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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
37/45

37 北のお花様

 

 男は、春の陽気に似合わぬしかめっ面で、馬の背に揺られていた。

 

 彼の名はジュード・ザフル。ザフル王族の一人である。

 ジュードは、生意気ないとこ姪の成人の儀のために半年も前から都を訪れていた。そろそろ北の領地にもどらなければと思うものの、麗しい都を離れがたく、ずるずると滞在が延びてしまっている。いくら己の領地が栄えていようと、都には遠く及ばない。隣国シャガルからの侵略に備えるための軍備で常に出費がかさみ、雅な建物の建設もままならないのだ。


 ジュードは、己こそがこの都の主に相応しいと思い生きてきた。しぶしぶ参列した女王成人の儀で見た、不似合いな玉座で王冠を戴く小娘の姿には耐えかねるものがあった。もうひとりのいとこ姪が姿を見せないことで、ひとまずは気を良くしていたというのに、つい先程になって妙な知らせが寄越された。それが渋面の理由だ。


 「シャリーファを見かけた者がいるだと?死んだのではないのか、忌々しい。あの女狐、どれだけ念入りに隠してきたのだ」


 年の離れた従姉である宰相を口汚く罵り、苛立ちのままに馬の横腹を蹴った。よく訓練された馬が素直に駆け出す。後ろを歩いて付いてきていた従者が慌てて走り出す気配がした。ちらりと振り返ると、間抜けな顔で必死に追い掛けてきている。ジュードは少しだけ溜飲を下げた。


 「まあいい。引きこもりの小娘には何もできるまい。美しければ俺の妻にしてやろう」


 さすがに王族二人を排除するのは骨だが、どちらかを妻にすれば殺すのは一人でいい。ずっと簡単だ。

 ジュードはすっかり機嫌を直して、さてどうするかと思案した。


✣✣✣✣✣✣✣✣✣


 (なぜ俺がこんな目に)


 流れる汗もそのままに、男は先を駆ける主を必死に追いかけていた。知らんぷりで主に続いて馬を走らせる他の奴等が憎たらしい。つい先日までは仲良くやっていたというのに、自分が主に嫌われてから、手のひらを返して味方をしてくれなくなった。


 主が乗る月毛の馬は、もともと男の馬だった。子馬の頃から手をかけて仕込んだ自慢の駿馬だったのに、今や主のお気に入りの一つになってしまった。主は馬を取り上げるためだけに、男に些細な罪の濡れ衣を着せ、当面の間の乗馬を禁じたのだ。


 昔からそうだ。あの傲慢なジュード・ザフルは、他人が大切にしているものを欲しがって、手に入れるためならどんなに残酷なことでもできてしまう。所領ならまだしも、都を訪れている間ですら、何人もの女性をむりやり寝所に連れ込んでいる。


 道の先、気持ちの良さそうな木陰で主たちが小休止したのが見えた。どうせ追いつけばすぐ駆け出すのだろうが、待たせるわけにはいかない。

 必死に走っていると、1台の荷馬車が視界に入ってきた。その荷台に乗った娘と目が合う。なかなか美しい娘だ。情けない姿を見られたと恥ずかしくなるが、ふと嫌な予感がした。

 娘はすぐに男から視線を逸らし、興味深そうに辺りを見回している。絹糸の様な髪を風になびかせ、愛らしい唇を動かして御者台の男と会話をしているようだ。荷馬車を引く馬は呑気に道草を食んでいる。

 

 荷馬車の横を走り抜けると、やっと木陰で休む主と目があった。 

 濃紫の衣を惜しげもなく砂埃にさらし、水筒からこれ見よがしに水を飲んでいる。喉元を伝って水が服に溢れる。

 紫の染料は高い。特に深い色にするためには気が遠くなるほど染め直す必要があるため、濃紫の布は非常に高価だ。大昔は皇帝しか纏えぬ禁色だったとか。


 (そんな衣を雑に扱えるほどの身分だっていうのに、俺なんかへの嫌がらせにご執心か)


