇ」


 要は他の星を人類が住める様に改造するのがテラフォーミングか、ゴキブリ全く関係ないじゃん。紛らわしい。


 ん? それじゃあ地球をテラフォーミングするって意味不明じゃね? 地球を地球化するって“頭痛が痛い“とか“違和感を感じる“とか“馬から落馬する“辺りと同レベルな表現じゃないか?


「ねぇ、トウヤ君。社長はもしかしてテラフォーミングの正しい意味が分かってないんじゃないかな? 顔が怖いから誤用しても周りに訂正して貰えないとか……」

「い、いや、それは違うと思うけど」


 社長実は裏で笑われてんのかな? ちょっと可哀想……


「ふざけた事を抜かすな!! 父上は意図的にテラフォーミングというワードをチョイスしたのだ!! あえての重複表現!! 誤用ではなく修辞技法だ!! いいか! つまり今の言葉には――」

「タイヨウ、私の言葉を詳しく解説するのはやめなさい。そこは重要ではない。ニュアンスが伝わればいい」


「ご、ゴメンなさいでヤンス……」


 タイヨウの奴地獄耳だな。この距離で僕とトウヤ君のヒソヒソ話がよく聞こえるよな。

 でも、タイヨウの発言のせいで結果的に社長がスベったみたいな空気になった。実は社長が嫌いなのかこいつ? モニターの先でちょっと居心地が悪そうにしてる。


「エヘヘ、社長。不勉強で浅学なアッシに、ウィッシュスターで具体的になんてお願いをするのか教えて欲しいでヤンス」


 “地球をテラフォーミングしてください“✕5かな? そんなフワッとした感じで工事を発注したら惑星達も困るでしょ。

 惑星達って施行は大雑把で設計は適当、図面も書かないし施行計画書も仕様書も提出しない……そんなイメージ、望んだ結果がお出しされるとは思えん。


 えっ、そんな事はない? 少なくとも月はアフターケアまでバッチリで顧客満足度ナンバーワン? ご、ごめんよ。偏見だった……


『まずは一つ目の願いで地球上の全ての人々のソウル、人々の心にソウルギアのイメージを差し込む。目を瞑ればソウルギアの形がありありと浮かび上がる様に。一定の水準以上のソウルギア使いにしかできない事を、全世界の人間が可能となる』

「は、はあ? 人の心にソウルギアのイメージを差し込むって……えっ、ソウルギアのCMを流すでヤンスか? 人の心に?」


 なんじゃそりゃ。確かに僕も相棒達の姿は明確にイメージできるけれど、他人に強制されたら絶対ウザいよ。

 ステマってレベルじゃねぇ。宣伝にしても迷惑過ぎないか? 動画に挟み込まれる消せない広告かよ。人類が生み出したこの世で最も邪悪な物の一つじゃん。


『コマーシャル……ユニークな表現だ。間違いではないな。そうだ、人類の心にソウルギアのダイレクトマーケティングを行う。その結果、世界中の人々が今以上にソウルギアを求める様になる。そして、人類のソウルギアを欲する気持ちは各地のソウル傾向を変化させ、やがてはこの星のソウル傾向が統一される。世界の意思が統一されるのだ』


 社長マジッスか? そこまでして自社製品を売りたいのかよ。


『人々の意思が統一されれば、地球は必ずその願いを聞き入れる。ソウルギアがもっと欲しい、ソウルギアがもっと必要、そんな人々の願いに応え、己を差し出してくれる。大量のソウルストーンを生み出す為に自らのコアの操作権を人類に委ねるだろう』


 地球のコアの操作権? 地球の核を操るつもりか……流石にそれは傲慢過ぎるだろ。


「社長、ウィッシュスターはあくまで惑星達にお願いをする為のソウルギアでヤンスよね? お前の身体を寄越せって願いを地球は聞き入れてくれるでヤンスか? それとも、地球以外の惑星の力で無理矢理言う事を聞かせるでヤンスか?」


