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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
26/45

26 バルセームの屋敷

 通された2階の部屋からは、広い庭園が一望できた。

 ファイサルは、出迎えの使用人に荷物を託しながら、ラーニャをくれぐれもよろしくと言い残し去っていった。窓からでもその姿はもう見えない。


 反対の方角に目を向けると、王宮が先程よりもよく見えた。大きな建物がたくさんあるようだが窓が小さくてしっかり確認はできない。ガラス窓はオミウのナジャー家のそれより厚く、光を取り入れるためだけのもので、開閉はできないらしい。蝋で固めた布で覆っていた孤児院の窓に比べればもちろん贅沢なものだが、ナジャー家の館には見劣りする。ここバルセームの邸宅は随分と古びた印象を受ける屋敷だった。


 ウルファにもらった服のおかげで良家の娘に見えたか、ラーニャは信じられないほど丁寧に迎えられた。荷物や外套はラーニャのための部屋に運ばれていき、今は指導係が来るのを執務室風の部屋で待っている。


 天井にまで施された白詰草の絵を眺めていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 扉から現れたのは、細かく縮れた明るい髪の女性と、困った様子の老婦人だ。


 「ラーニャさん!いらっしゃい!」


 ラーニャは長椅子から立ち上がり、己の新たな主を迎えた。


 「エイジェ様。お久しぶりでございます。」

 「本当に!首を長くして待っていたのよ。さあ、掛けて。少しお話しましょ。」

 「エイジェ様、ラーニャさんは長旅でお疲れですよ。まだ居室にも案内していないというのに。」

 「私は構いません。お気遣いなく。」

 「ほら、言ったでしょう?すぐ終わらせるから、ね?」

 「もう……お茶を一杯飲む間だけでございますよ、よろしいですね?」

 「うん!ありがとう。」


 老婦人は、まるでやんちゃな孫を相手にするようだ。エバにも劣らぬ優美な人で、貴族と思われた。そんな人を仕えさせるなんて、さすが王家の血を引くバルセーム家だと関心する。

 どきどきしていると、エイジェはなんとラーニャの隣に腰を下ろした。これにはラーニャも動揺する。


 「エイジェ様?」

 「これ、エイジェ様!向かいにお掛けくださいまし!」

 「わーかってるって。今だけ!駄目なのは分かってるから!」


 これは、とんだお転婆姫なのかもしれない。

 

 目を白黒させていると、甘い香りが漂ってきた。ラーニャはエイジェに腕を引かれ、戸惑いつつ腰を下ろす。すぐに美しい器で温かな桂皮茶が給された。

 エイジェが砂糖壺を手に、いたずらっぽく笑った。


 「私、砂糖と驢馬乳をたっぷりいれて飲むのが好きなの。ラーニャさんも試す?」

 「……是非。」


 砂糖をたっぷり!驢馬乳も!なんという贅沢だろう。給仕をすべく、内心でわくわくしながら手を伸ばすと、エイジェが制した。


 「今日だけは私にやらせて。ね?」

 「しかし……」

 「いいの、お願い。」

 「……では、お言葉に甘えて。」


 次からは再現できるようにせよということだろうか。念の為エイジェの手元をよく観察する。さすが大貴族、エイジェは少しも躊躇うことなく高級な砂糖の塊をお茶に落とした。

 

 「はい、どうぞ。」

 「ありがとうございます。」

 

 甘いお茶は、ラーニャの身体を芯から温める。驢馬乳のまろやかな味わいと桂皮の香りがとてもよく合う。ほう、と息を吐いたのは、エイジェと同時だった。エイジェがくすりと笑う。


 「どうかな?美味しい?」

 「はい、とても。お恥ずかしながら、砂糖や驢馬乳は亡きエバ・ナルジス様の侍女になるまで口にしたことがなかったのです。今は信じられないほどの贅沢をしている心地です。」

