三十三.風の正体
冒険者で賑わうギルド近くの酒場にレイとアンは居た。先日ギルドで声をかけられたエンドと待ち合わせのためだ。勿論アンは普段の格好へと着替え終えている。アン曰く、『恥ずかしさで悶え死にそうでした』だそうだ。
「おう、水の都を堪能出来ているか?」
テーブルにおかれたエールを片手にエンドがレイとアンへ声をかける。
「お陰様でな。あんたのお陰で楽しんでいるよ」
「ここのシーフードピザもワインも美味しいですー。エンドさん、ありがとうございます」
アンは既に、テーブルに置かれたシーフードピザとワインを堪能している。美しいエルフにお礼を言われたエンドは満更でも無さそうだ。
「そうかそうか、それはよかった。そういやぁ、水の勇者ロイドには逢ったのかい?」
「ああ、エンドが言った通り、シュリンプ商会に居たところを目撃したよ。人がいっぱい居たんで遠巻きに見ただけだったけどな」
「そうかそうか。奴はイケメンだったろう。水の都の女性を虜にして止まないからな」
容姿端麗で、強さも申し分なし。エンドは奴には誰も敵わないとロイドを褒め称えている。そんな折、レイとアン――二人の脳内にある女性の〝声〟が響いた。
【ルシア~聴こえる~? ワタクシ、シルフちゃんサマと、リーズが証拠を掴んだわよぉ~? やっぱりあのロイドが絡んでいたわ】
【さすがね、シルフ、リーズ。また夜に合流しましょう】
声の主は風精霊シルフだった。闇精霊ルシアと風精霊シルフの意思伝達は、レイとアンにも聴こえるようになっていた。レイとアンが屋敷へ潜入捜査をした際、風の勇者リーズは、風精霊シルフの力によって〝見えない風〟となっていたのである。
【風属性スキル】――風精霊の微風。隠密にも使えるリーズの精霊術。シルフの風を纏う事により、自らが風となり、姿を消した状態での高速移動を実現する。
レイとアンがあの屋敷へ潜入捜査をした際、風となったリーズは同時に屋敷全体へと潜入した。拉致された子達の監禁場所。そして、屋敷全体の構造全てを把握するために。そこでリーズは偶然、地下の監禁場所にて水の勇者ロイドを見つけたのである。レイはここで初めてあの屋敷で水の勇者ロイドとニアミスしていた事を知るのだった。
『レイ様』
『エンドの前だ。その話、とりあえず今は置いておこう』
小声で声をかけるアンを静止するレイ。向かいに座っていた剣士の男がレイ達を見ていたからだ。
「おい、なんか突然ボーっとしている様子だったが、どうかしたのか?」
「ああ、なんでもないよエンド」
そもそもここでエンドと会った事には目的があった。レイとアン、そして、リーズ。精霊がついているとは言え、少人数で動くには、あまりにも相手の規模が大きすぎた。奴隷を救出するだけでは、解決に至らない。その根を断つ必要があるのだ。
【大丈夫よ。剣士エンド、彼からは〝魔属性〟の魔力を感知しない】
闇精霊ルシアは魔を感知するのに長けていた。それは悪に堕ちた人間でも、魔の力を封じた〝魔法具でも同じだった。エンドからは魔属性の魔力を感じない。つまり少なくともエンドは魔に冒されていないという事になるのだ。
「エンド、君を信頼に値する者として頼みがある」
「ど、どうしたんだ? 急に改まって」
エールを飲んでいたエンドが驚いてレイを見る。
「あんたほどの剣士なら、冒険者に知り合いが居るだろう? 水の都に潜む闇を止める事に力を貸してくれないか?」
「闇を止めるだって? どういう事だ?」
レイは、水の都を探索している際、偶然奴隷市場の所在を見つけてしまったのだとエールへ話す。しかも、背後に商会のような大きなものが絡んでいる可能性があるとも。
「おいおい、それ相当ヤバイ話じゃねーか!? 奴隷市場の話は聞いた事があるが、法王騎士団が取り締まっていて、冒険者の中でも噂程度しか知らない話だぜ。何せ物好きしか、あのスラム街には近寄らないしな」