 そんなの絶対に後でしっぺ返しを食らうパターンだよね。地球に復讐されそう。

 やはり人類は愚か、滅ぼさないと……ってな具合になる。俺は詳しいんだ。漫画やアニメ、ゲームで稀によくある。


『いや、地球は人々の意思が統一されれば、グランドクロスやウィッシュスターに関係なく人類の願いを聞き入れてくれる。それは絶対の理だ』

「そ、その根拠はなんでヤンスか?」


 言い切りやがった。物凄い自信だ。


『直接聞いたからだ。私は若き日に地球と対話した事がある。彼女は人類の選択を否定しない、母なる星は全てを受け入れる』

「…………」


 社長が急にスピリチュアルな事を言い出した。ファザーアースかよ。


 冗談は置いておくとして地球の声……確かに僕もソウルギアの声が聞こえる。ソウルギアにも意思がある。


 ソウルギアのコアが星から生まれたのならば、大本である星そのものに意思があってもおかしくはない。惑星の意思がどうたらってのは一族の関係者がよく言ってるもんな、正直今まで半信半疑だったけど真実っぽい。


 まあ、それはいい。本当かどうかは別として社長の狙いは分かった。


 要は人類をサブリミナル的なアレで洗脳するつもりなんだ。地球上の全ての人間をソウルギア大好き人間にするつもりだ。行き過ぎた悪の企業らしい健全な野望だな。


 僕個人としてはソウルギアが嫌いじゃないけれど、無理矢理に押し付けるのはどうなのって感じだ。強制されるのは人間とソウルギアのどちらにとっても不幸な事だと思う。

 ソウルギアに肯定的な僕ですらそう思う。ふざけんなって人は多いだろう。死んでもゴメンだって人も中にはいるだろう。

 何せ地球上の全ての人類を巻き込む計画……ハッキリ言えば賛同しようとは思えない。ある意味全人類に向けた侵略行為だよね。


 それに、他にも気になる事がある。こっちの方が僕達にとっては重要だろう。


「社長は五つのウィッシュスター全ての願い事をソウルギアの宣伝に使うでヤンスか? おかしくなっているコアソウルを元に戻して、中に消えた人々を元に戻してくれとは願わないでヤンスか?」


 ソウルギアのダイマなんてする前にそれを願うべきだろう。何よりも優先すべき願いのはずだ。


『それは願わない。いや、願えない。コアソウルの正常化を星に託してはならんのだよ』

「理由はなんでヤンスか? まさか、いなくなった人間はどうでもいいと? ウィッシュスターを使ってまで助ける価値はないと思っているでヤンスか?」


 そうだとしたら……軽蔑するよ社長。会社と一族の利益優先にしても限度がある。


『……順を追って説明しよう。人々の心にソウルギアを差し込むのに使用するウィッシュスターは一つだけだ。そして、二つ目の願いで地球全体のソウル傾向の固定化を願う。遥かな未来までソウルギアが栄える様に、他の惑星の力を借りて最適なソウル傾向を固定する。シン・第三惑星計画に必要な願いはその二つだけだ』


 二つしか願わない、思ったよりもコスパが良さそうだ、


『来年のグランドクロスは特別な星の配置をしている。角度の甘いグランドクロスは珍しくないが、来夏程に美しく十字を描く星の巡りが再現されるのは、この機会を逃せば十万年先まで訪れない。スペシャルカップでは人類史上最も強力な願望実現能力が発揮される。これから数万年の間に訪れるグランドクロスや惑星直列を束ねても覆せない、不可逆的な願いの力だ。だからこそ、二つのウィッシュスターだけで十分計画は賄える」


 今回のグランドクロスが強力だから二つだけで十分、しかも不可逆的な願いね。


『だが、我等以外の勢力に他のウィッシュスターを奪われた場合の保険は必要だ。ウィッシュスターの願いは、確定する前であればウィッシュスターで打ち消せる。相殺することが可能だ』


 さっきの願いを無効にしてくださいって願えるの? ややこしいな。


『つまり、我々が手に入れるべきウィッシュスターの数は最低でも四つだ。三つしか手に入らなかった場合、残りの二つを願いの妨害に使用された場合に計画は頓挫する。四つ手に入れれば敵対的勢力に渡った願いを一つ相殺しても三つの願いが残る。もちろん五つ全てを手に入れるのが理想だがね』


 ……それならやっぱり大丈夫じゃん、なにが問題なんだ?