 「あら。ラーニャさんもそうなの?ふふ、やっぱりうれしい。これからはたくさん贅沢しましょ。」

 「……あの、他にも私と同じような方が?」

 「……え?」


 エイジェは面食らった顔をした。


 「あれ、聞いていないの?」

 「申し訳ございません……。」


 何か大切なことを聞き漏らしたのだろうか。内心あせって記憶を手繰る。

 エイジェは恥ずかしそうに巻毛を弄った。


 「その……私、自分の身分を知らずに大人になってしまったの。つまり、ええと、平民として生きてたの。山奥で。砂糖なんて見たこともなくて……。だから、おそろいだなって、嬉しくて。」

 「そんなことが……。」


 あまりのことに呆然とすると、控えていた老婦人がこほんと咳払いをした。


 「何かあってはことですから、エイジェ様にお目通しする前に、わたくしから説明する心づもりだったのです。」

 「え!つまり、私が待ちきれなかったせいなの?!」

 「左様ですとも。」

 「いやあ〜!恥ずかしい……。ごめんね、ラーニャさん。ああ、見損なったでしょう?」

 「とんでもない。ご高配に感謝いたします。」

 

 とんでもない秘密を明かされてしまった。これはもう逃げられないぞと、内心で冷や汗をかく。


 「その、すぐに説明があると思うんだけど、そういうことなの。貴族としての私は赤子に等しくて、ラーニャさんには授業の補佐とか、代筆とか、そういったことをしばらくはお願いすることになるの。ごめんね、こんな主で……。これからよろしくお願いします。」


 新たな主は、申し訳無さそうに体を縮めた。


✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴


 「おおよそのことは、先程エイジェ様がお話しされた通りです。」


 エイジェが去った後の部屋で、老婦人は沈痛な面持ちで目を伏せた。


 「エイジェ様は、高貴なお生まれでありながら、不幸にも長くそのことを知らされずにお育ちになりました。それ故に、貴婦人として、国を担う貴族としての教養を必死に身に着けていらっしゃる最中なのです。」


 老婦人は、ラーニャにも分かりやすくバルセームの現状を説明してくれた。

 臣籍に下った王族を祖とするバルセームは、長く栄華の中にあった。そこに陰を落としたのが、先々代の王、アスアド・ザフル。エイジェの祖父母、両親、二人の兄、叔父叔母、主要な使用人たち……ことごとくが彼の暴君の手にかかり、バルセームは断絶した。そう思われていた。末の二人の姫君が発見されるまでは。

 前バルセーム家当主は、幼い我が子を隠し里へ逃していた。厳重に隠された姫君たちは、アスアド王の死も知らず、山奥で息を潜めて暮らしていたのだ。


 「あまりにお労しいことです。」


 老婦人は絹のハンカチを取り出し鼻をかんだ。


 「今は慈悲深き女王陛下が暮らしを整えてくださり、エイジェ様もこの1年で見違えるようにご立派になられました。かつての使用人の生き残りも、少しずつ戻ってきています。とはいえ、まだ正式に身分が戻られた訳ではないのです。バルセーム復活の影響はあまりにも大きく、それ故に、公表には見合った場が必要です。」

 「それは、一体……?」


 ラーニャは背筋を伸ばして、老婦人の涙に濡れた目を見つめた。


 「来る女王陛下のご成人の儀。その式典にて、バルセームは蘇ります。ラーニャさん、それまでの間は、バルセームについては他言無用です。心しておいてくださいね。」

 「……かしこまりました。」

 

 さすが、大貴族。式典に参列するということは、女王陛下に拝謁できるのだ。とはいえ、新参者のラーニャが王宮に伴われることはない、関係のない話だ。


 「ギョズデより、宮廷作法は叩き込まれていると聞いています。問題ないか、明日にでも確認しますからら、そのつもりで。」

 「!? は、はい。」

 

 私が王宮に上がる可能性もあるの!?

 ラーニャの動揺を勘違いした様子で、老婦人が笑った。


 「ふふ、ギョズデはわたくしの親類なのですよ。あなたのことは手紙に書いてありました。随分頑張ったそうですね。」


 老婦人はタアラと名乗った。

 こうして、ラーニャの新生活が幕を開けたのだった。

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