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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
43/45

43 宰相と女王


 若き女王ニスリーン・ザフルは、長椅子に寝転んだせいで乱れた髪……大きなカツラをナダに直させながら、鏡を覗き込んでいる。


 「暑さで化粧も崩れてきた。ラーニャ、そこの道具を使ってくれ」

 「わたくしが陛下のお顔に触れてよろしいのですか?」

 「許す。エイジェの顔もきれいに仕上げているではないか。これもまた一興だ」


 女王は「エイジェ、構わないだろう?」と鏡越しにラーニャの主に尋ねた。


 「もちろん。ラーニャは美容に詳しい商人と親しくて、なかなかの腕前ですわよ」

 「おお。贔屓にしているというナジャー商会か?そんな者がいたのか」

 「はい。ラーニャの幼い頃からの友人が、ご婦人方向けの商売を仕込まれておりまして」


 勝手に話を進めないでください!とも言えず、ラーニャは緊張で震えそうな手を必死に鎮めながら、指された化粧台から取り出した綿を、女王の額に当てた。


 孤児院でともに育ったサナは、その美貌を異国ムジャウハラート風の衣装で隠しながら商人の見習いをしている。女性には顔を見られても困らないだろうと、貴婦人専門の商人としての道を探し、古今東西の美容法を学んでおり、先日の再会以来、頻繁に様々な技術を教えてくれる。サナほどの美人が勧めれば、説明を聞く客も熱心になりあれこれ買ってくれるのだとか。


 女王の右目の周りの化粧が大きく滲んでいるため、少量の油で思い切って化粧を落とすと、驚くほど素朴な眼差しがラーニャの視線と交わった。


 化粧がそのまま残っている左目は、豪華で威厳のある仕上がりなのに、右目はまるでただの少女のようだ。女王は力強い化粧で印象を大きく変えていたのかと、ラーニャは衝撃を受けた。


 (あれ……このお顔、どこかで……)


 平静を取り繕い、ナダの助言も受けながら左目を参考に右目の化粧を慎重に直していく。


 (ああ、そうだ)


 「陛下は、シャリーファ姫とよく似ていらっしゃるのでしょうか」


 呟くと、化粧しやすいように目を伏せたまま、女王が笑った。


 「何故そう思う?」

 「実は以前、若い高貴な女性と、このお屋敷でお会いしたのです。美しい方で、陛下にどことなく似ていらっしゃいましたので」

 「……それは貴重な体験をしたな。シャリーファの顔を知るものは少ない。しかし、美しいと本当に感じたのか?俗に言う美人ではないだろう」

 「もちろん本心でございます。たしかに役者のような顔立ちとは違いますが、不思議な魅力のある美しい方です。光り輝くような方でした」

 「ふふ、そんなことを思っていたのか。嬉しいことだ」


 左目も簡単に整えて、目を開けてもらうと、女王は、まるで自分を褒められたかのように嬉しそうに、たいそう華やかに微笑んだ。


 ✜✜✜✜✜✜✜


 「陛下は長く休まれていらっしゃるのね。暑気あたりかしら」


 宰相アーディラ・ザフルは、宴を離席して長い姪を気にして、自身も女王のための部屋へ向かった。

 物心つくまえから王冠を戴く姪は、女王としての生活が身についていると思っていたが、近頃では年の近いバルセームの娘にべったりだ。その侍女にまで親しくしているという話もあり、威厳が損なわれると頭を悩ませていた。今もバルセームの娘といるようだ。


 (側近にすることを認めたのは過ちだったわ)


 エイジェ・バルセームはその血筋こそ良いが、成人まで山奥の隠し里でひっそりと育てられてしまった。頭の回転は悪くないとはいえ、必要な知識も話術も圧倒的に不足している。本来は、女王とはほどほどの距離を保たせる腹積もりだったのだ。

 

 (そもそも、エイジェを呼んだあの日、なぜ急に側近にするだなんて言い出したのかしら)


 アーディラの宮に女王が訪れることは珍しくない。

 女王が乳離れする前から、親代わりとして養育してきたのだ。例の日も、ニスリーンは重たいカツラや化粧から解放されるひと時をのんびり楽しんでいただけと思いきや、エイジェの顔も覗き見る前に突然慌ててやってきたのだ。


 エイジェをそばに置きたいと。


 動揺を表にだすことがないように育ててきた。その姪が、不安と期待がないまぜになった色をにじませ、声を震わせて訴えてきた。


 アーディラの宮にいるときだけ軽装が許される女王は、その素顔は、死んでしまった妹にとても良く似ていた。

 

