三十六.水の勇者ロイドの実力
レイの剣戟とロイドの槍撃が激しくぶつかり合う。
ロイドが槍を突き出したところをレイが剣で捌き、槍を引いたタイミングで距離を詰める。しかし、ロイドも水流の壁を創りレイの魔剣を弾き返す。
「水の勇者ロイド、この程度かい?」
「風の国を襲った魔族長を倒した銀髪の暗黒騎士。ビーンから話は聞いていたよ。でも、この程度の剣戟じゃあ僕を止める事なんて出来ないよ?」
暫く刃を交えて対話を交わしたところで、水の勇者が動きを変える。槍から水流を巻き起こし、その勢いで宙へ舞い上がる。空中より槍先を地上に居るレイへ向け、言葉を紡ぐ。
「精霊武技――水槍連弾!」
刹那、地上目掛けてロイドの槍先から水の刃が無数の弾丸となり、レイへと降り注いだ!
「レイ様!」
後方より戦況を見守っていたアンが叫声をあげる! 水刃による衝撃で土煙があがり、レイの姿が見えなくなる。
「ふっ、一撃か。呆気なかったな」
この時ロイドは、レイの身体は水の刃により全身を斬り払われ、地に沈んだと思っていた。水の勇者が余裕の笑みを浮かべ、地上へ降りた、まさにその時――
「【死属性スキル】――黒妖魔剣」
ロイドの眼前に迫る、黒の斬撃。先程の水刃による弾丸は、レイの頬へかすり傷をつけたのみ。それもその筈、レイは初撃の弾丸が頬を掠めた瞬間に、死喰魔装を展開していたのだから。水の勇者はそのような事実、知る由もないのだ。
「甘い!」
レイの攻撃が危険と判断したロイドが槍を回転させ、水闘気を纏った水流による防壁を展開する。が、不穏な空気を感じたロイドはすぐに後方へと下がる。と同時、ロイドの左太腿から鮮血が飛散した。一瞬、立ち眩みのような感覚を覚え、水の勇者が戦慄する。
「なんだ今のは……? 水闘気が消えただと!?」
この時、ロイドの槍に展開していた水流が跡形もなく消え去っていたのだ。
「教えてやるよ。俺の持つ属性は死属性。その本質は生命力や闘気を喰らう事だ。あんたの水闘気。確かにいただいた」
(死属性だと!? 最早神話でしか語られない幻のEX属性じゃないか!? なぜ、こんな餓鬼が……!)
「僕の水闘気を喰っただって? 残念だったな。僕が持つ、この水龍の魔槍はな。あの水精霊ウンディーネの力を宿しているんだ。一度奪った位で自惚れない方が身の為だよ」
ロイドが槍を天へと掲げる。槍の柄部分、青白い光を放つ宝石。光は槍の刀身を覆い、彼が槍を振り下ろした瞬間、水の刃が再び放たれる。魔剣で振り払い、水刃を打ち消すレイ。
【レイ、槍に嵌められたあの宝石、あの中にウンディーネが居るわ! あの子の悲鳴が聞こえる】
(成程、やはりあの槍にウンディーネは〝封印〟されているのか)
ロイドの槍撃に威力が増していく。 刺突を繰り出すと同時に巻き起こる水流でレイの身体ごと呑み込もうと力を籠める水の勇者。更には後方へ下がったタイミングで水の刃による弾丸。どうやらレイへ、攻撃の隙を与えないつもりらしい。
「はっ! どうした!? 僕の水を喰らうんじゃなかったのかい?」
「ああ、最初からそのつもりだよ」
刹那、ロイドの槍が漆黒の軽鎧を貫いた。少なくとも彼にはそう見えただろう。しかし、漆黒の軽鎧ごと、レイの姿が靄となって消失し……。
「なっ、消えただと!?」
「残念だったな。俺の闘気は自在に姿形をコントロール出来るのさ。あんたの水弾、そっくり返すぜ! 【死属性スキル】――黒妖魔弾」
背後からの声に振り向いた時にはもう遅い。水闘気の殺傷力を含んだレイの弾丸は、闇闘気を凝縮した無数の弾丸。レイが放った弾丸は水勇者の体躯を軽々と貫通し、ロイドの身体に無数の孔が空く。
「ば、ばかな……」
ニ、三歩後退りする水の勇者。魔剣を構え、レイが鋭い眼光でロイドを睨みつけた。
「あんた、ウンディーネを縛っているだろう? 人間も精霊も道具としか思っていないあんたが俺に勝つ事なんて不可能だよ」
「僕は、水の勇者ロイド。僕は、こんなところで終わる訳にはいかないんだ!」
槍に嵌められた宝石から、強い光が放たれる――
◆◇◆
ロイド・グランフォードは価値のない人間だった――
少なくとも教会で、彼はそういう扱いだった。
