一.勇者パーティの少年騎士
深い森――魔物が徘徊、跋扈する中、颯爽と駆け抜ける者たちが居た。
幼くして冒険者に憧れ、騎士となった少年――レイ。彼は今、勇者パーティの一員として、眼前に迫る巨大な大蛇と向き合っている。
強さにして銀等級。一国の小隊レベルの兵士が集団で倒せるレベルの魔物。大蛇――エビルサーペントの巨大な尻尾を盾で弾く。続け様に襲い掛かる鋭牙を高く飛び上がり躱し、遥か上空より煌めく刀身を脳天目掛けて突き刺すレイ。
剣を引き抜くと同時に地面へ着地すると、咆哮した大蛇は暴れつつもやがて地に伏し静止する。
「ありがとうレイ。助かりましたわ」
「マーサ、無事でよかった」
後ろに控えていた黒髪の女性はパーティの回復役マーサ。レイの二つ年上の聖女であり、身寄りのない二人は勇者と共に国の外れにある小さな教会で育った幼馴染同士。レイにとって彼女は、いつしか守るべき特別な存在となっていた。
「……? どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ」
マーサから目を逸らしながら、答えるレイ。修道服の隙間から零れそうな果実が感謝の意を表し上下運動をしていたためだ。そんなマーサとレイの背後で鳴り響く轟音。
「他の、雑魚は……殲滅。任務は、完了」
そう言いながら、風を纏った弓を背負う小柄な少女が近づいてくる。
銀色ビキニアーマーを身につけた彼女の名はルン。
旅先で勇者パーティの一員となった彼女は、遠距離攻撃が得意な弓使いのエルフだ。低等級の魔物達はどうやら彼女が殲滅したらしい。
「火精霊よ、力を貸せ。消し炭になりな! 火焔流撃!」
三人の眼前――
まだ息が有った大蛇を一瞬にして焼き尽くす灼熱の火焔。燃え上がる閃光に紫色の体躯は黒く染まり、エビルサーペントの命は尽きる事となる。
レイは突然の出来事に目を見開くも、すぐに何が起きたのか把握する。
炎の発現元となった赤髪の少年が彼に近づいて来たからだ。
レイ、マーサと共に孤児として教会で育った存在。このパーティのリーダーであり、若くして、国に勇者として認められた男――
「おいレイ、お前はそんなだから詰めが甘いんだよ! 最後まで止め刺さないでどうする!」
「グラシャス。だからと言ってあの炎……こっちが巻き込まれたらどうするつもりだ……」
「ぐ……!?」
呻き声を漏らすレイ。
――グラシャスと呼ばれた少年が胸倉を掴んできたからだ。
レイよりも背が高いグラシャスは鍛え抜かれた彼の身体をいとも簡単に持ち上げてしまう。
「オレ様を誰だと思っている。火の勇者――グラシャス・フレイア・ロードだぞ。そんな失敗、オレ様はしねーよ」
この世界には元素を司る精霊が存在する。
四大元素を司る四大精霊のうち、勇者グラシャスは火の精霊――イフリートの力を封印し、剣へ籠めて戦う精霊武技を身につけていた。結果として彼は〝火の勇者〟の名を馳せるようになり、こうして国を脅かす魔物討伐任務を担っているのだ。
「分かったから……離せよ……コホッゲホッ」
「さっさと蛇の皮と牙を売って酒場へ行くぞ」
強力な魔物ほど、武器や防具、薬など、様々な素材に用いられるため高く売れる。今の勇者は正義感よりも、財欲が先行してしまっているようだった。
「昔はこうじゃなかったんだけどな……」
レイの呟きは勇者へ届く事なく、白い息となって深い森の大気に漏れ溶けていった。
転機――レイにとって、それは突然訪れる。
きっかけはギルドへ倒した魔物の一部を素材として換金しに行った際、冒険者ギルド内で耳にした麻薬密売組織の噂だった。勇者パーティとしては、看過出来ない内容だった……のだが。
任務を終えた夜、宿屋の酒場は冒険者達で賑わっていた。テーブルにおかれたエールを一気に飲み干す勇者。この世界にはお酒に関する法律がないため、グラシャスは十七にして、任務のあと酒を煽る事が日課になっている。
「任務の後の酒と肉は最高だな。さぁ、お前等も食え!」
グラシャスに促されるも下を向いたままのレイ。エルフのルンはきのこのスープを静かに匙で掬っている。テーブルの上に置かれた魔闘牛のステーキをひと切れ口へ入れたマーサは至福の表情となりつつも、レイの様子に気づく。
「嗚呼、このお肉……ほっぺが落ちますわね。どうしたのレイ? そんな浮かない顔して」
「いや……さっきギルドで断った任務の事だよ。麻薬密売組織……僕たち勇者パーティとして放っておく訳にはいかないと思って……」
レイの発言に、エールのおかわりを飲もうとしていた勇者の手が止まる。グラシャスはギルドにて、密売組織調査の依頼を断っていたのだ。レイは彼へと向き直り、組織のアジトへ乗り込むべきだと伝える。
「どうしてそんな面倒な任務をやらないといけない? 魔物の背後に潜む魔族の討伐。これが最優先事項だろ?」
「でも、密売組織を通じて闇商人へ麻薬が流れているのなら、僕たち勇者パーティとして見過ごす訳には……」
