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孤児でも私は勝ち取りたい  作者: 水山みこと
22/45

22 弔問客

 エバ・ナルジスが世を去った。


 彼女の訃報はまたたく間にザフル王国中に広まり、葬儀には冬にも関わらず多くの弔問客が足を運んだ。やっと弔問客が減り、屋敷に落ち着きが戻ってきたのは、埋葬から10日ほど経ってからだった。経験したことのない慌ただしさが終わり、今になって静かな悲しみがナジャー家を満たし始めている。

 ラーニャはと言うと、家政婦長の執務室で手紙の山に埋もれていた。

 一通一通を丁寧に仕分けし、名簿を作る。国内だけでなく海外からも、エバの死を悼む手紙が次から次に届いていた。


 (これは…シャガル人からか。)


 異国人からの手紙に、同郷の両親を持つマリアムを想起した。結局、エバの死によるゴタゴタで、サナが見たというマリアムの不審な行動のことはすっかり頭から消えてしまっていた。サナもマリアムも、やはり今は仕事でそれどころではない。

 

 気を取り直して作業を再開するやいなや、控えめに扉が叩かれた。顔を覗かせたのは、侍女仲間のアミナだ。


 「ラーニャ、家政婦長がお呼びよ。続きはやっておくから、応接間に。」

 「分かった、ありがとう。」


 応接間に呼ばれるとは珍しい。簡単にお仕着せの皺を払って向かうと、目的の部屋からは張りのある男性の声が漏れ聞こえた。


 (ファイサル様?…でも、違和感が…。)


 会話を邪魔しないよう、そっと応接間に滑り込む。声の主は、ファイサルではなく初老の男だった。エバとリヤードの第一子にして、現ナジャー商会の長。ファイサルの父親だ。エバ亡き後、すっかり消沈したリヤードを助けるべく都から駆けつけたのだ。


 彼と家政婦長が同じ長椅子に掛け、向かいの弔問客をもてなしている。見るからに質の良い喪服に身を包んだその人は、年若い女性だ。ラーニャと同じ年頃だろう。縮れの強い、柔らかそうな後れ毛がラーニャの目に印象的に映った。

 家政婦長が同席しているということは、高位の貴族に違いない。ラーニャも詳しくは分からないが、エバ亡き今、使用人である家政婦長がオミウのナジャー家で最も身分の高い貴族なのだ。ファイサルの母も貴族だが、それよりも良い家の出と聞いている。


 さり気なく家政婦長の視界の端に入る位置に移動すると、家政婦長は軽く視線を寄越した。すぐに客人に向き直り、優美に口を開く。


 「さて、亡き方との間で、約束事がお有りかと。」

 

 回りくどい言い方だ。客人はやや考えるような間を空けた後、慌てて頷いた。

 緊張しやすい性質なのだろうか。あまり余裕のなさそうな人だ。


 「はい、はい、そ、左様でございます。侍女を一人、お譲りくださると。」


 ああ、とラーニャは息を吐いた。

 

 (この方が。)


 「あの、このような事になってしまいましたが、やはり何か不都合がございますか?こちらの事情ですが、是非お迎えしたいと思っているのです。」

 「いいえ、そのようなことは。」


 焦る貴婦人を宥めるように微笑んでから、家政婦長がこちらに視線を寄越して頷いた。ラーニャは背筋を伸ばし、家政婦長の後ろに歩み出る。貴婦人が、目を丸くしてラーニャを見上げた。


 「では、お約束どおり、このラーニャをお譲り致します。ラーニャ、ご挨拶を。」

 「お初にお目にかかります。ラーニャにございます。」

 

 できる限り美しく礼をする。

 頭を上げると、動揺した様子を見せながらも好奇に煌めく瞳と視線が交わった。


 紹介こそなかったものの、ラーニャにはこの貴婦人が誰なのか既に分かっていた。


 彼女の名は、エイジェ・バルセーム。王家を祖とする花付きの大貴族、白詰草のバルセーム家当主の妹君。


 ラーニャの次の主となる女性だ。 



・・・・・・


 ファイサルは、丸い木製の玩具を手に取った。年季の入ったそれは、ファイサルや従姉妹たちが幼い頃、オミウに滞在する際に遊んでいたおもちゃの一つだ。懐かしい気持ちで眺めてから、もとの場所に戻す。

