表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
42/45

42 貴族と平民

 女王の成人の儀が終わり、それに伴う社交も一段落したこの頃、ザフル王国の各地から集まっていた貴族たちは、それぞれの所領へと戻り始めている。

 別れを惜しむように連日宴が開かれ、ちょうど宰相アーディラ・ザフルの宮でも、明るい日差しの下で大勢の貴族が歌や踊りを楽しんでいた。エイジェもまた招かれたひとりだ。


 「改めてすごいわね、みーんな偉い人よ、私が一番雑魚だわ」

 「エイジェ様、お声を小さく」

 「おっと……」


 ラーニャがたしなめると、エイジェは口をすぼめて誤魔化した。

 遠くでひときわ大きな笑い声が上がる。宰相を中心とした大御所の貴族たちの前で、飼いならされた猿が芸を披露しているようだ。

 ラーニャ達の周りにいた数人が、同じように猿に視線をやって嘲るような笑みを浮かべた。


 「私の領民も、あれくらいできれば良いのに。猿以下でね。嘆かわしいことだ」

 「心中お察しいたしますよ。うちも碌に税も納めないのに、金ばかりかかって」

 「そろそろ孤児やら貧民の救済政策は予算を削ってもよいのでは?事務手続きだけでもなかなか手間だ」

 「まあ、宰相殿下の…おっと失礼、我らが女王陛下の肝いりですからな」

 「しかしもう隠された方も出尽くしたろうに…。民がつけあがる」

 

 あれは、あくまで、市井に隠された高貴な人間を守るための政策なのだから。


 「ラーニャ、木陰に行きましょう」


 エイジェが何か気づいた様子で、ラーニャに声をかけた。

 視線に混じる気づかわし気な色に、ラーニャは自分の顔が強張っていたことに気づいた。


 「むかつく奴らね。ああいう手合いに限って、自分は博愛主義者とか思ってるのよ」

 「……あれが、貴族の皆様の本音なのでしょうね。もちろんエイジェ様は違うと分かっています」

 「孤児救済政策とかそのあたりなら、きっと目的の大部分は占めるのでしょうね。でも、それだけじゃないわ。治安が良くなるし、お金も回る。国にとって利のある政策よ。そうでもなくちゃ、こんなに長く続ける訳ない」

 

 ラーニャは微笑みを返しつつ、胸の奥にもやもやと黒い感情が燻るのを感じた。


 (そうだとしても、さっきの貴族達のような考えが主流なんだろうな)


 少なくない人が周囲にいたが、平民を蔑む言葉は、ただの挨拶程度の気軽さで聞き流されていた。むしろ、発言者に同意する表情を見せた者が多かった。

 エイジェは市井で育ったとはいえ、高貴な人間だ。彼女自身は違う考えでも、いつか生まれるであろう子や孫は、貴族として育って、無意識にあの傲慢さを獲得していくのかもしれない。


 ラーニャは、国の保護を受けた孤児院で養育され、国の後押しもあって良い勤め先を得、その他の幸運と努力で貴族社会に関わるようになった。

 王家には大恩がある。

 しかし、それを自覚していてもなお、貴族達の価値観には受け入れがたいものがあった。

 

 (たまたま、良い主に恵まれてきただけ。平民の私は、本来は猿と同列の命なんだ)


 「あら、陛下がこちらを見ているわ。行きましょう、ラーニャ」


 エイジェの視線をたどると、大勢の人に囲まれた女王ニスリーンが、涼し気な室内でこちらに微笑みかけていた。

 話しかけてくる人々をいなしながら向かうと、女王は「暑いな」と目を細めた。


 「エイジェ、少しはしゃぎすぎた。奥の部屋で休もう」

 「かしこまりました」

 

 若い女王は手にした杯を空け、流れるように立ち上がった。叔母の屋敷ということもあり、慣れた様子で屋敷の奥に向かう。

 着いたのは、休憩用の客室というよりは、住人の私室のような部屋だった。


 「ここは?」

 「私の部屋だ。この宮を訪れることは多いからな。ああ疲れた。そなたら、好きに座れ」


 言いながら窮屈な靴を脱ぎ捨て、髪が乱れるのも厭わずふかふかの長椅子に寝転がる。

 この頃、女王も気を許した姿をエイジェ達に見せることが増えてきた。

 無防備な姿を見ると、女王もラーニャ達と同じ年頃の娘なのだと、不敬な親近感を覚えてしまう。


 女王の侍女であるナダが座るのを見て、ラーニャもエイジェの隣に腰を下ろした。侍女は宴の最中も立っていることが多いので、ありがたい。今日は久しぶりに暑い日で、暑気あたりしてしまいそうだったのだ。


 ふと視線を感じて顔を上げると、女王がじっとラーニャを見つめていた。


 「ラーニャ、そなたのような立場の者からは、伯母上はどう映った?」

 「私でございますか?」


 思いがけない質問に、目を瞬かせる。

 先ほどまでいた宴席では、宰相とエイジェが会話をする場面もあった。それほど接点があるわけではない。ほとんど一人で国を背負ってきたような傑物だ。その眼差しには鋭利な色も当然含まれ、やや苦手であった。


 宰相は、女王の伯母にあたる。先代のアスラール女王の姉にして、先々代のアスアド王の妹だ。

 アスラール女王の死後は、幼いニスリーン女王の摂政として、国を治めてきた。件の孤児救済政策は女王が赤ん坊のころに出来たはずだから、宰相の意向でできたものだろう。

 

 「……厳しさの中に、慈悲を秘めた方のように感じます」


 ラーニャは、宰相がいなければ、野垂れ死んだり、物乞いとなったりしていてもおかしくはない孤児の身の上だ。

 内心はどうであったにせよ、恩人と言える。当たり障りない回答をしたつもりだ。

 至高の女王は少し不満そうに、「ふうん」と鼻を鳴らした。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