「あ? リーダーはオレサマだ。そんなもん他の連中に任せておけばいい。なぁ、マーサもそう思うだろう?」
グラシャスから話題を振られ、魔闘牛のステーキを食べていた聖女がゆっくり顔をあげる。
「そうですわね。わたくしもそこまで危険を冒す必要はないかと……」
「そんな、マーサまで……」
正義感の強い彼は、眼前で起きている犯罪を放っておける性格ではなかったのだ。テーブルの上にあった葡萄酒を飲み干し、彼は食事会場を後にし、ひと足早く宿屋の部屋へと戻っていく。
「あ、レイ」
「ルン、あいつの事は放っておけ」
その夜――
軽鎧の上から闇夜に紛れる外套で身を隠し、宿を抜け出すレイ。宿の外へ出たタイミング、背後からの声に脊髄がビクリと反応する。
「レイ、何処へ行きますの?」
「マーサ」
レイが一人アジトへ向かう事を予期していたのか、彼女も修道服の上から毛皮のコートを着ていた。呼びかけを振り切り、一人向かおうとする彼の背中に彼女が身を寄せる。彼女の体温が、柔らかな感触と共に背中ごし、彼に伝わる。
「どうしても行くのですね。危険ですわよ?」
「グラシャスが行かないなら、僕が行かなくちゃいけない」
「わたくしはあなたの事を心配していますのよ」
「嗚呼、分かっているよ、ありがとうマーサ……ごめん!」
「ならば私もついて行きますわ!」
彼女からの思わぬ提案。ようやく彼は振り返り、彼女の瞳を見つめる。真剣な表情の彼女。おっとりそうに見えるが、レイと同様彼女も言い出したら聞かないタイプなのだ。暫く思案するも、諦めたのか、彼はゆっくりと息を吐く。
「もし危険と判断したなら戻る。それなら問題ないだろう?」
「ふふふ、分かりましたわ。わたくしの拘束魔法と回復魔法なら、きっと現場で役に立ちますわよ?」
メインストリートにある宿屋を離れ、裏路地を通り、歓楽街を抜ける。街の外れ、魔物が徘徊する深い森の手前、岩場に囲まれた場所にポツンと佇む建物。
冷たい空気が静寂を装い、場を支配している。組織の人間であろう覆面を被った男が入口で警備をしている。岩場の木陰より、そっとアジトの様子を観察するレイ。
「あれが密売組織のアジト……」
「待って、誰か来ますわ」
アジトへ向かう人影に気づき、再び身を隠すレイとマーサ。入口の覆面男と何か会話をしている。風貌からして男だろうか? 男は周囲を確認し、目深に被っていたフードを取る。夜でも目立つ赤く燃えるような髪は、離れた場所からでもすぐに認識出来た。
「なっ……どうして彼が!?」
それは彼のよく知る〝火の勇者〟――グラシャス・フレイア・ロード、その人だったのだ。
レイの心臓が早鐘のように鳴っている。しかし、確かめずには居られなかった。岩場からアジトの裏手へと素早く廻り込み、窓の隙間から中を確認しようとする。あの場ではレイを心配し、潜入を止めた上で一人乗り込むつもりだったのか? だが、もしそうなら堂々と正面入口から潜入するなど不可能なのだ。
組織の幹部らしきモノクルをつけたシルクハットの小柄な男へ何かを渡している赤髪の青年。小柄な男の大きな声は外に居るレイも認識出来る程の大きさだった。
「ケーッケッケッケ。ギルドが討伐依頼した魔物の一部がこうして勇者殿の活躍により、麻薬の精製に使われているなんて、夢にも思わないでしょうなぁ~~」
「フ、御託はいい。で、その闇ルートでの流通とやらはうまくいっているのか?」
「ええ。勿論。此処〝火の国〟より隣国〝水の国〟への闇ルートは既に掌握済ですよ」
先日討伐したエビルサーペントの皮と牙。勇者自らの手によって麻薬精製の材料として闇の組織へと渡り、しかも、流通に関わる会話をしている。信じ難い光景に、目を見開いたままのレイ。
「エビルサーペントの皮と牙は希少だ。水の国での取引とやらが成功した暁には……わかっているな?」
「ええ。成功報酬は勿論弾みますよ。ただその前に――」
左眼のモノクルに一瞬触れた男はひと呼吸置き、レイが潜む窓の方向を見やり――
「――そこに居るネズミを始末して貰わないと困りますがねぇ」
気づかれた!?――
モノクル男と視線が合った気がして、慌てて屈むレイ。早くここから逃げなければならない。しかし、グラシャスが中に居るのだ。彼は状況を整理しようと考えを巡らせる。
「心配は要らんよ? オレ様の仲間には拘束魔法が得意な有能な女が居るからな」
建物内から聞こえた声を認識すると同時、レイの身体に電流のような衝撃が走り、鉄塊になってしまったかのように、その場に硬直してしまう。尻持ちをついたような体勢のまま、彼が見上げた視線の先、光を失ったかのような妖しく黒い瞳の持ち主が、杖を掲げたまま悠然と彼を見下ろし妖しく嗤っていた。
「ねぇ? わたくしの拘束魔法、現場で役に立ったでしょう?」
彼女の声を遠くに聞きつつ、レイはその場で気を失った。
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