33 金砂草
(先日は途中投稿があり大変失礼いたしました)
ラーニャはエイジェと顔を見合わせた。いま、この国の最高権力者は何と言っただろうか。
「恋、でございますか」
「ああ。経験はあるか?」
冗談かと思いきや女王は大真面目な様子だ。エイジェが戸惑いを滲ませつつ口を開いた。
「取るに足らぬ話にはなりますが……私は村で一番魚釣りが上手な男の子が好きでした。話すだけで嬉しくて、声をかけられたら天にも昇る心地で……。不作の年も、たくさん魚を見つけては惜しまず分けてくれました」
「ほう。では顔ではないのか」
「顔……まあ、人並みの顔立ちです。思い返せば、その心根に惹かれたのですね」
「心根か……一目惚れなどというくらいだから、顔が重要と思っていたが、色々あるのだな」
女王がわずかに眉根を寄せ首をかしげた。
「その恋は、どう終わらせたのだ」
「己が何者か知らされてからすぐ村を離れたので、自然と。はじめは恋しくて泣きましたけれど……恋心は、すっかり枕の染みになって私の中には残っておりません」
「そうか、すまないことをしたな」
「いいえ。どの道、叶わない恋でした。彼は私を子分としか思っていなかったので」
「バルセームを子分扱いか」
女王は愉快そうに目を細めた。そして考え込む様子で天井を見上げる。
「恋は楽しかったか?」
「はい。苦しくもありましたけれど」
「苦しい?そんなこともあるのか。ラーニャ、そなたはどうだ?」
「わ、わたくしでございますか」
ラーニャはぎょっとして顔を上げた。高貴な女王も恋バナが好きなのか、と微笑ましく思い油断していた。まさか自分に話が振られるとは。
気のせいだろうか、エイジェに聞くときよりも真剣な目に思える。
「お耳汚しではございますが……苦しいと感じたことは確かにございます」
「それはなぜ?」
「……私ごときでは釣り合わない相手だったのです。叶わぬ恋なのだと思うと、つらくて」
「では終わった恋なのだな」
「こい……いえ、その……」
「陛下、ラーニャはお相手と恋を育んでいる最中なのです。これも恋の醍醐味ですわ」
困っていると、ナダが助け舟を出してくれた。女王の侍女に戻った彼女は、この異様な状況でも優美に微笑んでいる。
「醍醐味か、なるほど。」
女王が目を伏せる。薄暗い小屋の中でもくっきりと化粧が映えている。
「私やエイジェは恋もたやすく出来はしない立場だ。王位簒奪を防ぐためにも、伴侶は慎重に選ばねば。恋……一度は経験したいのものだ。ラーニャ、そなたの恋が成就すると良いのだが」
「恐れ多いことです。……陛下はどんな方がお好きなのですか?」
「私か?」
女王が目を丸くしてラーニャを見た。ラーニャは、我ながら大胆な発言をしたとビクビクしながら続けた。
「はい。想像は自由でございます。夢想するだけでも楽しいのが、恋なのです。私は友人たちとよくそうしてました。出入りの八百屋や、旅芸人にも想像だけの恋をして」
「夢想……」
「厳しいお顔、仙女のような顔、どんな顔の相手に手を取られたいでしょう?それとも背の高い方、筋骨隆々の方でしょうか?」
「私は……美しい顔の男がいい。上背も、体格も立派なのが良いな」
女王がうーんと考え込む。ラーニャはくすりと笑いそうになった。いつも通り立派な鬘と化粧で威厳ある佇まいなのに、町娘のような話題が不釣り合いでおかしな気分になる。
「私の両親は実の兄弟なのだ。血が濃すぎると顔が歪むと聞く。シャガルの王族を見たことがあるか?近親婚を繰り返して、ひどい顔だ。縁談の話もあるが、ザフル王家と血縁もあるし、あんなやつらの子は産みたくないと常々思っていた。そうだな、血の離れた、整った顔の男が良い」
ラーニャは少し動揺した。他国とはいえ、王族を侮辱する発言は小市民の心臓に悪い。
ナダが意外そうに目を丸くしながら、ほほ、と笑った。
「見目麗しい近衛騎士に見向きもなさらないのに、驚きましたわ。性格はどのような方が?苛烈な方、泉のような方」
「臣は臣としてしか見ないだろう……。そうだなあ、賢いのが良い。口数は少なく、世辞のない……」
「まあ、素敵です。でもここぞというときに愛を囁いてくださるとか?」
「おお……それは良いな……」
女王はわずかに頬を緩めた。そっと手を大きなカツラに添える。
「欲を言えば、カツラがない、化粧もしていない姿を愛してくれる男が良い。そう、ありのままを受け入れてもらいたいものだ」
照れくさそうに笑う女王は、年相応の愛らしさを滲ませていた。
「エイジェはどうだ?なにか望みはないのか。私ばかりでは気恥ずかしい」
「わたくしは……花を髪に飾って甘く微笑まれたいですわ」
「花?」
「ええ、例えばこのように……」
エイジェは少しいたずらっぽい顔をして、花瓶から朱色の花を一輪抜いた。そのまま、隣のラーニャの髪に飾る。ふわりと華やかな香りが立った。
「どう?ラーニャ」
「あ、はい。少し分かりました」
ラーニャはついはにかんで、誤魔化すようにナダを見た。
「この芳しい花はなんと言うのでしょう?初めて見ました」
「これは……」
珍しくナダが少し逡巡する素振りを見せると、女王がにっこりと微笑んだ。
「金砂草だ。気に入ったのなら包ませよう。出回らない花だ」
「よろしいのでしょうか?」
「ラーニャ、お前にならいくらでも」
その後も他愛もない話をたくさんした。エイジェが育った山での生活、ナダの家の不思議な習慣、ラーニャの文字や刺繍の話まで。
秘密のお茶会が終わると、ラーニャは腕いっぱいに花を抱えてバルセーム邸への帰路についた。
(あれ、この花)
こぶりな朱色の花びらの中に、黄金色の点々が星のように散っている。ラーニャの額飾りとお揃いだ。
不思議な縁を感じて、ラーニャはにんまりしながら、高貴な香りを胸いっぱいに吸い込んだのだった。




