表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
3/45

3 冬の終わり(2)

 その後のことはよく覚えていない。院長に聞きたいことはもっとたくさんあったのに、当たり障りのない受け答えしかできず、気づけば一人、孤児院にほど近い湖畔で佇んでいた。手の中には、握りつぶされた紙片があり、院長の几帳面な字で、知らない男の名前と、大まかな家の場所が記載されていた。思っていたより遠い山に住んでいる。一年を通して山頂が雪に覆われたその山は、孤児院からも湖畔からもよく見えた。春になった今も、まだ雪が日の光を白く反射している。冬であれば、きっと人の侵入を拒む難所なのだろう。


(―――私は、あそこに、捨てられた…。)


 ぐっと、顎に力が入る。口元が歪む。

 4歳程度で孤児院に来た。その前は狩人に2年育てられた。ということは、捨てられたラーニャは2歳ほどだったはずだ。孤児院の幼子を思い浮かべる。よちよちと歩く、あの、小さく、柔い子を、雪山に置き去りにしたらどうなるだろうか。

 

(死なせるつもりで、捨てられたんだ。)

 

 ただ、悲しかった。

 ラーニャは、自分が捨て子だとは察していた。それでも、心のどこかで期待していたのだ。本当は、愛されていたのではないかと。

 

 「お嬢さん、良ければ家まで送りましょうか?」


 突然の声に、驚いて振り向いた。見ると、身なりの良い中年の男性が、気遣わしそうに眉を下げている。少し後ろにはもう一人、仲間と思われる男性がいる。


 「いえ…すぐそこですので。」

 

 ラーニャは硬い表情で答えた。

 オミウは栄えている街だが、その反面、犯罪も多い。出かけたきり、二度と孤児院に戻らなかった友達を思い出す。


 「…何やらつらいことがあったようですが、思い詰めてはいけませんよ。まだ若い。10年もすれば、今日の悲しみなんて薄れてなくなりますからね。」


 警戒して身構えていたが、なんてことはない。自殺志願者と間違われたようだ。

 ラーニャはおかしくなり、声をあげて笑った。


 「お気遣いありがとう、おじさん。死にたいわけじゃないから安心して。ちょっと、つらいことを知ってしまって、落ち込んでいただけなの。心配かけてごめんなさい。」

 「なら良かった。こちらこそ驚かせて申し訳ない。」


 男性も照れくさそうに笑う。目じりに人のよさそうな笑い皺がある、感じの良い人だ。

 よく見ると、とても整った顔立ちをしている。上質な生地の服をさらりと着こなしており、趣味の良さも覗えた。若い頃はさぞ女性に持て囃されたに違いない。


 「おじさん、他所の人?」

 「ええ、さっき着いた所です。国中あちこちを回っているんですよ。」


 ということは商人なのだろう。大商人リヤード・ナジャーも、駆け出しのころは各地を回ってたという話を思い出す。


 「いいな、私、オミウを出たことが無いの。きっと素敵なところがたくさんあるんだよね。」

 「そうですね。でも、オミウは素晴らしい街ですよ。活気があるし、自然も美しい。特にオミウ湖は良いですね、これほど大きな湖はここでしか見たことがない。水面に映る山々や空のなんと美しいことか…。」


 うっとりと語る男性を、ラーニャは微笑ましく思った。お世辞ではなく、本心でそう思っていると伝わってくる。


 「外の人に褒められると嬉しいよ。」

 「あなたも他所に出てみると良いですよ。外を知って自分のことが分かることもある。あの山の先は、すぐ都です。案外近いもんですよ。」


 男性は、ラーニャが思いを馳せていた雪山を指し、事も無げに言った。


 「…あの山も、近いの?」

 「いや、そんな歩いてすぐ行ける距離ではないですが、山の方面には街道も無いし、でもまあ、あの山なら、都に行くよりは近いでしょうね。」


 男性は少し慌て、しどろもどろになりながら答えた。失言だったかなと苦笑していた彼は、ラーニャのような小娘に対しても終始丁寧に接してくれた。

 今思えば、それなりに地位のある商人だったのかもしれない。余裕のある、優しい人だった。

 

 男性と話をした湖畔も、ラーニャの孤児院も、あの雪山も、高台に位置するナジャー家の屋敷から見ると随分と小さい。  


 ラーニャは、窓から視線を外すと、水を換えたばかりの水差しを抱え直し、再び歩き始めた。


 ラーニャがナジャー家に来てから、半年が経とうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