二十一.無双――暴走する闇闘気
「サァ、先程までの威勢はドウシマシタ? 滅びよ、ホロビヨ、ホロビヨ!」
上空に浮かぶ魔族四柱ラウム。大きく広げた漆黒の羽根が黒い妖気を帯び、一枚一枚が黒き刃となり、レイへと降り注ぐ。死喰魔装で防ぎきれなかった羽根による攻撃に、レイの頬、手足に傷がつく。
【レイ、駄目よ。防ぎきれないわ】
『嗚呼、分かってる!』
レイを狙い、空から降り注ぐ高速の羽根。闇闘気を纏い、大地を駆けるレイを追い込むスピード。刹那、漆黒の羽根を躱す事に気を取られていたレイへ向け急降下するラウム。
鷲掴みにしようとする鋭い爪を魔剣で受け止めるも、その力にレイの身体が吹き飛ぶ。
「――魔の光線」」
「まだだ!」
レイの身体を貫こうと放たれる黒い光線を振り下ろす魔剣で防ぐ。再び上空へ舞い上がるラウムの高嗤いが上空より戦場へと響き渡る。
「ハハハハハ! 所詮は人間ですか。勇者もお前も大した事はありませんね」
「【死属性スキル】――黒魔滅葬!」
レイが上空へ向けて放つ魔剣。 それはキマイラと黒フードの悪魔を真っ二つにした風属性の力を纏った斬撃。空中は安全圏と高を括っていたラウムは虚を突かれ、右の羽根を引き裂かれた事によりバランスを崩して地面へ着地する。
この機を逃すまいと、須臾の間に距離を詰め、黒妖魔剣で斬りつけるレイ。
生命力ごと闇の妖気を喰らう魔剣。ラウムは鉤爪で受け止めるも、強制的に生命力を呑み込む魔剣を危険と判断し、波動を放ち、距離を取る。
「なんだ……今のは……」
魔族長ラウムが疑念を抱くのも無理もない。眼前の少年が放ったスキルは、ただの闇ではない。死属性、しかも風の力を纏っていたのだ。そして、その答えはレイ自らの口から語られる。
「俺の死属性スキルは喰らうか奪うからな。死喰魔装を展開した状態で放つ死属性スキルで喰らったものは、どうやら俺の力になるらしい。お前の〝魔〟の力も、お前が取り込んだシルフの風もな」
その言葉を聞いた瞬間、ラウムは人間離れした眼前の男を初めて危険と判断する。長時間戦えば戦う程、対象の力を吸収し、強くなる可能性があるのだ。目を閉じたラウムが念じると、斬り落とされた羽根が再生される。そして、鳥獣は再び空へと羽搏く。
「イイデショウ。あそこで寝ている勇者もお前の仲間らしきエルフも、お前も村も全て! 一撃で滅ぼして差シ上ゲマスヨ!」
ありったけの妖気を籠めたラウムの羽根が黒き光を帯び始める。魔族長は全てを滅ぼそうと強力な一撃を放つつもりのようだった。全てを蹂躙しようとする魔族に怒りを覚え、目を閉じるレイ。
(こいつは俺が、ここで仕留めなきゃいけない)
沸き上がる闘志と共に、レイの中に闇闘気が滾っているのを感じる。魔剣を真っ直ぐに構え、目を閉じた状態で上空へ浮かぶ悪意の気配へ向けての攻撃を創造する。
【嗚呼……憎いのね……いいわ、今は思うまま。放ちなさい、レイ】
レイの心核に融合したルシアの精神が呼応した瞬間、レイの瞳が見開かれ、紅く発光する。
「蹂躙セヨ! 【魔属性スキル】――魔の驟雨」
遥か上空より放たれる無数の黒き羽根は回避不能の広範囲攻撃。目を見開いたレイは、魔剣を翳し、あろうことか、そのまま上空へと投げつける――
「終わりだよ、【死属性スキル】――黒剣無重奏!」
レイの振り下ろされる右腕に呼応するかのように、空間に無数の魔剣が顕現し、真っ直ぐ上空へと放たれる! 死属性の力を纏った無数の魔剣は、空間を支配しようとしていた無数の羽根とぶつかり合う。……が、魔剣はまるで飢えた獣のように、闇を喰らい、呑み込んでいく。
ラウムは眼前の光景を美しいと感じていた。眼前に迫る無数の魔剣に押し潰され、蹂躙される感覚。今迄蹂躙する側だった魔族長は、魔剣に肉体を貫かれ、羽根を捥がれ、体躯に孔が空いていく感覚に、脳内を支配されつつあった。
そして、ラウムは自らの最期を悟る。ならば、最期は美しく散るのみ――身体に無数の孔が空いた状態で、ラウムは最期の高嗤いを披露する。
「ハハハハハ! 我滅びようとも、魔族は滅びぬ! 全ては……あの御方の栄光の……グギュァア!」
叫声虚しく、魔剣がラウムの顔を吹き飛ばし、彼が全てを言い終わる前に、魔族長の肉体は消滅する。死属性スキルによるレイの一撃が、魔族四柱さえも圧倒し、無双した瞬間だった。
魔族四柱――〝朱雀のラウム〟は、こうしてレイによって殲滅されるのであった。
「レイさーーん、やりましたね!」
戦闘に巻き込まれない場所へリーズと避難していたアンが、レイの下へと駆け寄って来る。しかし、自身の背中より彼女の声を聞いたレイは、冷たい言葉を言い放つ。
「来るな!」
「え?」
ラウムを倒し、上空で霧散していた闇闘気。ラウムの消滅と共に、漂っていた闘気が彼に還った瞬間、彼の身体に異変が起きたのだ!
レイの瞳は紅く光ったまま。振り返る彼の形相を見て、思わず足を止めるアン。右頬には紫か赤か、血管のようなものが模様のように浮き出ている。
軽鎧はその形を保てずに炎のように揺らぎ、レイの身体を包む。
「ぐぁあああああああああ!」
【嗚呼……ニクイノネ……ソウ……ナラ、ドウシタイノ……?】
頭を抱え蹲るレイ。アンはレイの傍へと近づこうとするも、見えない何かに弾かれてしまう。
「俺は……魔族……グラシャ……滅ぼす……滅……」
「大丈夫です。この時のために私が居ます!」
それは闇を包み込む女神のように。両手を広げたエルフが目を閉じ、旋律を奏でる。
――終わりは始まり 始まりは終わり
戦士よ そなたは何故戦う
希望のために 振るう刃
わたしがそっと包みましょう
終わりは始まり 始まりは終わり
それはひととき 戦士の休息
傷つき震える剥き出しの心
精霊の加護で包みましょう
溢れる闇闘気が刃となり、アンの手足に細かい傷がつく。
しかし、エルフの巫女は怯む事無く歌い続ける。やがてアンを取り巻く淡く清浄な光がレイの周囲に広がる闇闘気ごと包み込んでいく。優しく温かな光。
苦悶の表情を浮かべていたレイ。やがて、紅い瞳の光が元に戻り、揺らいでいた闇闘気が消えていくと共に、彼はそのまま気を失ってしまう。
「レイ様!」
倒れかかるレイの身体を優しく受け止めるアン。
こうしてアンの歌声によりレイの暴走は抑えられ、魔族長ラウムとの戦いは静かに幕を閉じるのであった。