三十四.激突! エレイネの館
運命の日、レイとアンは変装した状態で、エレイネの館――地下のホールへと潜入していた。
ホールには百名近くの招待客が座っている。仮面やフードで顔を隠している者が多いのは、招待された客が皆、教会や商会、この都の有力者だからだろう。
レイと同じく、隣に首輪をつけた女性を連れている者も居た。レイの隣に座っていた宝石をジャラジャラと身につけた男が隣にエルフを侍らせつつ話しかけて来た。
「少年、お主も物好きじゃな。いい女を連れておるの。今度儂のこいつと交換してみるか? お互い色々楽しめると思うぞ?」
「いや、遠慮しておく。それに、新しい女は今から買うつもりだ」
「はっ。そうか。まぁいい。気が変わったらいつでもその女を可愛がってやるぞ?」
【アンちゃん。闇が出ているわよ、闇が】
『ルシアさん、レイ様。この下衆野郎××していですか?』
『アン、俺も同じ気持ちだが、今は辛抱だ』
ルシアを通して意思伝達をし、アンの気持ちを押さえてあげるレイ。そうしている内に、ホールが暗転し、正面の舞台上が明るく照らされる。司会らしき男が館の主エレイネを呼ぶと、拍手が沸き起こる。
「今日はよく集まってくれた。皆分かっていると思うが、表で此処の話はするんじゃあないよ? 君たちの身分が保証出来なくなるからね。今日は調教済の兎耳や人間の女性。調教前の新鮮なエルフやドワーフの幼女、幼児まで取り揃えている。ちなみにドワーフは、あたいが自ら下僕と取りにいった上物だよ。最後まで楽しんでくれると嬉しいさ」
【成程。あのエレイネとか言う女。それで魔の妖気を孕んでいるのね】
『まさか奴がポポロンの弟子を攫った張本人だとはな……』
ルシアはエレイネから魔の妖気を感じていて警戒していたらしい。この屋敷の地下からも、妖しい魔力の匂いがプンプンしているそうだ。壇上に用意された椅子へとエレイネが座る。隣には目深にフードを被った男と、小柄なモノクルの男が座って……。
「なっ……あいつは!」
レイは気づく。壇上のモノクル男は、生前火の国にあった、あの麻薬密売組織でグラシャスと密談していた男だったのだ。
(なぜ、奴が此処に居る!)
レイが疑念を抱いたまま、奴隷市場のオークションが開始される。
「さぁ、このエルフ。火の国のならず者が集まる町で死にかけていたエルフをお館様が拾ってあげたんです。ああ、なんて心優しいお館様でしょう! さぁ金貨一枚から」
(下衆が……)
心の中で沸き上がる怒りを抑えつつ、場を静観するレイ。
「金貨2枚!」
「金貨5枚!」
「金貨10枚!」
ホールから声があがっていく。
手足を縛られた生気を無くしたかのように虚ろな表情のエルフ。何か飲まされたのだろう。水着のような格好にも関わらず、抵抗する様子も見せないのだ。
「では、三十五番の方、金貨百五十枚で落札です!」
どうやら、オークションが全て終わった段階で商品の引き渡しが行われるらしい。このあと、猫耳の幼女、コボルトの男の子、虎耳の少女と、次々に落札されていく。そして、小さな移動式の檻に入り、椅子に縛られた兎耳族が登場したところで会場からどよめきがあがる。
虚ろな表情をした水着姿の兎耳族は、既に出来上がっていたのだ。
「さぁ、続いては本日の目玉商品、風の国から取り寄せた兎耳族
のフロートちゃんです! この子、既にご主人様に飼ってもらいたくてうずうずしています。はい、フロートちゃん、ひと言どうぞ」
「ご主人様ぁ~♡ わたしをぉ~可愛がってくださぁ~い♡」
レイとアンが眉を顰める中、ホールから湧き上がる歓声。
【レイ、アン。ルシア、お待たせ~! いまホールの舞台裏、あの子達を見つけたわ。作戦を開始するわよ】
【おーけー、お願いシルフ】
意思伝達でシルフの声が響く。
「金貨百枚!」
「金貨百五十枚!」
「ニ百枚!」
「三百枚!」
どんどん跳ね上がっていく金額。だんだん一般冒険者では手の届かない金額となっている。沸き上がる会場の喧騒に乗じて、アンは小声で言葉を紡いでいた。そして、アンの準備が整った瞬間、レイがその場で手を挙げた。
「金貨二千枚!」
「おぉーーーー!」
立ち上がったレイへ会場の有力者たちが注目する。
「おぉーーっと、今回初参加の七十三番さん。破格の二千枚だぁーー! 他に居ませんか、居ないなら」
「……まぁ、俺は払うつもりはないがな」
