三十五.マーキュリアの戦い
「此処は……何処だ?」
ロイドは周囲を見回す。草が風に靡いている。そこは、レイ達が水の国を訪れた際に降り立った、マーキュア東の平原だった。
「下衆勇者さん、あなたの行い、黙って見過ごせません! 覚悟してください!」
「なんだ、君は奴隷じゃあなかったのかい? てっきりそこの少年の奴隷かと思っていたけど?」
ロイドが蔑むような表情でアンを見ると、アンの前へレイが立ち、魔剣の鋩をロイドへと向ける。
「あんたも此処なら心置きなく戦えるだろう? まさか水の国の英雄さんが、逃げるなんて事はしないよな?」
「はっ、まさか。君程度の人間に劣る僕ではないよ」
ロイドが掌から水流を巻き起こすと、水流を纏った槍が顕現する。槍が顕現した瞬間、明らかに水勇者の纏っている闘気が変わるのが見て取れた。
【レイ、ウンディーネの水闘気よ。ウンディーネはやはりあの槍の中に存在しているわ】
(成程、やはり、こいつを倒して救出する必要がある訳だな)
「その表情、闘気を見ても驚かないんだね。君の魔剣もどうやら普通じゃあないみたいだ。じゃあ、始めようか?」
「ああ、どこからでもかかって来るといい!」
刹那、地面を弾く両者。レイの魔剣とロイドの槍、二つの武器が交錯した!
◆◇◆
エレイネの鞭が撓り破裂音が響く。しかし、高速移動を実現するリーズへ傷ひとつつける事は叶わない。攻撃をしようともせず、回避を続けるリーズに対し、苛立ちを募らせるエレイネ。
「娘、嘗めるんじゃあないよ!」
エレイネの鞭から黒い稲妻が放たれる。明らかに四大精霊のものではない力。リーズは風を巻き起こし、突如巻き起こる雷撃から身を守る。
「その鞭……人間の国で作ったものではないな?」
リーズの問いに答えたのはエレイネへ戦闘を任せているモノクル男――ビーンだった。
「その雷獣の鞭はワタシが仕入れた特別製だよ。とある魔族が飼っていた雷獣の皮を使っている。人間がこの雷を受け切る事が出来るかな?」
「そういう事さね!」
黒い雷撃がリーズへと襲いかかる。雷撃を浴びたホールの椅子が吹き飛んでいく。縦横無尽に駆け回るリーズが返しに風の刃を放つ。
「カザミドリ・序――風黄泉乃太刀」
「くっ!」
黒い稲妻を弾き返し、エレイネの鞭を持った右腕ごと斬り飛ばす! 続けて放たれる風の渦に壁へと激突、そのままエレイネは風の縄で柱に拘束され、気を失うのだった。
「そこでそのままじっとしているといい。さぁ、ビーン。あんたの正体も分かっているんだ。次はあんたの番だ」
「ケーッケッケッケ。ワタシの何を知っていると言うんだ。さて、遊びは終わりだ。宝玉は封じられても、これを封じる事は出来まい」
ビーンが懐より取り出したものは魔法具である宝玉ではなく、一冊の本だった。ビーンは人差し指を噛み、本のページを開いて、自らの血で本のページをなぞる。舞台上の床へ置かれた本の見開いたページが光を放ち始め、巨大な一本の角を生やした黄色い体毛の魔獣が顕現する。
「召喚の魔導書か」
「ケーケッケッケ。此処からが本番だよ。Aランク魔物――魔獣バスティア。本物の雷獣を相手にして、勝てるかな? 風の勇者リーズ」
「そう、あくまで自分は戦わないつもりか」
リーズが高速移動でビーンの身体を捉えようと動くも、ビーンを護るようにバスティアの腕が振るわれ、そのままリーズはホール後方の壁まで吹き飛び、激突してしまう。
「なんて力だ」
【くるわよ、リーズ】
彼女の眼前にバスティアの角から放たれた雷撃が迫る! 風を纏ったリーズが高速移動で回避し、風の刃を放つも、巨大な体躯で刃が弾かれてしまう。風の刃を避ける事もなく、魔獣の鋭い爪が彼女の身体を引き裂こうと迫る! リーズは後方へとバックステップ。空を切る魔獣の腕。そこへ太刀を振るうも、刃は魔獣の腕を覆う何かに阻まれ、通らない。