「社長、質問の答えになっていないでヤンス。仮に五つ全てのウィッシュスターを手に入れれば、計画を成功させるのに二つ使っても三つも願いが余るでヤンス。四つの場合でも保険を抜いたとしても一つ残る。過去最高に強力な願いが叶うのになんでコアソウルを元に戻さないでヤンスか? 他に優先する願いがあるでヤンスか?」


 過去に何人の子ども達がコアソウルの中へ消えたのかは知らないが……願いが叶う権利と彼女達を天秤に掛けて、利益を優先するつもりかよ。


『危険過ぎるからだ。コアソウルの正常化を願うとは即ち、中に潜む闇を解放する事に他ならない。君もコアソウルの中を見たのなら理解しただろう。コアソウルの中には闇が拡がっている。あれこそが我等人類が打ち勝つべき世界の闇そのものだ。コアソウルは長い時を経て人々の悪意に汚染されてしまった』


 社長の発言に周囲がざわつく。そんな馬鹿なといった呟きが、信じられないといった否定の言葉がそこら中から聞こえてくる。


 コアソウルは一族にとっての要、ある意味彼等の拠り所で信仰対象っぽくもある。

 僕にとっては、ああやっぱりそういう……って感じだけど、一族の人間にとっては信じ難い真実なのだろう。

 タイヨウの奴も衝撃を受けている。聞かされていなかったのか? 流石に知ってたらトウカさんを捧げたりはしないか。


 あれが闇ね……確かにコアソウルの中は様子は酷いものだった。二度と行きたくはない、死を連想させる最悪な場所。星の欠片でソウルギアのコアが生み出される場所にしては辛気臭い。

 でも、アレは本当に邪悪な物なのか? 助けてって言ってたしな……うーん、どうなんだろう?


「闇だけを上手いこと消してくれって願えないでヤンスか? 来年のグランドクロスはべらぼうに強力なんでヤンしょ?」

『それは無理だ。惑星達は人々の願いを善悪の別け隔てなく聞き入れる。だが、可能性の否定、命の否定、確定した事象の否定は許さない。闇も人間の心とソウルから生まれた可能性には違いない。コアソウルの正常化を願えば闇を消し去るのではなく、闇を現世に移動させる事で願いが実現される』


 そうなの? 願い事って思ったよりも融通が利かないな……猿の手かよ。社長だってお願いするのは初めてだよな?


「社長、なんで言い切れるんでヤンスか? 実際に願ってみれば案外上手く行くかも――」

『十数年前の話だ。ある男が月のソウルを利用してコアソウルの正常化を願った。コアソウルの中に消えた己の娘を助ける為にな。だが、その願いは最悪の結果を招いた。コアソウルから出てきたのは彼の娘ではなく、闇の獣“ダークネスソウル・ビースト“だった。私とチームの仲間達、さらに大勢の人々の力を借りてなんとか撃退に成功した。紙一重の勝利だった。ウィッシュスターで同じ事を願えば、あの時よりも強力な闇が顕現するだろう。故に願えない、願ってはならないのだよ』


 や、闇の獣ダークネスソウル・ビーストだあ? おいおい、いい年した大人が……あっ、顔がマジだ。


 確かに社長は昔世界を救った英雄だと世間では有名だ。僕もその話を聞いた事がある。少なくともこの国で暮らしていれば誰もが一度は耳にする話だろう。

 TVで社長の特集を組まれる時は大体それが話題にされる。社長が手でろくろを回しながらインタビューに答えている映像は僕も見た。

 でも、社長が世界を救ったっていうのは当時ブイブイ言わせていた悪の組織を壊滅させた件だったはず。闇がどうこうなんて聞いた事がない。知られざる活躍なのかな……


『コアソウルに消えた者達を助ける……それは、ウィッシュスターとは別の方法を模索せねばならない。ある程度は目星は付いているが、その実現は来年のスペシャルカップが無事に終わり、シン・第三惑星計画が成就した後でなければ不可能だ。まずはこの星を完成させる。地球を人類にとって最良のソウル環境の惑星へ、真の第三惑星に固定化するのだ。人類に永遠の平和が約束された後にコアソウルの問題に取り掛かろう。だから君の力を貸してくれ田中マモル、私達と共に一族の同胞として世界を平和に導こう』


 世界を平和に導く……実に魅力的で美しい言葉だ。

 だけど、色々と疑問な点や怪しい部分も多い。聞きたい事はまだまだある。

 だが、社長は話は終わったと言わんばかりの態度。これ以上を聞きたいなら仲間になれって事か?