 (だから、つい、許してしまった)


 昔から、アーディラは妹に弱いのだ。


 可哀想な腹違いの妹、アスラール。

 

 とても賢い人だった。一を教えれば十を知り、どんな気難しい人の心も開き、その聡明さは主義主張が対立する相手からも尊敬を集めた。

 誰もがアスラールに期待した。アスラールがいればザフル王国は安泰だと、皆が口にした。


 例外は、弟だけだった。


 アーディラの異母弟。アスラールの同腹の兄。

 愚かなアスアド。紅薔薇王。


 アーディラ自身の母は早逝し、母の一族も権勢を衰えさせていたため、次の王位は弟アスアドのものだった。

 アーディラはそれを受け入れ、妹や他の弟達と力を合わせ、アスアドの治世を支えようと思っていた。それなのに。


 弟はおかしくなってしまった。

 優秀な妹と比べられ続けた所為だろうか、彼は歪んだ劣等感に取り憑かれた。女が地位を得ることのなかった旧帝国文化に執心し、己の自尊心を慰め、気付けば旧帝国勢力と接近していた。

 父王が不審な死を遂げ、アスアドが王位につくと地獄が始まった。旧帝国色の濃いシャガル系の貴族が宮廷を闊歩するようになり、ザフルはシャガルの属国同然にまで落ちぶれかけた。


 口うるさい姉が疎ましかったのだろう、アーディラは命を狙われ、隣国マタルに亡命せざるを得なかった。

 

 王宮に残した妹は気丈だった。同じ父母を持つ実の妹を殺しはしないだろうと、罪なき囚人に恩赦を与え、ザフル系と土着の貴族をまとめようと懸命に動き、必死に兄を諫めた。


 そんな妹を誇りに思いながら案じていたある日、信じがたい報せがマタルに届いた。


 アスアド王が后を取る、と。


 それはいい。問題はその相手だった。


 后の名はアスラール・ザフル。


 めでたくも、すでに懐妊していると。


 気を失いかけた。アーディラの弟は、劣等感に狂い、ついに実の妹を犯したのだ。兄妹婚など禁忌中の禁忌。旧帝国時代ですら、腹違いの兄弟姉妹での婚姻の例しかない。誰も、アスアドに異を唱えられぬ状態に陥っていたのだ。

 そこからの日々はより残酷だった。なんとか子を産めば、また次の子を孕まされる。死産を含めれば、実の兄の子を10人産ませられた。

 悪阻が重く、長く続く体質だったアスラールは、その後の長い期間、政治の表舞台に立つことはなかった。

 これ以上なく酷い方法で、弟はアスラールを無力化したのだ。


 アーディラが娘を産み、折しもアスラールも最後の出産を終えてすぐ、なんとか彼女を救い出せた。妹はすっかり瞳の光を失っていた。それでも、すり減った心と、酷使され続けた身体に鞭打ち、妹は、アスラールは女王となり見事な手腕で国をまとめ上げたのだ。

 やっと幸せにしてやれる。やっと彼女の能力を発揮させてやれる。やっと、兄に虐げられることも、子を人質に取られることも、子を殺されることもない平穏を与えられる。長く苦しい思いをさせた分、己が妹を守ると決意した。命に変えても、妹を守ろうと。


 そう思った矢先だった。

 アスラールとアーディラは共に毒を盛られ、アーディラだけが生き残ってしまった。


 邪魔な王族を消し、赤子のニスリーン姫を駒とし、ザフル王国を手に入れようとした勢力があったのだ。

 彼等の目的は果たされたかに見えた。女王とその姉は毒に倒れ、王女ニスリーンは攫われた。

 しかし、アーディラは生き残った。ニスリーン姫も守りきれた。

 

 最後の娘を失ったと、死の床で泣く妹に、先に回復したアーディラは必死に伝えた。


 「私がニスリーンを守る。必ずあの子を女王にする。大丈夫、ニスリーンは無事よ。ほら、ここにいるわ。抱いてあげて。攫われたのは、入れ替えていた、別の赤子なのよ……」 

 

 目元が熱くなり、アーディラはハッとして天を仰いだ。

 

 (いけない、昔のことを思い出し過ぎた)


 妹が死んだのは20年近く前だというのに、時折こうして辛い記憶が溢れ出してくる。

 

 愛娘(シャリーファ)と引き換えに、守り育ててきた大切なニスリーン。必ず、彼女を偉大な王にしなければ。


 アーディラは目的の部屋の前につくと、一つ息を吐いてから、侍女に扉を開けさせた。


 「陛下、わたくしです。入りますよ」


 

 

 

 

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