「成程、結界を張っているのか。風の刃が通らない訳だ」
雷撃を躱しつつ、一旦距離を置くリーズ。まずは強力な攻撃で魔獣の体躯を覆う結界を引き剥がす必要があった。
「さぁさぁ、雷に撃たれて死んでしまいなさい、さぁさぁさぁ」
「あんたは黙ってな」
風の刃をビーンへ向けて放つが、魔獣が間に入り、ビーンを護る。この魔獣、召喚した主に忠実らしい。
「カザミドリ・破――黄泉送り乃嵐」
風の国でキマイラを吹き飛ばした渦を成す巨大な風塵。Aランクの魔獣はその場で耐えるが、後方に居たビーンが吹き飛ばされる。魔獣が宙を舞うビーンの身体を受け止めようと高く飛び上がるも、飛び上がった先にはシルフの風を纏い、宙へ浮かぶリーズの姿があった。
「そうなるよね、魔獣さん」
大太刀を両手で持ち、真っ直ぐ振り下ろすリーズ。黄泉送り乃嵐による強力な風塵で結界を引き剥がし、ビーンを護ろうと飛び上がったところへ繰り出す風の刃を籠めた強力な一閃。
Aランク魔物――魔獣バスティアはリーズ渾身の一撃に真っ貳となるのだった。
巨大な魔獣の体躯はそのまま落下し、衝撃と共に舞台上へ窪みが出来る。リーズは太刀を構えたまま、舞台の隅で蹲るビーンの下へと近づく。が、既にビーンは気を失っているようだった。そして、このとき彼女はビーンの胸元で光る首飾りに気づく。
「この紋章……まさか!?」
それは、水の都で何度も見かけた見覚えのある紋章だった。ビーンの正体が分かり、リーズは思わず笑みを浮かべてしまう。
「こいつは捕えて尋問する必要がありそうだな」
しかしリーズが風の縄でビーンを縛ろうとしたその時、ビーンが身につけていた指輪の一つが妖しく光る。光はやがて大きくなり、ビーンの姿はその場から消失してしまうのである。
【逃げられちゃったわね、リーズ】
「あの宝玉と言い、魔導書と言い、二重三重に保険をかけていたんだろう。私が雷獣と戦っていた時も逃げなかったのが何よりの証拠だ」
指輪はどうやら、身につけている者がピンチになると自動で魔法を発動する仕組みだったのだろう。ビーンの居なくなった舞台上で、リーズは冷静に次の展開を考える。
「心配ないさシルフ。何せ奴は自分の正体がバレた事に気づいていない。それに、既に次の手は打ってあるよ」
【あ、そういえばそうだったわね】
シルフとの会話を終え、ゆっくり大太刀を納めるリーズ。ちょうどホールの扉が開き、あのレイ達と会話をしていた剣士エンドがやって来る。レイは既にリーズの存在をエンドへ伝えていたのだ。
「リーズさん、だったな。奴隷の子達はみんな救出完了だ。残念ながら様子がおかしい子達も居たが、とりあえず安全な場所へ避難させているぜ!」
「ご苦労様。あとは私がうまくやっておくから。奴隷の子達のところへ行ってあげて」
エンドが連れて来た屈強な冒険者と、フロックが連れて来た港町リファーナの男達。リーズが風となり、幹部らしき者達を捕え、侵入経路を確保した後は、屋敷の制圧は彼等に任せていたのだ。フロックも無事に幼馴染ミントと再会出来たようだ。
「でもリーズさん、よかったのか? 法王騎士団に通報して。舞台の外に居たお偉いさんの中には俺の知る限り、教会の司祭や商会の偉い奴も居たぞ?」
「これだけの騒ぎ。住民達も集まっている。これで逆に騎士団が動かないのは国としておかしいだろう? それにちゃんと根回しはしているから、心配ないさ」
「なら、安心だ。偉い奴等の相手は苦手なんだ。後は頼んだぜ」
そう言い残し、ホールから出るエンド。こうして、教会直轄の法王騎士団が出動し、エレイネの館で起きていた悪事が公となるのである。




