四十六.バニーとドワーフ、真の力
紅く染まった無数の刃が何もない空間に顕現し、リーズへと襲い掛かる。
が、刃が彼女に届く事はない。大太刀を振るい巻き起こる風を自身の周囲に纏う事で刃を弾いているのだ。
「【風属性スキル】――瞬転、旋風!」
リーズの姿が地面を蹴った瞬間消失、刃を放とうとしていたグレモリーは既に斬られていた。女悪魔の肩口と脇腹から紫色の液体が飛散する。
「へぇ~。今のは見えなかったわね」
「あんた、魔族長の側近なんだろ? この程度じゃないよな?」
「ええ、もちろん。今までは準備運動よ?」
グレモリーが左手を天上へ向け、振り下ろた瞬間、上空よりナイフが降り注ぐ。リーズが大太刀を振るい、弾き飛ばした時には、眼前に上級悪魔の右手を変化させた刃。互いの力がぶつかり合い、両者反動で一旦距離を取る。
そして、リーズが後方へ下がったその時、彼女の足許が爆発した!
「なっ!?」
「言ったでしょう? 今までは準備運動だって」
(グレモリーは何もしていなかった。いま爆発したのは……そういう事か)
地面に突き刺さっていた深紅の刃。無数のナイフが紅く光った瞬間、全て小爆発を起こしたのだ。リーズは高く飛び上がり、爆発を躱すも、グレモリーが何もない空間から放つナイフが既に飛び上がった彼女へ迫っていた。
「カザミドリ・序――風黄泉乃太刀」
「へぇ~。空中でも技が放てるんだ?」
飛び上がった体勢から旋風を起こし、ナイフを飛ばす。しかし、地面には紅いナイフの地雷原。安全地帯へ逃げ込むも、そこを狙って降り注ぐ刃。爆発を回避出来ずに被弾したリーズの脚から血が滴り落ちる。
「ふふふ~。どう? わたしの血に染まる深紅の刃。昔はこの刃で真っ赤な花を咲かせて人間の街を殲滅したものよ~?」
愉悦の籠った表情で昔語りをするグレモリー。しかし、上級悪魔には隙が無い。高速移動によるリーズの一撃を警戒しているのか、攻撃の手を緩めないのだ。安全地帯を奪われた風の勇者はじわじわと追い詰められていく。
「へぇ~。もう終わり~? 風の勇者って言うからもっと期待していたんだけど?」
「誰が終わりと言った?」
爆発を受けて片膝をついていたリーズが顔を上げた瞬間、強力な風が彼女の身体から放たれる。上級悪魔は纏う妖気で防御するも、既にリーズはその場から消失していた。
「どこ? どこに消えたの?」
周囲を見渡しても彼女の姿が居ない。すると目に視えない風の刃がグレモリーの腕を引き裂く。気配すら感じない攻撃。妖気を纏っている筈の上級悪魔の身体を軽々と斬り裂いていく真空の刃。ゴシックドレスが引き裂かれ、悪魔の肌が露出していく。今まで余裕の表情だった上級悪魔が初めて焦りの表情を見せる。
「姿を消すなんて卑怯よ! 出て来なさい小兎!」
「――私は一切姿を消したつもりはないんだけどな」
「んなっ……なんですって!」
リーズの声がした方向。それは、エントランスホールの高い高い天井付近。全身バニースーツの勇者は背中から天使のような白い双翼を生やし、空中へ浮かんでいた。
「何を驚いている? 私は風の勇者だよ? 空も飛べるくらい想像出来るだろ?」
「くっ! 嘗めんじゃないわよ!」
上空へ浮かぶリーズへ向けてナイフを飛ばすグレモリー。しかし、ナイフを飛ばした時には既に彼女の身体は引き裂かれていた。飛散する紫色の液体。激昂するグレモリー。
「精霊術、【風属性スキル】――風精霊の天身」
「――!?」
「この技は普段抑えている風精霊の力を一部開放する事で発動出来る」
声のした方向へナイフを飛ばしても、そこに風の勇者の姿はない。自在に空間を高速移動し、グレモリーを刻みつつ、リーズが解説を続ける。
「風精霊の力によって顕現した天使の翼は、更なる高速移動を実現する。そして、私が通った後、纏った真空の刃により、あなたは斬り刻まれる事になる」
「こんな! こんなの許さないわ!」