 「お、おまたせ、しまし、たぁ!!」


 息せき切ってなんとか木陰に辿り着いたが、主たちは意地悪く笑い、休憩を終えようと馬に乗ってしまった。

 絶望的な気持ちになっていると、先ほど抜かしてきた荷馬車がちょうど木陰にさしかかった。

 主は不快そうに荷馬車を一瞥して、意外そうに目を丸くすると、ニヤリと笑って従僕に合図をした。


 (ああ、やはり)


 同僚が、「待て」と馬で道を塞ぐ。荷馬車の馬が鼻息を漏らして歩みを止めた。御者台の男が驚いた声を上げる。


 「突然何だと言うんです!」

 「荷台の娘、顔を良く見せろ」

 「……失礼ながら、突然その様に仰せでは困惑いたします。いかがなされましたか?」


 御者台の男が、礼儀正しい笑みを浮かべ、頭まで覆っていた外套を外した。その下から表れた凛々しい顔立ちと、シワひとつない清潔な上衣、輝く貝釦に気付き、横暴な物言いをした仲間の顔色が少し変わった。サッとその全身に視線を走らせ、少し戸惑う気配をにじませる。


 (あの青年、貴族だろうか。見覚えがある。誰だろう)


 名家の子息なら厄介だぞと思ったが、仲間は張り合う様に顎を上げた。


 「我が主が、後ろの娘に関心を寄せられた。名誉なことであるゆえ、荷台から下り顔を見せよ」 

 「主……」


 青年は木陰の主をちらりと見た。濃紫の衣を纏う貴人の姿で何か察したように冷や汗をにじませる。


 「どこの子息かは存ぜぬが、大人しく従うのだ。我が主は、ザフルで最も貴い男子である」

 「それ、は、大変な失礼を」


 動揺した様子の青年の歯切れの悪い謝罪。男は、はたと思い出した。


 (ナジャー商会の人間だ……!!たしか、会長の次男坊……そう、ファイサル・ナジャーだ)


 最悪だ。

 ただの平民ではない、紅薔薇王すら一目置いていた、先の宰相ナルジス公の親族だ。

 ナジャー商会は最近ではバルセームにも気に入られ、一層儲けを出していると聞く。小さな家の貴族では太刀打ちできない金持ちだ。


 ファイサルは唇を噛み、小声で告げた。


 「後ろの娘を差し出すわけには参りません。あちらは北のお花様と察しますが、どうにかなりませんか。私はナルジスの近縁です」

 

 可哀想に。恋人がいるなら、より厄介だ。そういう類の嫌がらせを、ジュード・ザフルは好むのだ。

 仲間も同情をわずかに滲ませ、ファイサルよりもずっと小さな声で答えた。


 「配慮はする。が、祈るしかない」

 

 荷馬車から降ろされた娘は、怯えて縮こまると思いきや、心配をよそに堂々と月毛に近づいた。

 主が満足気に笑う。


 「おお、これは可憐な」

 「貴い方にお声がけいただけるなんて、この上ない幸運です」

 「よくわきまえているではないか。気に入ったぞ」

 「とんでもない。お腹の子にも自慢できます」

 「……腹の子?」

 「はい、あそこの恋人との子です。もうあちこち辛くて参ってたんですけど、素敵な時間になりました。どうもありがとうございました!」


 ゆったりとした服で分からなかったが、よく見れば、確かにその腹は華奢な体に不釣り合いに大きく膨らんでいる。


 「……ふむ……そなた、名は」

 「サナ・ファラウラと申します」

 「そうか、サナ・ファラウラ、強い子を産め」


 妊婦に祝福を告げるのは身分の高い者の務めだ。

 苦々しい顔で吐き捨てると、ジュードはつまらなそうに馬の首を返し去っていった。その後を馬に乗った仲間たちが追う。

 男は何だか嬉しくなって、サナにニヤリと笑いかけ、またフラフラとした足取りで主達を追いかけたのだった。




 

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