八.四大勇者
レイがその刺突に反応出来たのは、勇者パーティの一員として日々魔物と戦っていた経験からだった。
背後へ身体を旋回させると同時に横へ凪いだ魔剣がエルフの騎士――ガルシアのレイピアから放たれる刺突を打ち払い、レイの背中を狙った迎撃を回避する。
「ほぅ。オレの初撃を躱すか。ならばこれならどうだ」
(成程、速いな)
族長のお付であるエルフだけあって、里一番の実力は間違いないらしかった。華麗なステップで素早く旋回しつつ、左右から繰り出される刺突。レイへ攻撃の隙を与えない。
「おいおい、その黒い剣と鎧は見かけ倒しか? そんな禍々しい剣はオレが砕いてやるよ!」
漆黒の魔剣でエルフの連撃を払いつつ、彼の動きを具に観察する。素早いステップと刺突には恐らく風属性のスキルに派生する力が籠めてある。攻撃スタイルはヒットアンドアウェイだが、左右への高速移動を絡める事で、確実に死角から急所を狙って来る。
「成程。理解したよ」
「お前が負けるという事実をか?」
これまで防戦一方のように見えるレイだが、確実に相手を仕留める術を計算していた。ルシアと契約する前は、大盾で敵の攻撃を受け、大剣で反撃するスタイルだったが、今はどちらも持ち合わせていない。
しかし、彼には、闇精霊ルシアの力で顕現させた漆黒の鎧と魔剣、そして、あのスキルがあるのだ。
「守る戦いは……もう止めだ」
「そうか。ならばアンの事は諦めろ! 【風属性スキル】――疾風の刺突衝」
レイピアに周囲の風が収束し、一瞬で間合いを詰めたガルシアの一撃がレイの身体を貫く。あまりに一瞬の出来事。誰もがガルシアの一撃は、レイの身体を貫いたと思ったのだろう。決闘を見守っていたエルフの女の子達からも悲鳴があがる。
「なんだ……これは……!?」
目を見開き驚いたのはレイではなく、ガルシアだった。彼のレイピアは確かにレイを纏う漆黒の鎧へ突き刺さっていた。しかし、レイピアはまるで何者かの腕に掴まれたかのように、レイの身体を貫通する事なく、漆黒の鎧に刺さったまま。
「教えてやろうか?」
それまで目を閉じていたレイがゆっくりと紅い瞳を開き、口角をあげる。彼が放つ闇闘気が妖しく揺らめき、全身を押し潰さんとするかのような空気にガルシアが戦慄する。
「くそっ……動けない……!?」
「【死属性スキル】――死喰魔装」
レイピアの先を掴んでいた漆黒の闇が蠢き、刀身を呑み込んでいく。闇はガルシアの腕へと到達し、柄を握る腕も身体をも動かせない。ガルシアの手足を覆っていた風の膜のようなものが可視化され、蠢く闇を通じてレイの身体へと取り込まれていく。
「俺を覆う漆黒の軽鎧は、闇精霊ルシアの闇闘気で出来ている。あんたの扱う力は、己の魔力から創り出した風属性の中級スキル。視る時間は充分あった。からくりが分かってしまえば、俺のスキルで魔力ごと取り込める」
「オレの力を……取り込んだだと!?」
既にガルシアは立っているのがやっとだった。仮に動けたとしても、魔力を奪われ、彼のスキルが通じなくなった今、エルフの騎士に最早勝ち目は残っていないのだ。
「心配するな、命までは取らないよ。――終わりだ」
蠢く漆黒の闇がレイの軽鎧へと還っていく。ガルシアの身体が拘束から解放されると同時、レイは魔剣でエルフの体躯を斬りつける。片膝をつき、傷を押さえたままレイを見上げるエルフへ向かってひと言。
「アンは俺が連れていくぞ」
ガルシアが倒れると同時、エルフを心配する悲鳴と、少年の眼差しに興奮している黄色い声が広場に木霊し、すぐに決闘を見守っていた族長が駆け寄る。
「勝者――レイ殿」
試合終了の合図をする族長。待機していた救護役らしき白いローブを着た女性エルフ達が倒れたガルシアを運んでいく。運ばれていく彼の様子を静かに見つめるアン。
こうして、里一番の強さを誇るエルフ――ガルシアとの決闘に勝利したレイは、アンを連れていく事となる。
◆◇◆
ガルシアを倒した事で一躍有名人となったレイは、この日、里を歩くだけで美人のエルフからの熱い眼差しを浴びる事となり、その日の夜の食事は女性陣に囲まれるわ、男性陣エルフに肩を掴まれ気に入られるわ、まるで宴会状態であった。
「レイ殿、よろしいか?」
「どうした族長?」
宴会を終えた後、族長より呼び出されたレイ。松明の火が風に揺らめく音のみが鳴る静かな部屋で、族長はゆっくりと彼に話し始める。
「アンはな。幼い頃、当時住んでいた村が魔物に襲われての。母親を亡くし、妹と生き別れになったんじゃ。母親は、精霊女王の意思を継ぐ、それはそれは美しい巫女じゃった」
「そうだったのか」
「アンの母親を知っていた儂が親代わりとしてアンを引き取り、巫女として大切に育てて来たのじゃ。あの娘はそんな運命を背負いつつもいつも明るく気丈に振る舞い、エルフの巫女として育って来たのじゃ」
「そんな大切な子を、俺が連れていってよかったのか?」
里にとっても大事な存在であるアンを何故族長がレイへ預ける決心をしたのか。それが気になっていたのだ。
「儂等エルフの里に住むエルフには精霊の力を正しく導くという使命があるのじゃ。精霊女王からのお告げがあったのじゃよ。レイ殿。もしも四大精霊の力を私利私欲のために使い、精霊を苦しめている存在が世界に居るとしたら……お主ならどうする?」
「……!?」
レイの脳裏に火精霊イフリートの力を剣に纏わせ、傲慢に振るう赤髪の勇者――グラシャスの映像が浮かぶ。
「もし俺がそいつと相対する事があるとすれば……止める可能性は高い」
「例えそれが四大勇者であっても……か?」
四大勇者――火、水、風、土、各精霊の力を手に入れ、各国に認められた勇者。冒険者ランクにしてSランク――たった一人で国家規模の戦力を誇ると言われる実力者達だ。
暫しの沈黙。松明の灯りが再び風に揺れ、レイの影が一瞬揺らめく。
「族長は俺の事……どこまで知っている?」
「フォーフォッフォッフォ! 禁則事項ぞよ。じゃがまぁ……精霊の近くに居た存在なら、儂は昔から常に監視しておるがの」
精霊の近く……つまりはイフリートと契約していたグラシャスと行動を共にしていたレイの存在を、もしかしたら族長は最初から認識していたのかもしれないのだ。レイの中で咽喉の奥の痞えが取れた気がした。
「俺は俺の信念のまま、行動するのみだ」
「それなら安心ぞよ。お主の脳裏に浮かんでおる勇者ともう一人、精霊を縛っておる勇者がおるぞよ。お主の目的とは違うかもしれんが、そやつと接触する事があったなら、止めて欲しい」
族長自ら頭を下げる。闇精霊と契約し、復讐を誓ったレイ。闇騎士となった今、族長からの申し出を断る理由は彼になかった。
「止める相手が一人だろうが二人だろうが大して変わらない」
「よろしく頼むぞ、レイ殿」
こうして、風の国――エルフの里にて、族長とレイとの間に密約が交わされる。この密約が後に国家を揺るがす大きな事態に発展していくとは、レイ自身想像もしていなかったのである。
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