三十二.潜入捜査
レイとアンは、屋敷の奥へと案内される。暗く細い回廊を抜けた先の部屋へ入ると、仮面で顔を隠した女性が二人を出迎えた。ボディーラインを強調させたエナメル質の服。腰には鞭を携えている。従事の者らしき男が二人、上半身の筋肉を剥き出しにした男と、頭巾を被った盗賊風の男が両サイドに控えていた。
「あたいがこの屋敷の主――エレイネ・スタンフィールドよ。どこで此処の場所を突き止めたのかは知らないけど。へぇー。あんた。いい趣味しているじゃないの」
足先から髪の毛まで、品定めをするかのようにレイとアンを凝視したエレイネは、満足そうに舌なめずりをする。アンが不安そうにレイの腕を掴む。
「レイ様……」
「エレイネさん。残念だろうが、こいつは俺の奴隷だ。あんたに渡すつもりはないよ」
レイがアンのフードを取り、わざとらしく肩から腕を回す。アンは羞恥で顔を覆いたくなるところを必死に堪えていた。
「ははは! 分かってるさ。そっちの目的はどうせ新しい女を飼いたいとかそういう事なんだろ?」
「まぁ、そういうことだ。何やらそういう市場が開かれている噂を耳にしてな」
「おい、表では法王騎士団やギルドも嗅ぎまわっているんだ。どうしてこんな旅の男にこの場所がバレているんだい?」
「ひっ、申し訳ございません。エレイネ様」
刹那、鞭で叩かれる、エレイネの隣に居た筋肉質の男。レイとアンに構う事なく、鞭で数回従者を叩いたところで、気が収まったのか再びレイへと向き直るエレイネ。
「失礼したね。あんたが悪いって訳じゃあないんだよ。二日後の深夜、日付が変わるタイミングで屋敷の裏口を訪ねるといい。奴隷市場はこの屋敷、秘密の地下ホールで行われる。これが招待状だ」
エレイネが胸元よりカードを取り出し、レイの前へ差し出すが、カードをレイが受け取ろうとすると、カードを一旦取り下げる。
「金貨1枚さ」
「金を取るのか」
「当たり前さ。金貨百枚相当の良質な奴隷を取り揃えているんだ。参加料があって当然だろう?」
レイが金貨1枚を渡すと、彼女はその金貨を胸元へ挟み、招待状を渡すのだった。
「で、その良質な奴隷とやらはどこに居るんだ?」
「心配しなくても、奴隷は皆、屋敷の地下で暮らしているさ。中にはあたいに従順になって、出すのが惜しい子も居るくらいだ。最近は上物のドワーフや兎耳族も入ったから楽しみにするといい」
エレイネの言葉に疑念が確信へと変わるレイとアン。 どうやらポポロンの弟子や、風の都より拉致された兎耳族も恐らく屋敷の地下へ監禁されているのだろう。
「しかし、そんな奴隷をどうやって集める? ドワーフや兎耳族なんて、この国じゃあ手に入らないんじゃないのか?」
「そこは企業秘密だね。あんたが此処の常連になれば教えてやるよ」
流石に逢ったばかりの少年へ、商品を見せるほど簡単な相手では無さそうだった。このあと、情報を聞き出すための会話をした後、レイとアンは屋敷を後にするのであった。
◆◇◆
とある少女が青年に手を引かれ、薄暗く、長い回廊を歩いている。
「あの、勇者様。此処は一体どういう場所なんですか?」
「すぐに分かるさ。これから君は、新しい仕事に就くんだ。これから君にはその訓練をしてもらう」
少女は先日クラーケンの襲撃を受けた港町リファーナ出身であった。漁師であった父をクラーケンの襲撃により失った彼女は、仇を討ってくれた英雄――憧れの勇者に声をかけられた。身寄りを失い、生きる術を無くしていた彼女は、言われるがまま、マーキュリアにある広い屋敷へ案内されていた。
「先日クラーケンの襲撃で両親を失ってしまった君を僕が引き取ったんだ。その意味が分かるかい?」
「どういう事ですか?」
ロイドは少女へ説明をする。マーキュリアには偉い人もたくさん居て、侍女や商売を手伝って欲しい人間がたくさん居るのだと。此処は身寄りのない子達へ働き方を教える職業訓練施設であり、暫く少女は此処で暮らすのだと。
長い回廊は、まるで宿屋のように部屋が並んでいた。何か奇声が聞こえる部屋もあり、少女は不安な表情となる。そんな少女の気持ちを察したのか、ロイドは笑顔で彼女へ顔を近づける。
「不安はいっぱいあるだろうけど、僕がついている。此処は職業訓練施設さ。エルフや獣人の子達はね、訓練する前の状態で雇ってくれる人も居るんだけどね。君みたいな町娘はそうもいかない。大丈夫、君なら新たな生き甲斐を見つける事が出来るさ」
