十六.夕べはお楽しみ?
この日、レイとアンは宿泊する宿屋に併設された酒場へと来ていた。冒険者で賑わう中、給仕係の兎耳ウエイトレスに二人掛けの席へ案内される二人。
ライトグリーンの髪にプラチナブルーの瞳、絶世美少女なメロンエルフを携えた漆黒の騎士。周囲の視線は夢がいっぱい詰まったメロンと、哀愁漂う闇騎士に釘付けだ。
そんな視線を知ってか知らぬか、運ばれて来た風の都で採れた葡萄をふんだんに使った葡萄酒のグラスを手に取る二人。お酒に関する法律がない世界のため、少年騎士や美少女がお酒を頼んでも、こうして咎められる事はないのだ。
「じゃあアンとパーティになった記念と」
「レイ様が風の王に認められた事を祝して」
「「乾杯~~」」
グラスを重ねる音にメロンも揺れる。葡萄の甘い香りと旨味が口の中へと広がっていく。風の谷自慢の味は、これまでの旅の疲れを癒してくれた。
美味しいお酒に、料理。鉄串に刺さったミノタウルス肉へ岩塩をまぶし、火で炙った串焼き――魔闘牛串焼き、口に含むと肉汁が溢れ、野性的な味にレイの頬っぺたが思わず落ちそうになった。
「これは、旨いな」
「どれも風の谷自慢の料理の数々ですね」
仄かに頬を赤く染めたアンは葡萄酒を飲みつつ、レイの豪快な食べっぷりを満足そうに見つめている。
「レイ様。でも本当によかったのですか?」
「ん? 何がだい?」
一通り食事を堪能したアンが、レイへと尋ねる。
「防衛戦という事は、これから魔族と戦う事になるのでしょう? レイ様なら心配ないとは言え、風の国の危機に手を貸していただけるなんてなんだか申し訳なくて……」
「嗚呼。問題ないよ。魔族の討伐は、ルシアと契約する以前から俺の使命だ。それにこの程度で立ち止まっていては、本来の目的は果たせないしね」
本来の目的という言葉にアンの手が一瞬止まる。火の勇者に裏切られた目の前の少年は闇精霊と契約し、復讐を果たそうとしているのだ。
彼の十七歳とは思えない、決意の籠った眼差し。アンも気持ちを奮い立たせるかのように葡萄酒を口に運んでいく。
「おい、アン! 飲み過ぎじゃあ……?」
「このくらい平気ですよ。私はレイ様のパーティの一員です。最後までレイ様の傍にお仕えしますからねっ! おかわりください!」
立ち上がるエルフに揺れるメロン。どよめく客と、頬を染めるウエイトレス。いつも冷静なレイも、なるべく眼前で揺れる果実が視界へ入らないようにしていた。
そして……。
「わたしはぁ~~~だいじょうぶれすからぁ~~」
「だからアン……飲み過ぎだ……」
エルフを肩へ担いだ状態で客室へと続く階段を上る。密着している柔らかい部分、主に果実の弾力がレイへ伝わって来る。なるべく意識しないようにしつつ、宿泊する部屋へと入るレイ。
「さぁ、着いたぞ、アン」
「ありがとうございましゅ~~」
二つのベッドのうち、手前のベッドへとアンを寝かせる。毛布をかけてあげたところで、もうひとつのベッドから声が聞こえる。
「あらあら、寝ちゃったわね。私に構わずその子のメロン、食べちゃってもいいわよ?」
「な!? びっくりした! ルシアか!? ……って何言ってる。しかもその格好……!」
そう、用意された二つのベッド。隣のベッドにはあろうことか、闇精霊ルシアがいつもの黒レースのビスチェ姿で横になっていたのだ。
「だって、レイも健全な男の子なんだし、こんな美少女エルフを目の前にして興奮しない方がおかしいわ。あ、それとも……この子が寝ている間に、闇精霊ルシア様と文字通り融合しちゃう?」
「だから揶揄うなって。お前が顕現したままそこで寝るなら、俺はソファーで寝るぞ?」
備えつけの毛布を手に取り、そのままソファーで寝ようとするレイ。
誘惑に屈しないレイに対し、『もう~つれないわねぇ~』と言いつつ漆黒の煙となり、レイの中へと入っていくルシア。
【嗚呼~~レイと私がひとつにぃ~~】
