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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
4/45

4 出会い


 「ラーニャ、ちょうど良いところに!手を貸して!」

 「え?…って大変!」


 突如、ナジャー家の廊下にサナの声が響いた。物思いに沈んでいた意識が瞬時に現実へと引き戻される。ラーニャが驚いて声の主を探すと、通りがかった部屋の中に、脚立を必死の形相で押さえつけているサナと、その脚立の上で壁に縋りつくマリアムの姿があった。尋常ではない状況だ。

 抱えていた水差しを大慌てで飾り棚に置き、走り寄って脚立を支える。


 「ありがとうラーニャ。助かった…。」

 「大丈夫?何があったの?」

 「脚立が古かったみたい…。カーテンを外していたら急に不安定になって。」


 マリアムが頭上から涙声で礼を言う。

 ひとまずの危険は去ったと判断し、ラーニャはほっと息を吐く。


 (そうか、廊下もカーテンが外されていたから、山や湖がよく見えて、ついぼうっとしてしまったんだ。)


 思えば、今日の屋敷はやけに明るかった。

 気を取り直し、問題の脚立を観察してみると、不自然に脚が歪んでいた。元の形に戻せないかと足で小突いてみる。


 「あ。」


 なんと脚立の脚がもげてしまった。かたん、と転がる木片をサナと二人で呆然と見つめる。

 マリアムが異変を感じ取り、頭上から悲鳴のような声で囁いた。


 「どうしたの…?何があったの…?」

 「ラーニャが脚立に止めを刺した。」

 「…マリアム、ごめん。」

 

 サナが即座にラーニャを売った。薄情なやつだ。マリアムに謝りながら軽く睨みつける。

 なんとかマリアムの体勢は安定したものの、次の手が打てない。脚立は飛び降りるには高すぎるし、壊れていない箇所も、マリアムを伝い下ろさせるにはどうも心許ない不安定さだ。少しでも均衡が崩れたら、全壊するのではないだろうか。おまけに、下手に何かすると、窓から近すぎて高級なガラスを割りかねない。どうしたものかと途方に暮れてしまった。

 頼りになる同僚のマハを呼びたいところだが、もう脚立から手を離せないし、ナジャー家の品位を思うと、大声で呼びつける訳にもいかない。


「大変なことになっているな。」


 不意に背後から男の声がした。振り返ると、見知らぬ青年がしかめっ面で立っていた。彼は、脚立をじっくり観察すると、一言、「待ってろ。」と言い残し足早に部屋から立ち去った。


 「なに、誰が来たの?」


 マリアムは最早、壁に口づけそうになっている。


 「男の人…きっとお客様だ。」

 「お客様?!ああ、なんてこと。家政婦長に殺される…。」

 「でも、どうなさるおつもりかな。このまま待ってて良いと思う?」


 サナが不安そうに長い睫毛に縁取られた大きな目を走らせる。

 その時、ラーニャ達3人の耳に、なにやら大きな物音が届いた。隣の部屋からだ。3人の指導係でもあるマハの焦ったような声も聞こえる。隣は来客用の寝室だ。


 「待たせたな!」


 時を置かず、先ほどの青年が笑顔で現れた。困惑した顔の女中数名と共に、ベッドマットを運んでいる。その中にはマハの姿もあった。

 彼は脚立の傍らにベッドマットを置くと、満足げに頷き、マリアムに言った。


 「もう大丈夫だ!この上に飛べ!」

 「お、お待ちください!これは来客用のベッドでございましょう!?そのような無礼は致しかねます!」


 マリアムが恐縮し断ると、青年は形の良い眉を上げた。


 「どうせ使うのは俺くらいだ、構いやしないさ。でもそうだな、あとでシーツだけ変えてくれよ!」

 

 青年は、はきはきと気持ちの良い声でおどけ、自身も脚立を抑えると再度マリアムを促した。マリアムは少し躊躇する様子を見せたものの、意を決し無事ベッドの上に着地した。残された脚立は大きく歪み、いくつか木片を落としながら、ラーニャとサナ、青年の踏ん張りにより、ゆっくりと倒れこんだ。人や家具を傷つけることなく事が済み、全員がほっと胸を撫でおろす。

 マリアムに怪我が無いことを確認し、ラーニャ達は揃って青年に頭を下げた。


 「恐れ入ります、お客様。おかげで助かりました。」

 「大したことじゃないさ。人が困っていたら、手を貸すのが人情ってもんだ。」


 マリアムに笑いかけた後、それにしても、と青年は顎に手をやる。


 「お客様とは、淋しいね。新入りかな?」

 「はい。お仕えして半年程度の者達でございます。ご容赦くださいませ。」


 3人の代わりに、先輩女中のマハがすまして答えた。

 ラーニャは一抹の不安を覚えた。

 今日、来客があるとは聞いていない。しかし、先ぶれも無く屋敷への出入りが許され、立派な客室が宛がわれる若者には、心当たりがあった。

 青年は、そういうことか、と頷くと、白い歯を見せて笑った。


 「俺はファイサル・ナジャー。いつも祖父母が世話になっているな。これからも励んでくれ。」


 告げられたのは、予想した通り、館の主の孫息子の名であった。


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