 社長も全てを明かした訳ではないはずだ。都合が悪くて隠した部分が絶対にあるだろう。スカウトするのにあからさまなデメリットを語る訳がない。


 どうする? とりあえず一時的に受けた振りをするか? もう少しだけ粘れば……


「小狡いわよアサヒ!! 相変わらず図体に比べてやる事がみみっちい男ね!! まったく情けない!!」


 社長の言葉を遮る様に、体育館にアホみたいに大きな声が響いた。声の主は――


「だ、誰だ!? 高貴なる社長を侮辱するのは!?」

「大きい声……うるさい……」

「むぅ? あそこだ!! モニターの上を見ろ!!」


 フィールドと観客席が、突然のドデカイ暴言に騒がしくなる。


 巨大なモニターの上に十数人の人影、どいつもこいつもピチピチのソウルバトル用のスーツに身を包み、色とりどりの仮面を被っている。


 あれは、あの恥ずかしい格好の集団は間違い無く――


「PTA!? 見覚えのない幹部まで……それに中央に居るのは噂の……」

「おいおいマモル……もしかしてPTAはお前の仲間なのか? マーズリバースがこっちに手を振ってねえか?」

「いや、違うよレイキ君、マーズリバースの中の人は個人的に知り合いだけど……」


 あ、赤神先生が隣の青い仮面に足を踏まれて怒られている。何やってんだあの人……


『久し振りだな、イ――』

「アンタに用は無いのよ!! 不愉快だから話しかけないで!!」


 デカい声の主、まるでヒーロー戦隊の様に並ぶPTAの中央で仁王立ちする黒い仮面の女が吠えた。


 うーん、理不尽。自分から話し掛けた癖に有無を言わせない。社長の知り合い?

 拡声器も使わず体育館に響き渡る大きな声を出す黒い仮面、あれは……何リバースかな? 


「さて!! 初めましてご機嫌よう!! 愛しくて可愛い子ども達!! 私達は地球のソウル環境と青少年の健全な育成が阻害されるソウルギアの危険性を憂い警鐘を鳴らす保護者と教育者の会!! いわゆるペアレント・ティーチャー・アソシエーション!! 通称PTAと呼ばれる者達です!! そして私はPTAの会長を務める“リバースムーンリバース“!! よろしくね!! 覚えてね!!」


 う、うるせえ、声がデカ過ぎる。拡声器も使わずに凄いなあの人。

 それに、リバースをリバースしたらそれはもう表じゃないの? しかも母さんと月が被ってる。嫌な予感がビンビン。


「プロミネンス・バーストォ!!」

「うわっ!?」


 タイヨウがいきなり必殺技をぶちかました。目標は僕じゃない、モニターの上の黒い仮面に向かって炎の弾丸が放たれる。


「そして――フンッ!! コラ!! ソウルシューターを人に向かって撃つんじゃありません!! 危ないじゃないタイヨウ!!」


 な!? タイヨウの燃え盛る必殺技を片手で止めやがった!? すげえなPTA会長!! ソウルゴリラか!?


「クッ、やはり防ぐか!! よくもノコノコと姿を現したな!! この場で引導を渡してくれる!!」


 うわ、顔を真っ赤にして憤怒の表情だ。社長が馬鹿にされたからって怒り過ぎじゃない? いきなり必殺技ブチかますのは流石にやり過ぎだよ……


「まあ暴力的!! 昔は優しい子だったのに!! お母さんは悲しいわよタイヨウ!! やっぱりソウルギアは子ども達に悪影響ね!!」

「黙れ!! 貴様は母親などではない!! この裏切り者が!!」


 おいおいタイヨウ……あれがお前の母ちゃんなの? 人の母親を散々馬鹿にしておいてお前の所も相当じゃん。


 やーい、お前の母ちゃんPTA♪ ピチピチスーツの過激派組織〜♪ プークスクス。


「そっか!! しばらく会えなかったから拗ねているのね!? ゴメンねタイヨウ!! でも今日はマモルに用事があって来たの!! 残念だけど構ってあげられないわ!! 寂しくても少しだけ我慢してね! 今度タップリ時間をとるから寂しくても我慢してね!?」