 祖母の葬儀が終わり、都から駆けつけた両親と叔母夫婦と共に遺品整理をすると、思い出話が次から次に湧いてくる。人手はあるはずなのに一向に捗らない。


 ふう、とため息をついて天を仰ぎ、祖母の遺言書を思い返す。


 遺言書には、できるだけ使用人達にも良い品を渡す様に記されていた。特に、長年を共に過ごしたギョズデ家政婦長には一財産が遺された。


 「よっ!と…。」


 棚の高い位置から宝石箱を慎重に下ろす。

 開けると、小ぶりの宝飾品がいくつか丁寧に保管されていた。


 「なあに?それ。あら、随分古臭いわね。」


 母がファイサルの肩口から宝石箱を除きこみ、すぐに興味を無くした声音になる。

 

 「ああ、お義母様の趣味じゃないわね。きっとお義父様からの贈り物よ。駆け落ち前後の物かもね、あまり良い石ではないわ。」

 「でも綺麗だ。お祖父様の気持ちも分かるよ、これなんか金を散らしたみたいだ。」


 ファイサルは一つの石をつまみ上げた。金の鎖がシャラリと後に続く。首飾りだろうか。

 つるりと丸みのある赤い石は、よく見ると内包する不純物が星空のように煌めいている。


 「そうね、でも特に気になるものは無いわ。皆に聞いてから、引取先がなければ侍女に下げ渡しましょう。」

 

 首飾りのような物を宝石箱にしまい、そこに置いておけと顎で示された先に大人しく運ぶ。母好みの石では無かったようだ。


 ファイサルの母サイーダ・ルインバルは、貴族である。とはいえ、小金のある平民とさほど変わらぬ規模の家で、おまけに成人後すぐに商人に嫁いだためか、随分と俗っぽいところがある。価値の高い石以外には興味がないのだ。

 すると、隣室に続く扉が開かれ、同じく遺品整理をしていた叔母が顔を覗かせた。リヤードとエバの娘で、エバによく似た上品な顔立ちだが、いたずら好きの陽気な人だ。叔母を手伝っているエバの侍女が少し困った様子なのは気の所為では無いだろう。

 

 「義姉さん、今日の弔問客は若いご婦人よ。家紋も見たわ。何だったと思う?」

 「何だったの?」

 「白詰草よ!」

 「白詰草!?」


 興奮気味に報告してきた叔母に、サイーダが声をひっくり返らせて叫んだ。


 「バルセーム!!噂は本当だったのね!!」

 「驚いたでしょう?私も絶えたものとばかり!」

 「いつぶりかしら。きっと女王陛下の成人の儀でお披露目するんだわ。ああ、涙が出そう。」


 ファイサルは母たちの興奮の理由がわからず困惑した。バルセームは古い言葉で白詰草を指す。その家名から花つきであると察することができるものの、祖母のナルジス家のように注目される印象は全くなかった。


 「お祖母様の侍女が一人、バルセームに行くぜ。」

 「なんですって?!」

 

 物凄い剣幕でサイーダがファイサルを振り返る。


 「あなた、そんな大事なことなんで言わないの!」

 「義姉さん、お母様が私達に伝えなかったってことは、やっぱり噂は本当なのよ。」

 「ああ、そうね。口の軽い人の耳に入ったら大変だもの。ファイサル、あなた何で話しちゃったの!用心なさいな!」

 「ご、ごめん。」


 理不尽だと思いながら素直に謝る。祖母が亡くなる前にオミウを訪れた、カミルという男を思い出した。


(そういえば、あの方は俺に口止めをした…。)

 

 何者だったのだろう。


 「お祖母様やお祖父様からは特に口止めはされてなかったんだ。なんでバルセームでそんなに盛り上がるのさ。」


 母と叔母は、面食らった顔でファイサルを見た。


 「そうか…ファイサル君、知らないのね。そりゃそうよね。」

 「待って、あなた、紅薔薇の粛清のことは流石に知ってるわよね?それも知らない?」

 「紅薔薇の粛清なら知ってる。アスアド王が国中血祭りにあげたやつだろ。」


 焦ってうなずくと、母は少し安心したようだ。


 「そう。バルセームは、あの愚かな王の世になるまではザフルでも指折りの花付きだったのよ。王家の子をよく養子にいただいたり、婚姻を結んだり、とにかく王家と繋がりが深かった。でもそれが疎まれたのか、アスアド王によって一族郎党皆殺しに。お家は断絶したの。」

 「粛清の中で、花付きも随分減ったわよね。ひどい時代だった。ナルジスのお祖父様は頑張ったわ、本当に。」


 叔母が眉を上げて嘆息する。叔母の祖父は、すなわちファイサルの曽祖父で、エバの父だ。既に他界しているが、花付きの大貴族ナルジスの前当主で、宰相も務めた。王家を祖とする花付きの家が次々に取り潰される中、強かに家を守り抜いたのだから、余程の大人物だったのだろうと思う。