司会の男と会場の者へ向け、レイが声を発した瞬間、ホール全体が揺れる。天井から起きる震動。どうやら地上で何かが起きたらしい。屋敷の者であろう仮面を被った男が舞台袖から舞台へとやって来る。
「なんだい、なんの騒ぎだい!」
「大変です。屋敷の裏口で爆発! 冒険者と住民達が大量に侵入して来ております!」
「なっ、どういう事だい!?」
「こういう事さ」
エレイネが声のした方、レイの姿をみると、会場の異変に気づく。レイとその横に居る奴隷姿のアン以外、皆眠りについているのだ。
「皆さんには、私の歌で眠ってもらいました~」
レイとアンだけがホール内で立ち上がっている。
「これはどういう事だ、話が違うぞエレイネ!」
「ビーン様、問題ありません。上には館の精鋭達がおります故」
モノクル男、ビーンが怒りを露わにするも、エレイネは余裕の表情だ。が、舞台上に筋肉質の男とフードを被った男、更には地下で門番をやっていた男達が気を失った状態で投げ出され、表情が変わる。
「精鋭達ってのはこいつらの事か?」
ゆっくり舞台上へあがるバニースーツを着た女性。風の勇者リーズはシルフの風で作った縄で気を失った男達を縛っていた。有名人の登場に、みるみる表情が変わるエレイネ。
「なっ……貴様! まさか……!? 風の勇者リーズが何故此処に居る!」
「その質問に答える前に、こっちの質問にも答えてもらおうか。どうして水の勇者がそこに居るんだ?」
リーズが指差した先は、ビーンの横に座っていたフードを目深に被った男だった。男は屈々と嗤ったあと、フードと外套を脱ぎ捨てる。蒼い髪と清潔感溢れる白いジャケットを着た青年。壇上に居たもう一人は、水の勇者――ロイド・グランフォードだった。
「ふふふ。ははは。久し振りだねリーズ! 金等級のレッドドラゴンをポポロンと三人で討伐しに行った以来か。懐かしいね」
「思い出話をしている場合じゃないだろう? 此処に居るって事は、舞台上に居る時点で、奴隷市場に加担している何よりの証拠だぞ、ロイド・グランフォード」
「へぇー。冒険者を集めたのも君の仕業かい? 君の国の兎耳族を攫ったからかい? よく居場所を突き止めたね。でも残念だけど、僕が居る。君は中途半端な正義感を翳して命を落とす事にな……」
「水の勇者さん、何か勘違いをしていないか?」
雄弁に語るロイドの言葉を止め、外套とフードを脱ぎ捨て銀髪を晒すレイ。彼が銀髪を晒した瞬間……。
「あ! お前! 風の国で魔族長ラウムを倒した銀髪の暗黒騎士だな!」
「なぜ、あんたがそれを知っている?」
「しまっ」
口を滑らせるビーン。これで魔族長が風の国を襲った一件と繋がっていた事を自ら明かす失態を晒したモノクル男。
「くそっ! エレイネ! 此処はお暇させてもらうぞ!」
と、モノクル男が紫色に光る宝玉を翳す。
「ビーン様!」
館の主エレイネが叫ぶ中、妖しい渦が巻き起こり、ビーンの身体がその場から消え……る筈だった。
「残念だが、その魔法具の力は封じさせてもらったよ」
レイがビーンへ魔剣の鋩を向け、魔法具の光が吸い込まれていく。狼狽えるモノクル男の横で、ロイドが目を細める。
「へぇー。君。ただの少年じゃないね。ビーンも何か知っているみたいだし、何者だい?」
「俺はレイ。あんたを止めに来た、ただの冒険者だよ」
「ははっ。僕を止める? 僕は英雄だよ? 何を止めるって言うんだい?」
「此処では狭い。あんたには聞きたい事がある。別の場所で話そうか」
レイがそう言うと、魔剣を天に掲げる。次の瞬間、レイとアン、そして、ロイドが漆黒の渦に包まれて、舞台上から消失する。残されたエレイネとビーンが突然の出来事に驚きを隠せないで居た。
「魔属性ではない空間転移だって。あの少年は何者なんだい?」
「驚く事はないだろう。風の勇者である私も空間転移は使える。で、悠長に構えているが、あんた達は逃げなくていいのか? と言っても、冒険者やある町の住民達が、奴隷は解放しているだろうし、あんた達に逃げ場はないんだけどね」
リーズが手をあげると、シルフが風を巻き起こし、ホールにて眠っている有力者達を風で運び、ホールの外へと移動させる。風の縄で縛った有力者達を退場させ、舞台上にはエレイネとビーンのみが残る。
「ビーン様はそこで見ていて下さい。勇者だからって、あたいをあまり嘗めない方がいいさね」
「へぇー。やる気かい?」
大剣を構えるバニーガール――リーズと、鞭を構える館の主エレイネ。こうしてエレイネの館、地下のホールは闘技場へと変わるのだった――