「ぐっ!? こ、ころ……この女は……」

「た、タイヨウ様……」


 怒りのあまりにふらつくタイヨウ。蒼星アオイが心配そうに身体を支えている。僕にとっても不穏な言葉が聞こえた気がした。


「お、落ち着け……問題無い。俺は冷静……熱くなるな……」


 ちょっと可哀想になって来たな……母親の事をいじったら殺されそう。


「初めましてマモル!! 私の名前は月読イノリ!! アナタのお母さんのお姉ちゃんよ!! イノリお姉ちゃんって呼んでね!!」

「は、初めまして……」


 あーあ、話しかけられちゃったよ……


 仮面を勢い良く脱ぎ捨て素顔を晒し、痛々しい挨拶をかますイノリ伯母さん……お姉さんはダウトだろ。

 確かに若く見えるし美人ではあるけど、母さんの姉なら間違い無く三十代、なのにあのテンションか。

 だが、テンションはともかく顔は母さんにそっくり、髪型がショートボブで短くなかったら見間違えてたかもしれない。


 つーかなんでいきなり正体をバラすの? 仮面の意味がないじゃん。世間に正体を明かさない月読家の神秘とやらはどこに行った。


「声が小さいわね!! でもトウカを助けたのはえらい!! 本当にえらい!! 褒めてあげる!! 花丸をあげる!! 良くやったわ!! 流石私の甥っ子!! ミモリの教育の賜物ね!!」

「ヘヘッ、どうもでヤンス」


 言う程は母さんに教育されて無いけど……拗れそうだから言わない。


「よし!! それじゃあ行きましょうかマモル!! ミモリが捕まった以上説得は失敗で契約は無効!! アナタはPTAで保護します!! お姉さんに付いてきなさい!!」


 い、行きたくねぇー、PTAなんてホイホイ付いて行っちゃ駄目な組織の筆頭だよ。

 でも、身の安全って意味ではプラネット社よりもマシか? いや、口振りから察するに母さんの本意っぽくはないし……グランドカイザーに捕まったって本当なのかよ母さん、無事でいてくれよ


『待てイノリ、田中マモルを勝手に連れて行かれては困る。それに、最低限の説明はするべきだ。お前はそういう所が――』

「うるさいわね!! 気安く話しかけんな!! それに説明ですって!? 説明すれば子どもに何をしても良いとでも言うつもり!? 肝心な所を誤魔化して言い包めてるだけじゃない!! そんなものは自分達を正当化する為の卑怯な方便よ!! 多少強引でも正しい道へと導く!! 正しい教育をする!! それが大人の役割よ!!」


 喧嘩が始まった……嫌な空気だよまったく、実の息子も含めた子ども達が見ているぞ? ローカル放送もされてるよ?


『その正しさが問題だ。PTAの方法は独善が過ぎる。ソウルギアがいきなり失われればどれ程の混乱がもたらされると思っている? 今の社会はソウルギアなくして成立しない』


「しつこいわね!! 散々話をしたでしょう!! その混乱は人類全体のツケよ!! ソウルギアなんて間違った方法でその場しのぎををした代償を支払うだけ!! 五百年より前はソウルギアなんて無くても人類は戦えた!! 歴史を紡いで来た!!」


 でも、話が長くなりそうなのは好都合。仲良く喧嘩してくれ。


『各地の戦いはどうする? ソウルギアが無くなれば戦線は維持出来ない。我々プラネット社がソウルギアを生産し、一族の戦士達が戦っているからこそ秩序は保たれている。確かにソウルギアがもたらす問題はゼロではない、コアソウルの運用も問題が多かった。だが、来年のグランドクロスでシン・第三惑星計画が成就すればコアソウルに依らないソウルギアの安定生産が可能になる。PTAはどうするつもりだ? 侵略を受け入れるとでも言うのか?』