「はいはい、寝るぞ。ルシア」
融合した状態で念話を交わしたところで静かになる闇精霊。ようやくベッドへ入る事を許されたレイ。隣のベッドには白いチューブトップから溢れんばかりの果実を主張させたエルフ。なるべく意識しないよう、反対を向き、毛布へ包まる少年。
なんだかんだ目が冴えてしまい、彼が暫く寝付けなかった事は言うまでもない。
◇◆◇
「ん……ん……朝ですかぁ……」
目をこすりつつ、エルフの美少女は目を覚ました。彼女の脳裏はこうだ。『どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい……』……と。
昨晩レイと飲んでいた事を思い出すエルフ。シーツを包んだ状態で、彼の姿を確認しようと身を回転させたところで、隣のベッドに眠る男女の姿が目に入る。
「レイ様と……ルシアさ……え?」
「あら♡おはよう、アンちゃん」
毛布を捲って身を起こす闇精霊の姿に衝撃を受けるアン。そこには上半身裸のレイと、いつもの下着姿のルシアがひとつのベッドに横たわっていたのだ。
「あわわわわ……ルシア様……そ、その格好……」
「嗚呼、これ? レイと途中までひとつになっていたんだけど、あまりに寝顔が可愛いから添い寝していたのよねぇ~~♡」
両頬に手を当てて語るルシアに、わなわなと震え始めるアン。
ルシアは決して間違った事は言っていなかった。あくまでひとつになっていたとは、融合していただけの話である。融合した状態でレイが眠ったあと、寝顔を見るために顕現した彼女は、そのまま添い寝をしていた。レイが上半身裸な理由も、単に闇闘気によって纏っていた衣服が消滅したためなのであるが……。
「え……え……えっちぃのは嫌いですぅ~~!」
声と共に飛び起きたレイの頬っぺたに放たれるアンの平手打ち。
少年の朝は衝撃と共に幕を開けるのだった――
「わ、私、勘違いで……本当すいませんでした~~!」
「いや、いい。冒険者たる者、如何なる時でも強襲に備えておかなければならない。これはいい経験になったよ」
朝食会場にて食事を取るアンとレイ。頬についた掌のあとをさするレイへアンは平謝りだ。
【もう~、アンったら~。変な想像するから~~】
「ルシア様が、意味深な言い方をするからいけないんですぅ!」
あの後ルシアの説明により、レイの誤解は解かれたのである。姿を消して念話で会話するルシアの声に思わず反応するアン。アンの揺れるメロンに朝食会場からも溜息が漏れるのである。
朝のデザートには大きすぎるメロンである。
そしてこの時、朝ご飯をのんびり食べるレイ達の下へ緊急通達が届くなど、誰も予想していなかった。
レイが朝食のパンを食べている時、ルシアの声が二人の脳裏に響いたのである。
【おはよう。え? なんですって!? ええ。分かったわ。すぐにそちらへ向かうわ】
誰かと会話をしているようなルシアの応答。どうやら彼女へ誰かからの念話が届いたのだろう。
「ルシア、どうしたんだ?」
「何かあったんですか?」
周囲に悟られないよう、小声で会話するレイとアン。ルシアは二人へ向け、念話を届ける。
【ええ。今のは風精霊シルフからよ。精霊は精霊同士、元々独自の通信網を築いているの。今、遠方より、魔物の集団がこの国へと近づいているわ。もうじき風の谷は緊急警戒態勢になる】
「なんだって!」
「大変です」
あくまで冷静に、小声で会話をするレイとアン。残りの食事を食べ終え、ルシアの指示に従う。
【レイもアンちゃんも、今すぐキャロット宮殿へ向かって欲しいとの事よ。準備して行くわよ】
「任せろ」
「わかりました」
静かに頷く少年とエルフ。
風の谷を守る戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
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