ニ.仲間の裏切り
目覚めると、レイはあの森の中に居た。武器防具を剥ぎ取られ、四肢を大木に縛られており身動きが取れない。
「目が覚めたかい? 世間知らず君」
赤髪が悠然と青年を見下ろす。それは不敵な笑みを見せる勇者グラシャス。レイは拘束された状態で彼を必死の形相で睨みつける。
「グラシャス。どういう事だ? どうして密売組織のアジトに君が居たんだ」
「この状況下でまだ何も分かっていないのか?」
分かっていないのではなく、分かりたくなかったのだ。先程眼前で起きていた光景……全て夢だと彼は思いたかった。しかし、四肢を縛る拘束魔法による白い縄が、軋む腕の痛みが、これが現実であると彼に伝えていた。
「あの時オレ様は言ったよなぁ? アジトの潜入はやめておけと。忠告はした。それでもお前は選択したんだ。お前は愚かな正義を振りかざし、自らの死を望んだのさ」
険しい表情をした少年へ、グラシャスは大袈裟な動きで彼の行動を愚かな正義だと語る。
「グラシャス……君は……勇者だろ! 国に認められ、精霊の力を得た。魔族を討伐し、平穏な世界を築く……それが君の使命じゃないのか!?」
「ハッ。使命? 笑わせる。この世界を生き抜くにはなぁ、適当に魔物を倒して、稼いで、うまくやっていくのが一番なんだよ」
眼前の勇者はここまで堕ちたのか。レイはまだ現実全てを受け止める事が出来ないで居た。しかし、次にグラシャスより放たれる言葉に戦慄する事になる!
「なぁ、馬鹿はいつまでも馬鹿だなぁ!? そんなんだからいつまで経ってもパーティの足手纏いなんだよ!」
「足手纏い……だって?」
レイの全身に虫唾が走る。己の努力だけで騎士となり、今まで少なからずパーティへ貢献して来たと彼は考えていた。それなのに勇者はレイの事を足手纏いだと言う。
「冥土の土産に教えてやるよ。オレ様は昔から平和ボケした実力に伴わない正義感だけをぶら下げたお前が嫌いだったんだよ!」
「なっ!?」
縛られた両腕に力が入り、魔法で出来た白い縄がレイの腕に喰い込む。
「遠距離攻撃はエルフのルン一人で充分。回復や防御結界はマーサ。あとはオレ様の炎攻撃で殲滅出来る。お前が盾で仲間を守りつつ敵単体を攻撃する役なんて必要としてねーんだよ」
「僕は……!?」
――なぁ、一緒に冒険者になろうな!
幼い頃、教会を出る決意をしたあの日グラシャスがレイにかけた言葉が彼の脳内で反芻される。
――でも僕……強くなれるかな……。
――なれるさ! 純粋で真っ直ぐお前なら皆を守れる立派な騎士になれる! オレ様が保証するぜ!
(あの日、君がそう言ってくれなかったら僕はきっと……)
「なんとか言ったらどうだ? 遺言のひとつくらいは聞いといてやるよ?」
「僕は……僕は! 君を信じて此処までやって来た。君と一緒だったから強くなれたんだ! それなのに……」
「グラシャスに何を言っても無駄ですわよ、諦めなさい、レイ」
突如、もう一人の声が聞こえた。グラシャスの背後から近づいて来る見覚えのある顔。気を失う前にレイへ拘束魔法をかけた張本人。聖女マーサだった。エルフのルンも一緒だ。
「マーサ、ルン。なぁ、この縄を解いてくれないか……こんなの間違いだろう?」
「何を言っているの? 全て事実ですわよ? 麻薬なんて、欲望に負けて買う人間が居るから悪いの。レイ、残酷な世界を生き抜くには、もっと闇を知る必要があるわ」
大切な仲間として、いつも自身に寄り添ってくれた二歳年上の聖女、マーサ。普段の優しく微笑む彼女からは想像出来ない表情。愉悦――彼女はこの状況下を愉しんでいるというのだろうか?
「ルン……君も知っていたのか?」
「……黙秘」
ルンはレイから目を逸らしつつ、それ以上質問に答えようとしない。
「マーサ、そっちは終わったのか?」
「ええ。ビーンにはうまく言っておいたわ。あの人感情的になると面倒でしょう? ねぇ、さっさとこの場を終わらせましょう」
現実とは、こうも残酷なのか。レイの眼前で、勇者が聖女を抱き寄せ、接吻を交わしたのだ。彼女の自身に対する優しさは全てまやかしだったのか。レイの中の暖かい想い出が、硝子が割れたかのような音と共に崩れていく。
「マーサ……どうして!」
「ごめんね。これが真実なの」
現実が荒波のように押し寄せ、彼の脳裏に浮かぶ全てを想い出を押し流していく。迫り来るは闇。真っ暗な、出口の見えない洞窟に足を踏み入れたようだった。今まで信じて来たものは何だったのか。言い知れない感情が沸き上がっていく。
「まぁ、一緒に旅した好だ。今からお前を俺の剣で串刺しにして、ちゃんと火葬してやるよ」
「ギルドへ報告の際は、ちゃんと魔物討伐中に命を落としたあなたのお墓を建てて貰うからね」
「……ごめんなさい」
剣を引き抜いた勇者が迫って来る。勇者の持つ剣の刀身が、紅蓮の炎で朱く染まっていく。
「くそっ……こんなところで……僕は……」
「さようならだ」
(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)
ずぶり――
勇者の剣がゆっくり心臓へ向かって彼の身体に刺さっていく。炎の熱で身体が一気に熱くなっていく。そして、刀身が心臓へ到達しようと迫るまさにその瞬間――
【――あら、面白い魂ね。こっちへいらっしゃい?】
「え? 誰――?」
刹那、燃え上がる炎。紅蓮の炎がレイの身体を包み、同時に突如顕現した黒い炎と渦を成す。
「なんだ!? あの黒い炎は?」
「え? グラシャスのスキルじゃないの?」
「……レイ……」
紅と黒。二つの炎が渦を成し、森の中に火柱を創る。レイが焼かれる火柱の中をじっと見つめるマーサとグラシャス、ルンの三名。すると刹那、黒い炎がレイの身体を包み込んだかと思うと、跡形もなく消失する彼の肉体。まるで、魂が黒き闇に呑み込まれるかのように。
「え? レイが……消えた?」
「異常事態」
「オレ様の炎で消し炭になったんだろう?」
異様な光景に息を呑むマーサとルン。黒い炎を訝し気に見つめつつも、自己解決しようとするグラシャス。やがて、静寂を取り戻す森。
黒き炎は何だったのか。彼等が知る由もなく……。
そしてこの日、レイの身体はこの世から消滅した――
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