 自分達のボスと奥さんの喧嘩を聞かされるのは気まずいだろうな……下手に口出しも出来ないだろうし。


「受け入れる訳ないでしょう!! ソウルギアに使われていたソウルが解放されれば!! この世界に再びソウルが満ちる!! 低級の魂魄術でも実戦で通用する水準にね!! ソウルギア社会の水面下には大勢の魂魄術復権派が潜んでいる!! ソウルが満ちれば彼等は喜んで脅威と戦うわ!! そもそもソウルギアによるソウルの独占が終われば戦いの理由なんて半分以上が無くなる!! 今さら何を言ってんのよアサヒ!! 互いの主張なんて分かりきっているでしょう!!」


『話を聞かせる為だ。今のがプラネット社とPTAの考え、それを知らないで判断するのはフェアじゃない。さて、田中マモル。今の話を聞いてどう思う? プラネット社である私の誘いと、PTAであるイノリの誘い、君はどちらを選ぶ? 答えが欲しい』

「は、はい!?」


 え!? 何が!? 何を!? 


「あっ!? 相変わらずやり方が卑劣ね!! マモル!! 惑わされちゃ駄目よ!! 大人しく私に付いてきなさい!! そんな木偶坊の言う事は無視するのよ!!」

『君ほどのソウルギア使いなら分かるだろう。この世界にはソウルギアが必要不可欠だと理解できるはずだ』


 あっ、どっちに付くか選べって話か。

 もっと分かりやすく喧嘩してくれないと分かんないよ。小学生でも理解できる様に、噛み砕いて簡潔に説明してくれ。


「い、今の話だけじゃよく分からないでヤンス。PTAの目的についてもう少し詳しく話を聞かせて欲しいでヤンス」


 PTAに着いていくつもりは無いけどね。理由はありそうだが、人のソウルギアを奪ったり破壊する様な集団だ。到底受け入れられない。

 僕は母さんの事は信じたけど、PTAという組織そのものを信じた訳じゃない。赤神先生は……まぁギリ信じてあげてもいい。


「PTAの戯言に耳を貸す必要は無い!! 大人しく父上の慈悲を受け入れろ田中マモル!!」


 おっ、ようやく僕が母さんじゃないって認めたかタイヨウ。でも偉そうだから……駄目だぞ♡


『話してやれイノリ、そうすれば田中マモルも納得するだろう。選ぶべき道がな』

「はあ? そうやって自分の寛大さをアピール? 指図しないでちょうだい。あと、その顎髭伸ばしたの似合って無いわよ」

『……』


 あっ、社長がちょっとヘコんでる。各々が好き勝手言う家族だなコイツ等。


「まあ確かに最低限の説明は必要ね。でもマモル、一つだけ条件があるわ」

「じ、条件? それはなんでヤンスか?」


 一体何を要求するつもりだ? 説明を聞くからには着いてこいよって言うつもりか……


「ヤンスを使うのは止めなさい。そうすれば教えてあげる。私はヤンスとかゲスとか使う奴が大っ嫌いなの。あの手の輩は裏切り者で卑怯者って相場が決まっているのよ」

「あっ、はい。分かりました」


 へ、ヘイトスピーチでヤンス……

 いやいや、ヤンス使いやゲス使いにも立派で良い奴はいるだろ。僕とかビリオ君とかね。個人的な偏見がすぎるぞ叔母さん。

 まあ、別にそこまでヤンスにプライドは持ってないから従うけどさ。


「よし、じゃあ時間をかけたくないから簡潔に教えてあげる。移動中に聞いてたけど、アサヒが語ったソウルギアの歴史は意図的に都合の悪い所を隠しているわ。月読イザヨと彼女に賛同した者達がソウルギアを生み出したのは嘘じゃない。だけど、その同志っていうのは今プラネット社でデカい顔している一族だけじゃなかった。惑星の一族は月読イザヨが月に消えた後に自分達以外の同志を欺き裏切り、コアソウルを独占した卑怯者達よ。そのせいで今でも彼等との争いは続いている」


 へぇ、色んな奴等が集まればそういう事もあるのか。カリスマリーダーがいなくなって残された奴等が仲間割れね。


「仲間を裏切ってコアソウルを独占……戦いが続いているのって五百年間ずっとですか?」

「そうよ。ソウルギアは当初は十数種類あった。月読イザヨに感化された者達が、己の一族がもっとも得意とする魂魄術を誰でも操れる様に、それぞれ特色のあるソウルギアを作り出した。それなのに生産の要であるコアソウルを惑星の一族が独占して、五種類のみが世間には普及した。だから争いになったのよ」


 それは怒るだろうけど、五百年も争う程か?