「あ、ありがとうございます」
彼女に用意された部屋を開けると、桃色の天蓋とシーツが敷かれた立派なベッド、ふかふかのソファーにテーブルと椅子にタンス。とても一般庶民に用意されたような部屋ではなかった。
「これ……すごいです」
「君は今日から暫く此処で暮らすんだ。タイムスケジュールは管理されるけど、食事も侍女が持って来るから心配しなくていいよ」
漁師の父と町娘だった母との間に産まれた一般庶民の彼女にとって、見た事もない豪華な家具の並ぶ部屋だった。タンスにも侍女の服やドレスといった立派な衣装が飾られている。
「ほ、本当にいいんですか?」
「もちろんさ、ここの屋敷の主は寛大なんだよ。さぁ、ウエルカムドリンクだよ。君の新たな門出を祝って、乾杯」
そういって少女は、ロイドから渡された柑橘の香りがする飲物を飲み、そのまま気を失う。
ベッドへそのまま寝かせると、同時に侍女らしき女が入って来る。
「暫く寝かせておけ。目が覚める頃には薬が効いているだろう。今日はお前がこの子の相手をしてやれ。お勉強部屋へ用を済ませた後、商会へと戻るよ。金の受け渡しがあるからな」
「かしこまりました」
侍女へ少女を引き渡したあと、ロイドは地下へと移動する。長い階段を下りた先に並ぶ部屋は、先程の宿泊施設のようなフロアとは違い、牢獄のような鉄格子の部屋が並んでいた。入口の兵士風の男から鍵を受け取り、ロイドは牢獄の奥へと進む。
「おい、早く此処から出せ!」
「くっ、こんな辱め……早く殺せ……」
(ふっ、連れて来たばかりの子達は威勢がいいねぇ~)
耳の長いエルフ。猫耳、兎耳、虎耳、コボルトにドワーフ。異種族の者達が牢獄へ閉じ込められていた。ロイドへ鉄格子ごしに牙を剥ける者。牢屋の奥で意思を無くし、蹲る者。叫声をあげる者。
ロイドは牢屋のひとつへ視線を移す。幼女と幼児。色とりどりの髪、牢屋の奥で虚ろな表情で丸くなったドワーフの子達。
「お、この子達は新しい子達だったね。おかしいね、まだなにもしていないんだろう?」
「ロイド様、あの子達はいま、気力を無くす薬を飲んでいます。オークションで暴れられても困りますので」
「なるほど、そういう事ね」
近くの兵士がロイドへ声をかける。兵士によると二日後の奴隷オークションに出品される算段らしい。新鮮なうちに売り捌きたいという商会の意向らしい。
「僕は幼女に興味はないんだけど。あいつらも物好きだねぇー。まぁ、人の趣味には口出さないけどさ」
ロイドは門番へ声をかけたあと、牢獄の奥を曲がり、中の見えない部屋が並ぶフロアへと移動する。重い扉の鍵を開けると、兎耳族の女性が大人しく椅子に座っていた。
「あ、ロイド様ぁ~」
部屋に入って来たロイドの姿を見るや否や、トロンとした表情で駆け寄る兎耳族の女性。その表情は何故か、まるで憧れの男性を見る乙女のようだった。
「なんだい、自分から駆け寄って来て。僕の事許せないんじゃなかったのかい?」
「ごめんなさい~。わたしが間違ってましたぁ~~♡ ロイド様~早くわたしにご褒美をください~何でもしますからぁ~~」
兎耳族の女性。顎をクイっとあげてロイドは自身の顔を近づける。
「そんなに僕からのご褒美が欲しいのなら、今度、新しいご主人様に雇ってもらうんだ。もう分かるよね?」
「はい~♡ ロイド様ぁ~♡ ロイド様に教えてもらった事、きちんと行います~~」
(こいつはもう完全に堕ちたな。さて、報酬を貰ってさっさと撤収するとしよう)
水の勇者――ロイド・グランフォード。国からも、街の住民からも英雄扱いされるSランク冒険者。
表向きでは女性、男性、種族分け隔てなく優しい言葉をかけ、困っている者を助ける英雄。
しかし、裏では、商会が裏で入手したアイテムを使い、〝奴隷の館〟の主――エレイネと共に、拉致して来た者や、ロイド自身が声をかけ気に入った女を、一人前の奴隷となるよう教育をする役目を担っていた。
そう、ロイド・グランフォードの性根は腐っていた。あの町娘の女性もクラーケン討伐を依頼された時点で既に目をつけていた。兎耳族の女性も本来はあの姿になる予定がなかったのだが、運悪くロイドに目をつけられてしまい、今に至る。今、兎耳族の女性は身も心もロイドが大好きで、四六時中ロイドの言う事なら何でも聞く身体になってしまっていた。
この後、ロイドはエレイネと密談を交わし、屋敷を後にする。屋敷の扉が開くと同時に、再び強い風が駆け抜けていった。