 

 「昨日までの大臣が、今日は家族と絞首台で揺れている、なんて珍しくなかったのよ。」

 「そりゃひどいな…。」


 ファイサルは顔を歪めた。母は長椅子に腰を下ろして淡々と続けた。


 「だから、みんなこぞって子を市井に隠したの。裕福な平民は結婚相手として奪い合いだったのよ。」

 「周りにもいるでしょ?貴族の親を持つ友達。」

 

 叔母がサイーダの隣に腰掛けながら、ファイサルに苦笑を向けた。


 「ああ……言われてみれば何人か思い当たる……。あれ、じゃあ母様も?」

 「そうよ。家に残った子が殺されても、血を残せるように。私達みたいなのは、隠された者って呼ばれてるの。」

 「知らなかった……。」


 こんなに身近な話だったとは。衝撃と共に母を見つめると、その瞳に涙が光っていることに気がついた。


 「母様……?」

 「ああ、ごめん。こんなつもりじゃなかったのに。」

 「義姉さん……。」


 母は片手で頬杖を付くように顔を覆って、俯いてしまった。叔母がその背にそっと手を当てる。


 「義姉さんは、紅薔薇の粛清で生家ルインバルでのご家族を喪ってるのよ。いま当主をされている姉君以外、皆。」

 「え?病気のはずじゃ……。」

 「病気よ。汚らしい地下牢に押し込められて、そのまま弱って熱病で死んだ。嘘はついてない。」


 ファイサルは言葉を失った。母には生家の当主である姉のほかに、兄が二人いたと聞いている。

 母は乱暴に鼻を拭いて、呼吸を整える。冷静さを取り繕った声には震えが残っていた。


 「姉夫婦と子供達も危なかった。あと少しでもアスラール陛下が遅ければ、あなたは貴族になっていたわよ、ファイサル。」

 「そりゃぞっとしないな……」


 アスラール女王。紅薔薇王アスアドの后にして、ニスリーン女王の母君だ。夫であり、実の兄であった紅薔薇王から玉座を奪った。


 「……ルインバルは、そんな大きな家じゃないだろ。それなのにどうして?」


 母は自嘲気味に笑った。


 「そんなのこっちが聞きたいわ。ルインバルに縁のある家が亡命でもしたか、父の目つきが気に入らなかったか、妙な占いでも出たか……。ナルジスのように上手く立ち回る能力もなかった。……話が逸れたわね、もともとは、そう、バルセームの話よね。」


 少し首を傾げてから、本題に戻る。

 母と叔母の向かいに腰かけていたファイサルは、脚を組みなおした。


 「ほぼ間違いなく、今いらっしゃっているバルセームの方は、隠された方よ。バルセームもただではやられなかった。姫君をちゃんと隠していた。それも厳重に。」

 「さすがよね。こんなに長く隠すなんて。10年前くらいまでなら、隠されていた方々が続々と見つかって、元の身分に戻られたことがよくあったのよ。絶えたと思われた家がいくつも蘇って。ファイサル君は知らないかな。お祭り騒ぎだったわよね、義姉さん。」

 「ええ。とはいえ、今回は別格よ。なんたって、白詰草なんだから。第二の王家とも謳われた、紅薔薇王を抑え続けた、偉大なるバルセーム!ファイサル、あなたにこの喜びが分かる?」


 今度は打って変わり高揚の涙を浮かべて母が胸を押さえる。


 (……なるほど。)


 バルセームの存在は、紅薔薇王に虐げられた者達にとって、ファイサルには想像もつかないほどに大きいようだ。

 きっと、本来、バルセームのことはファイサルが知るべきではなかったのだ。しかし、それをファイサルに漏らしてしまったラーニャは、自分に与えられた情報を、主家の人間であるファイサルにすら口外すべきではないとは思いもしなかった。そしてファイサルも、その情報の持つ意味を知らなかった。


 (お祖母様は、優秀な侍女がそこを理解していないとは思いもしなかったんだ。ラーニャがもう少し頼りなければ、しっかり口止めしたろうに。)


 暗黙の了解は、枠組みの外から来た者には通じない。祖母にしては珍しくぬかったな、と、ファイサルは胸の内で笑った。


 そして、母をなだめながら、ラーニャの今後に思いを馳せた。


 (妙なことにだけは、巻き込まれないでくれよ。)



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