「そんなプラネット社が遂には地球のコアまで独占しようと企んでいる。実現すればそこそこの小競り合いで済んでる今の状況は一変するわね。彼等は死物狂いで反旗を翻す。彼等は己達の誇りと未来を勝ち取る為に本気で戦争を始めるでしょうね。今の陰でコソコソやってるのがお遊びに思える様な全面戦争が始まる」

「せ、戦争が始まる……」


 おいおい、それは洒落にならないだろ。

 プラネット社はどうするつもりなんだろう。迎え撃って決着を付けるつもりなのか?


「分かったでしょう!? シン・第三惑星計画なんて許されない!! その点、私達PTAのオペレーション・ソウルリバースは地球に優しくエコロジーで平和的よ!! ウィッシュスターで全てのソウルギアのコアに星ヘ還れと願う!! するとどうなると思う!?」

「えっと……ソウルギアが動かなくなる?」


 ソウルギアはパーツだけでは動作はしない。コアは彼らにとって動力源で心臓で脳、コアこそがソウルギアの本体なのだから。


「その通り!! そしてソウルギアが無くなれば!! 争いの根本の理由は無くなる!! ソウルギアのせいで低下していた地球のソウル濃度も元に戻る!! その後で再び彼等や魂魄術を操る者達と力を合わせて闇を打ち倒せばいい!! 地球のコアを操ったり人々の心を強制なんてしない!! 人類は自らの意志の力で困難を乗り越える!! 道具を使わずに己の肉体とソウルでね!! 完璧な計画よ!! 理解出来た!?」


 いや、さっぱり分からんぞ?


 急に話が飛んでいる気がする。因果関係がいまいち分からん。ソウルギアが無くなるとなんで争いの理由が無くなるの?

 それに、五百年も争ってた相手と急に力を合わせて戦うのは難しい気が……


「えっと、もう少し噛み砕いて説明してくれませんか? いまいち意味が――」

「説明はお終い!! これ以上ぐだぐだ話すと面倒な奴が来るわ!! あまり時間をかけたくないの!! 取り敢えずは大人の言う事を聞きなさい!! 今は分からなくてもそれが正しいの!! 行くわよ皆!! マモルとクリスタルハーシェルを確保します!!」

「えぇ!? 無理矢理じゃマモル君に嫌われちゃいますよぉ!?」

「お黙りマーズリバース!! いいからやるわよ!! 正しい教育ってのは時に子どもに嫌われる物なの!!」


 おいおい、話の通じない人だな。いきなり実力行使かよ?


『……仕方がない。タイヨウ、田中マモルをPTAに渡すな』

「承知しました父上!! 行くぞ!! PTA共を迎え撃つ!!」


 場の緊張感が高まる。話し合いから戦闘へと空気が急激に変化する。


 母親を睨み付けて今にも飛び出しそうなタイヨウ、不敵に笑うイノリ叔母さん。

 フィールドと観客席の者達もソウルギアを構え出す。モニターの上に並ぶPTA達も各々がソウルギアを取り出した。


 どうする? 場の混乱に乗じて逃げ出すのは……難しいだろうな。僕達はフィールドの中央なので囲まれている。戦闘中でも流石にあからさまな隙は出来ないだろう。


「……マモル君、どうする?」


 トウヤ君が強張った雰囲気で尋ねてくる。


「もう少しだ。もう少しだけ様子を見ようトウヤ君」


 そうすればきっと――


「みんな、争うのはやめよう。せっかく集まったんだ。もう少し話をしようじゃないか」


 突如、穏やかな声が体育館に響き渡る。


 そこまで大きな声ではない、隣にいる友人に話しかける様な声量だ。

 なのに、体育館全体に声が満ちる。突然響いた謎の声に場の空気が戦闘から警戒へと変化する。

 

 そして、僕は――


「ま、マモル君!?」


 聞き覚えのある声、あまりの衝撃に思わずふらついて倒れそうになる。そんな僕をトウヤ君が支えてくれた。


 お礼を言いたいが、ちょっとそれどころでは無い。


 なんで? ……えっ、なんで?