水の国の外れにある小さな村。ロイドの父親はその教会の司祭だった。
母は元修道女で、ロイドを産んだ後、命を落とした。幼い頃は平和だった。村の子供達と共に過ごす平穏な日々。しかし、その平穏な日々は突然終わりを告げる。村が魔物の襲撃を受けたのだ。
たった一人生き残った当時齢四歳のロイドは水の都の教会に拾われる。村の教会の何十倍もの敷地を持つ教会には、厳しい支配階級が存在する。
父親は司祭とは言え、小さな村の司祭。ロイドは激しい虐めを受ける事になる。教会の司祭や修道士、修道女にまで欲望を満たす道具として弄ばれる日々。なまじ可愛らしい容姿だったため、余計目立ったのがいけなかった。こうして、価値のない者は道具。人間もエルフも獣人も皆道具という人格が形成されていく。
やがて、水属性のスキルを扱える事に気づいたロイドは、独学でスキルを学び、冒険者として飛び出す事となる。自身を認めて貰うため、そして、教会へ報復するため。
「僕はこんなところで終わらない。国に認めて貰う。そのためには手段を選ばない」
教会の闇を知っていたロイドは、商会、ギルド、各組織の裏に潜む闇を探っていく。そして、今の地位を築いていくのだ。途中犯罪に加担させ、自身を虐めていた司教を貶める。ある修道女を自身に溺れるだけの道具へと落とし、ある修道女を奴隷に堕とし、それをネタに教会をゆすり、裏で商会、ギルドとのパイプを作っていく。
商会とのパイプで水精霊を封印する槍を手に入れたロイドは、水の国の表も裏も影で操る事の出来る、今の地位を築いていったのである。
◆◇◆
蒼い髪は淡い光を放ち、下から風を受けたかのように靡いている。全身は蒼白く光る鎧。槍を包む水流は渦を成している。
地面に朱い溜まりが出来ているものの、先程まで孔の空いていたロイドの傷が塞がっていた。水勇者はレイを見据え、悠然と構える。
「さぁ、僕を満たしてくれ」
【レイ避けて!】
ルシアの意思伝達が無ければ確実に胸を貫かれていた。レイが身体を逸らした事で、急所を射抜かれずに済む。
「レイ様!」
「大丈夫だ、アン。そこに居ろ!」
その場を動こうとするアンを制止させるレイ。ロイドが槍先より放った水流は一条の光線となり、レイの脇腹を貫いていた。攻撃の手を緩めない水の勇者が続けて槍を振り翳すと、水刃を含んだ水流がレイ目掛けて巻き起こる。高く飛び上がったレイの肩口を再び水の閃光が貫き、レイの鮮血が宙を舞った。
【ウンディーネが泣いているわ……強制的に力を開放している。このままじゃあウンディーネが壊れてしまう】
(相手は死喰魔装を貫くほどの水闘気だ。ありったけの闇闘気を籠めるしかない。ルシア……?)
傷のついたレイの姿を見て、ロイドが槍を回転させ、舌なめずりをする。それは英雄と呼ばれた勇者とはかけ離れた表情――まるで殺戮を愉しむ悪魔のようだった。
「いいねぇ、それだよ餓鬼。さぁ、僕をもっと満たしてくれ」
【どす黒い欲望……復讐……この感情……そう、あの勇者はそうやって堕ちたのね】
刹那、ルシアの闇闘気が揺れる。なぜか、レイの脳裏にロイドの感情が流れ込んで来る。幼い頃故郷を無くした記憶、虐められていた記憶、復讐をしようと立ち上がり、人格が歪んだまま勇者になった男。
【そう……でも駄目よ。ロイド・グランフォード。あなたの欲望は綺麗じゃない。レイ、大丈夫よ。あなたは負けないわ】
(ルシア、一体何を……かっ!?)
刹那レイが胸を押さえて蹲る。レイを覆っていた闇闘気が揺らめき、紫色の闘気がレイの身体を覆っていく。
【サァ……ワタシトトモニ……セイレイヲシバルアノコヲ……トメマショウ】
「そうだ……命を弄ぶこいつを……俺は……許せない!」
闇闘気が放射状に放たれ、大地が震動する。
「この期に及んで、無駄な事だ!」
ロイドが槍先から水の閃光を放つ。レイの急所を狙った水撃が、真っ直ぐ彼の身体目掛けて伸びていった……のだが!?
「何が無駄だって? 下衆野郎!」
渦巻く漆黒の闘気を纏った魔剣を肩に担ぎ、左手で水の閃光を握りつぶした暗黒騎士レイは、瞳を紅く発光させた状態で、ロイドを睨みつけるのだった――