取り締まっている……はあくまで表向きに公表された話なのかもしれないとレイは考える。エンドは奴隷市場が定期的に開催されている事も、いずれかの商会が絡んでいるという話も噂程度しか知らなかった。
「なぁ、そんな大がかりな話、ギルドや騎士団に依頼した方がいいんじゃあないのか?」
「じゃあ、あんたはそのギルドや騎士団に内通者が居る可能性があるとし、そこへ依頼しようと思うかい?」
「はぁ~。俺がその内通者だったらどうするんだよ、レイ」
「そう思っていたなら最初からあんたを頼らないさ」
「エンドさん、私からもお願いします」
内通者どころかギルドや商会とも深く関わっている勇者ロイドが絡んでいるという話は伏せ、エンドへ手伝って欲しい内容を伝える。レイからの話をひと通り聞いたあと、エンドはテーブルにあった残りのエールを一気に飲み干した。
「いいぜ! 奴隷市場の現場を押さえて、捕まっている奴隷を助け出したなら、俺も英雄になれるかもしれないしな!」
「エンドさんなら、きっとなれますよ~えいゆうにぃ~~。ね~レイ様ぁ~」
「あっ、アン。馬鹿っ、あれほど飲み過ぎるなって言ったのに」
既にアンは、白ワインのボトルを一本空けていた。頬を赤く染めてレイに凭れ掛かり、自身の果実を押しつけるアンの様子を見て、エンドはレイを羨ましく思うのだった。
エンドと別れ、アンを背負った状態で宿屋へと戻る途中、レイは背後からの気配に気づいていた。
【つけられているわね】
(ああ……)
走り出したレイは素早く路地へと入り、背負っていたアンを寝かせる。付けて来た男へ魔剣を向ける。
「ままま、待ってくれ! ボクは怪しい者じゃあない!」
「じゃあ何故俺を付けて来た?」
「ぐ、偶然だよ。さっき君、奴隷の話をしていただろ? ボクの幼馴染が先日から行方不明なんだ! ボクは幼馴染を探しているだけなんだ!」
「話を聞こうか」
青年の名はフロック。水の都マーキュリアから北に位置する港町リファーナ出身らしい。幼馴染である町娘ミントが先日より行方不明らしく、ミントの行方を捜してマーキュリア迄やって来たそう。人の集まる場所を捜索し、あの酒場で偶然レイ達が奴隷の話をしているところを聞いてしまったそうだ。
「盗み聞きか。俺が悪党なら、あんた、斬られていたぞ」
「君は違うだろう! 奴隷を救出するんだろ? ボクにも協力させてくれ!」
どうやら港町リファーナでは、先日のクラーケン襲撃の際、たくさんの者が命を落としたらしい。勇者ロイドによって、クラーケンは無事討伐されたのだが、命を落とした漁師の娘や、身寄りのない子が何名か行方不明になっているそうだ。
「ギルドに尋ねてもそんな報告はないと門前払い。教会は、法王騎士団が探してくれるとは言ってくれたが、君の話で知ってしまった。この都で何かが起きているんだろ? そこにミントが居るかもしれない。なら……」
「あんたただの一般人だろ? 危険だ。その女は俺が助けてやる」
「き、君もただの少年じゃないか!」
「これでもAランクの冒険者だよ」
Aランクの冒険者カードを見せると、フロックは一瞬驚いた表情を見せるが、それでも引き下がろうとしなかった。最愛の女性が奴隷として売られるかもしれない。レイは、そんな彼の気持ちが分からないでもなかった。
【レイ、彼の心は正義の心で溢れているわ。大丈夫】
ルシアからの意思伝達を受け、レイがフロックへ向き直る。
「あんたに何が出来る」
「海の男は団結力が強いんだ。町の仲間を連れて来る。だから、頼む!」
「俺一人じゃあ、あんた達の命まで保証出来ない。それでもいいのか?」
「勿論だ」
こうして、レイ達による奴隷救出作戦が、水面下で準備されていくのだった――




