五十二.ルンの真実
エルフの弓使い――ルン。
彼女の本名は、ルン・エルメシアン・ディア。そう、アン・エルメシアン・ディアの実妹だった。
アンとルンは幼い頃よりいつも一緒に居た仲の良い姉妹だった。
だが、そんなエルフの姉妹に悲劇が訪れる。当時住んでいた小さなエルフの村が魔物に襲われたのだ。このとき魔物が村を襲った理由。それはアンの巫女としての力を手にする事だった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」
「ここに居れば……大丈夫よ……ルン」
その瞬間、轟音と共に彼女達が身を隠していた小屋の壁が吹き飛んだ。巻き起こった風に吹き飛ばされるアンとルン。
「こんなところに居たのか。エルフの巫女の子よ」
このとき魔族が見つけたエルフはアンではなく、妹のルンだった。アンは吹き飛んだ際に崩れた瓦礫に埋もれた状態になっていた。
「た、助けて……お」
そこまで言いかけて、ルンは口を閉ざした。幼いながらに今、姉を呼ぶと、姉まで殺されてしまうと思ったのだろう。ルンは恐怖に脅えつつも、この日、心を閉ざしたのだ。
「さぁ、お前は今日から魔族の子として育てられるのだ。ブネリ様に感謝するんだな」
(ルン……ルン……!)
その場でアンは気を失ってしまう。こうして、生き別れになった姉妹。
ルンは魔族に攫われ、魔族の国で育てられる事となる。心を閉ざしたエルフは、己の過去に鍵をかけ、生きるために戦う術を学んでいく。
魔族長ブネリは、彼女が本物の巫女ではないと気づいたが、秀でた魔力と感情を殺して仕事を熟す才能を見抜き、彼女を傍に置いた。
そして、その時はやって来る。
「ルン。火の国、火の勇者グラシャス。こいつに取り入り、此処へ連れて来い。こいつは魔属性の妖気がよく馴染みそうな顔をしている。魔物に襲われているフリをして、仲間にでもなればいい」
「……承知」
こうして火の国西の森で魔物に襲われていたところをルンは助けられ、計画通り、グラシャスの仲間になったのだった。全てはグラシャスをブネリの下へと連れて来るため。
まんまと魔族から提示された悪魔の取引に、グラシャスは応じる事となる。
紅蓮の剣に仕込まれた炎の魔封石は、その妖気から周囲にも影響が出る魔のアイテムだった。人間の欲を増幅させるアイテムは、あの純粋な聖女マーサでさえ、取り込んでしまったのである。
◆◇◆
アンとの再会により、記憶を取り戻したルンは、真実をレイへと告げる。
「わたしが黒幕。だから、マーサではなく、レイはわたしを殺すべき」
「ルン……お前」
弓を捨てた状態で両手を広げるルン。しかし、横に佇むアンはゆっくり首を振る。
「大丈夫、ルンは心から闇には染まっていない。わたしには分かるもの」
「そんなことはない。わたしは魔族に育てられた悪魔の子。グラシャスを闇に堕とし、レイを裏切った」
「そうだな、ルン。お前は俺を裏切った。だが、お前を縛っていたブネリはもう居ない。違うか?」
「それは……」
ルンを攫ったブネリをレイは倒したのだ。一瞬、抑揚のなかったルンの表情が和らいだように見えた。
「ルン、あなた。本当はグラシャスをブネリの下へ連れて行く事が目的……ではなく、彼が闇を制し、魔族長を殺してくれる事を望んでいたんじゃない?」
「お姉……ちゃん」
本心を射抜かれ、茫然と立ち尽くすルン。本来、人間の勇者は魔族を倒す存在。魔族長の存在を知る事によって、勇者が闇に呑まれる事なく魔族長を討伐してくれる可能性もあったのだ。
心を閉ざしつつも、彼女が魔族の国で生き抜く事が出来た理由。もし、勇者が魔族長を倒してくれたなら、自分は解放される。そう、彼女の本当の目的は、自らの自由を奪ったブネリへの復讐だったのだ。
ゆっくりと息を吐いたルンは、レイとアンへ想いを告げる。
「グラシャス、マーサと罪を償います」
麻薬密売組織とのパイプ役。奴隷市場への奴隷の斡旋。火の国に潜む闇を陰で牛耳る行為。更には魔族に育てられた中で、ルンは人間の冒険者を襲った事もあったのだ。
「ルン……でも……」
「ありがとう……お姉ちゃん。お姉ちゃんにもう一度逢えただけで、私は幸せ」
正気を取り戻したルンは、ようやく微笑んだ。
「おや~、おやおやぁ~~、魔族の闘気が消失したって事は、戦いが終わったって事だよねっ!」
「レイ、アン! 無事か!? 怪我はないか!? 地下に転移魔法陣を見つけた。シルフによると、人間の国に繋がっているようだ。移動して回復を……!?」
側近とビーンとの戦いを終え、土の勇者ポポロンと風の勇者リーズが部屋へと入って来る。地に伏すグラシャス。気を失ったマーサとエルフのルン。魔族長の部屋に居る筈のない者達。そして、ポポロンとリーズは、地に伏した人物が火の勇者――グラシャスであると気づく。
「あれ……こいつもしかして、火の勇者だよねっ?」
「おい……そこのエルフ。グラシャスの仲間だな……」
「はい、そうです」
状況を察したリーズが大太刀を構え、ルンが敵意はないと両手をあげる。レイが二人の間へ割って入り、
「事情は後で説明する。それよりリーズ、転移魔法陣があったのは本当か?」
とリーズへ尋ねる。
「その転移魔法陣は、私達の家の地下に繋がっている。その部屋の隣に回復用の魔法陣もある。回復ならそこですればいい」
「お前達の家だと?」
レイの質問へ代わりに答えたのはルンだった。しかし、ルンの発言は、魔族と自分達が繋がっていると自白したようなもの。ポポロンとリーズが武器を構えようとしたため、今度はアンが間に入るのだった。
「と、とにかく……。そこで回復させましょう。事情は後で説明しますからっ!」
気絶はしていなかったものの、戦いを終えたレイも闇闘気を使い果たし、満身創痍だった。気を失ったマーサはさておき、レイに蹂躙されたグラシャスは、このまま放っておけば死んでしまう事は必至だった。
マーサとグラシャスを運び、回復用の魔法陣で応急処置をしたあと、レイ達は、転移魔法陣で火の国へと移動する。そこは奇しくも、レイがグラシャス、マーサ、ルンとパーティの一員として共に生活をしていた家の地下だったのである。