突き刺さったナイフ、空中へ飛ばしたナイフ。空間に顕現させた紅い刃を次々に爆発させるグレモリー。しかし、リーズにとってはあまりに遅い、全てが止まって見えるかのような攻撃だった。
「残念だが、あんたの攻撃は全部見えている」
「じゃあこれならどう、血塗られた妖気。わたしを包む熱い妖気に当たったものは溶けてしまうわよ? そんな微風じゃあ、わたしのこの技は破れない」
これぞグレモリーの秘策。刃が通らなかった相手に発動する絶対防御。濃厚な妖気は人間にとって天敵。今までもこうやって彼女は強い相手も蹂躙して来たのだ。
「勘違いしているようだから教えてやるよ。私はこの翼を出してから、一度も大太刀を振るっていない」
「え?」
グレモリーが気づいた時には彼女の身体は真っ貳になっていた。上半身がスライドし、地面へと落ちていく。自身がどうやって斬られたのか認識する間もなく、上級悪魔グレモリーは倒されるのだった。
「カザミドリ・急――終焉、隼」
彼女が大太刀を納めた時には既に、戦いは終わっていた。グレモリーは間違いなく上級悪魔の強さを誇っていた。しかし、相手が悪かったのだ。
◆◇◆
「シネェ~シネシネシネェ~~」
魔物化したビーン。怒りに任せて異形の口より放たれる妖気砲。しかし、単調な攻撃のため、ポポロンはハンマーを持っているとは思えない軽快な動きで躱し、ビーンとの距離を詰めていく。
中庭は既に地形が変わっていた。地面は隆起し、視界も遮られていく。ポポロンは、大胆かつ着実に、自我を失ったビーンを追い詰めていた。
「これはマロンの分だよっ!」
ハンマーによる強烈な一撃。腕を交差させて防御したにもかかわらず口から血を吐き出すビーン。それだけポポロンの攻撃力は凄まじいものだった。
「さぁ、次はドロップの分行くよっ!」
「あが、あがががが。うごぉおおおおお!」
ポポロンが次なる一撃を放とうとしたその時、突然ビーンが苦悶の表情となり、血走った瞳をグルグルさせ、口から涎を垂らし、地面に転がりのたうち回り始めた。
「おっとっと。ちょっと、大丈夫? 君」
ポポロンが打ちおろそうとしたハンマーを止めた瞬間、ビーンの全身から目に視える妖気が放たれ、ポポロンが吹き飛ばされる。土煙で視界が遮られる中巨大な腕が伸び、彼女の身体より何倍も大きな掌が、土の勇者を壁へ叩きつけた!
「っと……びっくりしたぁ」
ハンマーで衝撃を和らげたポポロンだったが、土煙が収まった場所には体長五メートルはある巨大な異形が立っていた。六本の腕が一気に伸び、土の勇者を押し潰さんと迫る!
「土属性スキル――土隆障壁だよっ!」
地面へハンマーを叩きつけ、土壁を創る事で巨大な腕から身を守る土の勇者。しかし、壁は一瞬にして崩され、続けて放たれる先程より何倍も強力となった妖気砲にポポロンの身体が吹き飛ばされてしまう。
「いやぁ~すごいねっ! ボクを吹き飛ばすなんて、中々出来ないよっ。……かはっ!」
どうやら内臓を痛めたらしい。口から血を吐き出すポポロン。土壁によって巨大な腕を躱しても、妖気砲がある。そもそも回避しつつ近づこうにもリーズほどのスピードが彼女にはないのだ。
ビーンが巨大化した事で、戦況は逆転……したかに見えた。
「シ……シネェ~~!」
「もう~~しょうがないなぁ~普段はあの子シャイだし、家が壊れるから呼び出さないんだけど、今日は誰も居ないし、いいよね?」
ポポロンがそう呟いた瞬間、彼女の全身が黄色い光を放つ。妖気砲が弾かれ、黄色い光がだんだんと彼女の背後で巨大な何かの形を成していく……。
【お呼びですか、ご主人様】
「土精霊。出番だよっ! 金剛合体だよっ!」
それは例えるなら大地を護る黄金の巨人。ビーンと同じ大きさの全身黄金色の巨人。そして、胸の当たりに空洞が出来、ポポロンが吸い込まれていく。ノームと彼女が一体になった瞬間、土精霊の瞳孔が黄色く光り、黄金の巨人が此処に顕現した――