「チッ!! 足止めしたのにもう来やがった!! 腹立つわね!! 新しい発明!?」

『フッ、来たか』

「この声は……」


 足止め? 社長もしたり顔だ。それはつまり……


「アサヒとイノリが語ったのとは別の道を提案したいんだ。この場の子ども達全員に聞いて欲しい。過去と未来の話をしよう」


 僕達の居るフィールドの中央。そこから少し離れた一角が空間ごと歪む、風景が捻れていく。

 これは……転移装置と同じ歪みだ。黒い影の様になったフィールドの一角から声の主が出て来る……一人じゃない?


「その通りだぁ!! 話を聞けぇい子ども達よぉ!!」

「ありがたく噛み締めるがいい!! そして目を覚ますのだぁ!!」

「我等が示す道こそ真の未来!! 在るべき地球の姿じゃ!!」

「愚かなるプラネット社!! PTAの原始人共も黙って聞けぇい!」


 先頭を歩む穏やかな声の主と、後ろでやかましく騒ぎながら歩いてくる仮面を被ったジジイが四人。

 空間の歪みから出て来たのは五人、全員が白衣を着ていた。


 ジジイ共の内二人は懐かしい顔、玉造博士と独楽造博士だ。残りが噂の糸造博士と道造博士と見て間違い無いだろう。あんなアホな格好をしたジジイが他に居るはずがない。


「ふ、札造博士? 何故アナタがこの場に……それに、後ろの老人達は……」

「フフッ、タイヨウ。今日の私は札造博士とは別の立場でやって来たんだ」


 タイヨウに札造博士と呼ばれた白衣の女性。あれが場に響いた穏やかな声の主だ。


 抜群のプロポーション、長く美しい黒髪を後ろで束ねた女博士の左腕はギプスに包まれ、サポーターで吊られていた。


「学園の生徒以外は初めましての人が多いね。私は札造博士を襲名したソウルギアマイスター、蒼星ナミネだ。普段はプラネット社でソウル傾向に関する研究に加え、蒼星学園で教師を務めている」


 優しげな笑みを浮かべながら自己紹介を始める白衣の女……随分とご機嫌だなぁ!?


「だが、その肩書や名前は借り物で偽りなんだ。同僚や生徒達にはこの場を借りて謝罪しよう、申し訳ないと思っている」

「嘘だ……そんなはずが……」

「タイヨウ様!? しっかりしてください!?」


 視線の先で、何故かタイヨウが物凄いダメージを受けている。ほんのりシンパシー。


「私の同志である博士達が運営するBB団、SS団、CC団、EE団。君たちが悪の組織と呼ぶ彼等の真の名は“解放戦線ブルーアース“。この星に真の青さを取り戻す為に活動している」


 や、やめて……お願いだから……


「そして私はブルーアースを束ねる者、地球の声を聞く者グランドカイザー……フフッ、つまり悪の組織の親玉だね」


 ううっ、やめてくれ……これ以上は……


「ここまで来たら隠すのは卑怯かな……私の本名は田中ダイチ、そこに居る田中マモルの父親でもある」


 何も聞きたくねぇ……何も見たくねぇ……



「マモル、迎えに来たよ。父さんと一緒に行こう、母さんとマモリも待っている」

「ブッ殺すぞ」


 胸と筋肉痛の痛みに堪え、羞恥心に身を震わせながら中指を立てて返事をする。


 このクソ親父が!! お前マジでふざけんなよ!? やっていい事と悪い事があるぞ!?


 何をやって……本当に何やってくれちゃってんの? 馬鹿なの? 本当に馬鹿だろアンタ?

 一応は抱いていた僕の父親に対する尊敬の気持ちを踏みにじりやがって!! もう二度と洗濯物は一緒に洗わねぇ!!


 百歩譲ってさぁ、悪の組織の長はギリギリ許容できるけど……なんで女教師ルックで登場すんだよ!? 

 誇らしげに登場してんじゃねえぞ!? 縦セーターとタイトなミニスカート履いておまけに黒いパンストと白衣だと!? ナイスバディしやがって!! それが息子を迎えに来た父親の姿かよ!? 


 もう嫌……マジ無理……助けてみんな……




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