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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
5/45

5 紙切れ

 明くる日、ナジャー家の屋敷は、久々の賑わいを見せていた。主である老夫婦が孫の来訪を喜び、盛大に持て成しているのだ。とはいえ、主に忙しいのは厨房や主の側仕えで、普段と仕事量がさして変わらぬラーニャ達は、慣れない空気を楽しんでいた。


 ラーニャが空き室の掃除をしていると、一枚の紙片が落ちているのを見つけた。扉の下から入り込んだようだ。拾い上げ、裏返す。どこかで濡れてしまったのだろう、文字が滲んで読みづらいが、商品名と思しき単語と、数量がいくつか走り書きしてあった。ナジャー家の看板商品である絹の品目も混ざっており、主の仕事に関するものだと窺えた。オミウは紙の名産地で、孤児院でも紙に困ることはなかったが、それでも見たことがないほど上質な紙だ。


 (家政婦長にお渡ししないと。)


 ラーニャは、まだ主の前に出ることを許されていないので、取り次ぎを頼む必要があるのだ。慌てて部屋を出ようとし、足を止める。


 (でも、確か今日はとんでもなくお忙しそうだった…。)


 どうしたものかと考え、何かの助けになればと、腰の小物入れから新しく紙を取り出し、内容を写すことにした。主と家政婦長の年齢では、滲んだ文字を読むのは難しいだろうと考えたのだ。一緒に渡せば、少しは役に立つだろう。

 さっと書き終えると、掃除の後片付けをし、館をうろつく。次なる問題は、どうやって主の元へ届けるかだ。家政婦長は元より、主付きの侍女や近侍も見当たらない。

 ひとまず主の部屋の周りに居ようと向かってみる。すると、丁度、主の部屋から見覚えのある顔が出てきた。

 主の孫、ファイサルだ。都で流行っているのだろうか、オミウでは見慣れない形の服を着ている。


 「やあ、昨日の子か。お祖父様に何か用か?生憎だが、はしゃぎつかれて昼寝中だ。」

 「昨日はお助けくださり、真にありがとう存じます。ファイサル様。」

 「気にするな。備品の管理をさぼったやつらの責任さ。お祖父様にも言っといたからもう同じことは無いと思うが、しばらくは気をつけとけよ。」

 「はい。重ね重ね、ありがとう存じます。」


 運の良いことに、向こうから声を掛けてきた。挨拶の切れ目を狙い、これ幸いと申し出る。


 「実は、旦那様の物と思われる紙片を見つけまして。お仕事の関係の走り書きがございましたので、念のためお持ちしようとしております。」

 「仕事?見せてくれ。」


 紙片を差し出すと、ファイサルは、「ああ。」と声を漏らした。


 「これは俺のだ。助かったよ、探してたんだ。…ん?2枚目は…写しか?」

 「元の文字が滲んでおりましたので、勝手を致しました。」

 「ということは、まさか君が書いたのか?」


 驚きを孕んだ問いかけに、「はい。」と頷く。


 「へえ、さすがお祖父様の女中は違うなあ。それにしても綺麗な字を書く。ここへは、行儀見習いに?」


 文字が書けるため、中流階級の娘だと思われたようだ。ナジャー家で働いた経験のある娘は、箔が付くと有名で、本来は働く必要が無くとも、嫁入り前の行儀見習いとして来ている女中や侍女は多い。むしろ、生活のために働くラーニャ達の方が珍しいのだ。


 「いえ。私は旦那様のお慈悲により、孤児院より受け入れて頂きました。読み書きは、昨日お助け頂いたマリアムという娘に教わったのです。彼女も同じ孤児院の出ではございますが、学がございまして。」

 「そうか。それはさぞ苦労しただろうに、大したもんだ。」


 ファイサルは感嘆の声を漏らし、しげしげとラーニャの文字を眺めた。

 特に次の言葉を掛けられるでも無かったので、掃除に戻ろうと礼をする。

 

 「では、失礼させていただきます。」

 「なあ、君、名前はなんて言うんだ?」

 思いがけず呼び止められる。ラーニャは戸惑いを隠しつつ名乗った。

 「…申し遅れました、ラーニャと申します。」

 「ラーニャだな。引き留めて悪かった。紙、ありがとな。」


 ファイサルの笑顔に眩しいものを感じながら、ラーニャは再び頭を下げる。そして今度こそ、その場を後にしたのだった。


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